「それが国の狙いなの」陰謀論を信じて家の食品を捨てた義母の“切なすぎる”本音

<前編のあらすじ>

森嶋蓮美(52歳)は、しゅうとめの数子(78歳)と嫁いでから30年近くも良好な関係を築いていた。ある日、義父の宗義(82歳)が脳梗塞で倒れて寝たきり状態となってしまい、蓮美と数子の2人で自宅介護をするようになる。徐々に数子の行動に異変が見られ、高額な健康食品を大量に購入したり、家にある食品を「体に悪い」と捨ててしまうようになってしまう。夫が見て見ぬふりをするので、蓮美はそのことを電話で息子の圭太へ相談するが……。

数子を救う方法は…?

「圭太、その人のこと、詳しく教えて?」

蓮美はすがるような思いで圭太に詳細を促す。そこから何か打開策が導けるかもしれないと思ったのだ。

「うん、いいよ。その同期っていうのがね、まあ、名前は言わないほうがいいか。そいつは根の良い真面目なヤツだったんだよ」

「うん、そうなんだ」

「でも、多忙が重なって、体調を悪くしていたんだ。それで最初は栄養ドリンクだったかな。そんなのを飲むようになって。でも次第に変な水を飲むようになったんだ。なんか龍が宿ると言われた山の湧き水とかって言ってたかな」

数子のときと似たような状況だ。こういう人たちはなぜ、龍とかヤマトとかそういう言葉を使いたがるのだ。

「俺も勧められたりしたんだぜ」

「ちょ、ちょっと! まさか飲んだりしてないでしょうね⁉」

「当たり前だろ。そんな怪しいもんに口つけるかよ。でもそのうち、その水を多くの人に売れば金になるとか言いだしてさ」

1番最悪の状況だ。詐欺の被害者がのめり込んで、今度は加害者になるパターンだ。

「俺、ほんっとにそいつのことを止めたんだぜ」

「ああ、やっぱりそうしたんだ。私もどうにかしてお義母(かあ)さんのことを止めたいのよ」

すると圭太はきっぱりと言い切った。

「無理やり止めようとするのは絶対にダメだから」

「えっ⁉ そうなの⁉」

そこから圭太は同期の人の顚末(てんまつ)を語る。

圭太が無理やりにでも止めようとした結果、その人はさらにのめり込むようになったとのこと。そしてその水を社内の人間にも売りつけようとした結果、社内で悪評がまん延することになり、最終的には会社を辞めるまでの事態になったらしい。

「なんか聞くところによると、その販売元からかなりの水を押しつけられたみたいでさ、借金をしたらしいぜ。そこから先は俺もよく知らないけどさ」

圭太の話を聞いていて、蓮美は相づちすら打てなかった。どうしてもその同期の末路と数子が重なってしまう。

実際に数子が青汁を頼む量はどんどん増えている。さらにその青汁を持ってどこかに出掛けている場面も見かけたことがあった。

もしかしたらあれは、誰かに売りつけようとしていたのではないだろうか。

「そ、それでさ、どうやったら、止められると思う⁉」

「俺たちが何を言っても無理だよ」

「え?」

「本人が気付くしかないから。外部から何を言ってもダメ。もし頭ごなしに否定しちゃうと俺たちのことを敵だと認定してしまう。そうなると余計に話を聞いてもらえなくなるから」

「じゃ、じゃあ、私は何をすればいいのよ?」

「しっかりと話すこと。そして味方でいてあげることだと思う。俺も、もっとアイツの話を聞いてあげていればと後悔しているから」

電話を終えた後、蓮見は大きく長いため息をついた。

絶望だった。

寝たきりになった宗義と同じくらい数子が元の生活に戻れるの可能性は低いように思えた。

このまま遠くから見守るしかない。それが1番楽だし、家庭も平穏だ。

しかしその考えを振り捨てる。

でもそれは結局誰も救えない。

なんとしても数子を救い出す、そう蓮美は決意した。

青汁を飲めなくなった義父

宗一が当てにならないことはもう分かっていた。逆に言うと、温かく見守っているということで、数子を変に刺激するということはない。

だからこそ、蓮美は動きやすいと思っていた。

まず最初に蓮美がやったことは数子の青汁を外部へ持ち出すのを防ぐこと。絶対に数子を加害者にしてはいけないと思った。

「お義母(かあ)さん、すいません」

「あら、どうしたの?」

「ちょっと、体調が優れなくて、その青汁、いただいてもいいですか?」

蓮美がそう言うと、数子はとてもうれしそうにほほ笑んだ。

「もちろんよ。好きなだけ飲んで」

そこから数子はうれしそうに飲み方などを丁寧に教えてくれた。

まずは家の中でできるだけ消費をする。そうすることで味方でいながら、外に出さないようにすることができる。

そうやって何とか蓮美は数子の状況が悪化することを防いでいた。しかしあくまで水際対策でしかなく、状況は何も変わらない。

とはいえ、何もすることができず、半年という時間が過ぎていった。

その日も数子は青汁を寝ている宗義のところに持って行く。蓮美もその様子に何も感じなくなっていた。

しかしそんな寝室からヒステリックに叫ぶ数子の声が聞こえてきた。

「あなた、あなた!」

蓮美と宗一は急いで寝室に向かう。

すると数子が無理やり宗義の口にコップを近づけ、青汁を飲ませようとしている。しかし青汁は宗義の口には入らず、顔から床に垂れていた。

「バカ! 何やってんだ⁉」

宗一は無理やり数子と引き剝がす。

「あなた!お願い、飲んでよ!」

蓮美はすぐに口元を拭おうとした。

「あ……」

しかしその手が止まる。

義父の体は、冷たかったのだ。

蓮美は宗義の顔を見る。穏やかに寝ているようなのに、その瞳が開くことはもうないとその瞬間に悟った。

宗一もそのことを理解し、すぐにかかりつけ医に連絡をする。

そしてまだ青汁を飲ませようとする数子の手を蓮美は止めた。

「お義母(かあ)さん、もうお義父(とう)さんを休ませてあげましょう」

蓮美がそう言った瞬間に数子はその場に崩れ落ちてしまった。

数子の告白

かかりつけのお医者さんがすぐに死亡診断書を出してくれたので、宗一はてきぱきと葬儀の手配をしてくれた。

その間、蓮美はずっと数子の背中を擦っていた。

「……蓮美さん、ごめんなさい」

「どうして謝るんですか?」

「私、私だって、あんなのが本当に効くとは思ってなかったの…」

「……そうなんですね」

「でも、あんなに元気だった夫がいきなり倒れて、それで怖くなっちゃって……。夫も元気になってほしいし、あなたたちが倒れたりするのを何とかして防げないかって思って。それであんなのに頼るように……」

しなだれる数子の気持ちを蓮美はようやく理解することができた。

数子はただ、蓮美たちを守ろうとしてくれていたのだ。

それを聞き、蓮美は優しく数子の手を握りしめる。

「安心してください。私たちはいきなりいなくなったりしませんから」

そう言うと、数子の目から一筋の涙がこぼれた。

「あの人、あきれてたと思うわ……」

「そんなことありません。お義母(かあ)さんの気持ちは絶対に届いてました。だからあんな幸せそうな顔で旅立ったんだと思いますよ」

「……そう、かしらね」

「ええ。だから、しっかりと私たちもお義父(とう)さんを送り出してあげましょう」

蓮美がそう言うと、数子はゆっくりとうなずいた。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

梅田 衛基/ライター/編集者

株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。 マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。

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