スタンリー・キューブリック監督作品まとめ 完璧主義者で厭世主義者、20世紀最後の巨匠

理想のショットを極限まで追求し、何度もテイクを重ねる完璧主義者。神の如き視点から人類の歴史を俯瞰して、ニヒリズムとブラックユーモアに満ちた映画を撮り続けてきた厭世主義者。20世紀最後の巨匠スタンリー・キューブリックは、もはやその存在自体が伝説と化している。

1928年7月26日、ニューヨーク・マンハッタン生まれ。小さい頃から文学や芸術には強い関心を示していたものの、学業は決して優秀ではなかったという。やがて雑誌「ルック」のカメラマンとなり、それでも足りない生活費は得意のチェスで糊口を凌ぐ日々。一点透視図法を用いた構図は、カメラマン時代に培われたものだろう。

セルゲイ・エイゼンシュテイン、マックス・オフュルス、オーソン・ウェルズといった巨匠たちの名作に感激し、映画監督になることを決心。ある一人のボクサーを追いかけた短編ドキュメンタリー『拳闘試合の日』(51)で念願の監督デビューを果たすと、『恐怖と欲望』(53)、『非情の罠』(55)で高い評価を得る。盟友ジェームズ・B・ハリスと共に「ハリス・キューブリック・プロダクション」を設立して、『現金に体を張れ』(56)でハリウッドに殴り込みをかけた。

その後は『2001年宇宙の旅』(68)、『時計じかけのオレンジ』(71)、『シャイニング』(80)等々、映画史に残る傑作を次々に世に放っていったことは、皆さんご存知の通り。気がつけば、キューブリックが1999年3月7日に70年の生涯を終えてから、四半世紀という歳月が流れた。残された作品の本数は決して多くはないが、いまだに彼の作品は議論を巻き起こし、刺激を与え続けている。スタンリー・キューブリック珠玉の12本を紹介していこう。

スタンリー・キューブリック監督作品 1950年代

スタンリー・キューブリック監督作品 1960年代

スタンリー・キューブリック監督作品 1970〜90年代

スタンリー・キューブリック監督作品 1950年代


1.『非情の罠』(55)67分

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キューブリックが監督、製作、撮影、編集の一人四役をこなした、『恐怖と欲望』に続く長編映画第二作。引退間近のボクサーがギャングの情婦を救おうと奔走する、スタイリッシュなフィルムノワール。地下鉄やタイムズスクエアなどニューヨークの街並みを活かしたロケ撮影、男女の機微を真正面から描いた硬質なタッチが印象に残る。『恐怖と欲望』が大赤字だったため、親戚に4万ドルの借金をしてなんとか完成に漕ぎつけたものの、製作費は半分しか回収できなかったんだとか。なお、バレエダンサーのアイリス役で出演しているルース・ソボトカは、当時のキューブリックの妻である。

2.『現金に体を張れ』(56)85分

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キューブリックの記念すべきハリウッド・デビュー作。刑務所から出所したばかりの札付き者ジョニー(スターリング・ヘイドン)が、競馬場の売上金を強奪しようと大胆な犯罪計画を立案。競馬場の会計係、バーテンダー、悪徳警官、元レスラーなど、一癖も二癖もあるメンバーを仲間に引き入れて、のるかそるかの大勝負に打って出る。物語を直線的に語るのではなく、時制を前後させながら描くノンリニアなストーリー展開は、クエンティン・タランティーノ監督の『レザボア・ドッグス』(92)にも影響を与えた。ちなみに現金の読み方は<ゲンキン>ではなく、<ゲンナマ>です。

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3.『突撃』(57)87分

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原作は、ハンフリー・コッブが1935年に発表した反戦小説『栄光への小径』。第二次世界大戦が間近に迫っていたことから、当時のスタジオが製作に及び腰だったといういわく付きの原作。戦後になったにも関わらず製作に踏み切らないスタジオに見切りをつけ、キューブリック自ら俳優のカーク・ダグラスに企画を持ちかけることで映画化を実現させた。塹壕のシーンは縦移動、突撃するシーンは横移動と、緻密に設計されたドリーショットが非常に効果的。冷笑主義者キューブリックには珍しく、ダックス少佐(カーク・ダグラス)が軍法会議で「彼らへの告訴は人類への欺きです」と訴えるシーンは、胸アツでエモーショナル。若き天才監督に初めて邂逅したカーク・ダグラスは、後に自叙伝で「アイツは才能あるクソッタレだ!」と評している。

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スタンリー・キューブリック監督作品 1960年代


4.『スパルタカス』(60)197分

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共和政ローマ期の剣闘士スパルタカスが、奴隷たちを率いてローマ軍に立ち向かった「スパルタクスの反乱」を、圧倒的スケールで描いた歴史スペクタクル。1960年アカデミー賞では4部門を受賞したものの、アンソニー・マン監督の代役として急遽呼ばれたキューブリックは作品をコントロールすることがままならず、「シナリオから俳優の選択まで彼らのいいなりだった」と恨み節。最後まで自分の作品として認めようとはしなかった。とはいえ、制作費1,200万ドルに及ぶ超大作を30歳の新人フィルムメイカーが完成に漕ぎつけただけでも、特筆に値する一本といえるだろう。共産主義者として長い間ハリウッドから追放されていた脚本家のダルトン・トランボが、久々に実名でクレジットされた作品でもある。

5.『ロリータ』(62)153分

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『スパルタカス』で煮え湯を飲まされたキューブリックは、その反動から映画製作の全権を握ることを決意。その第一弾作品として選んだのは、中年の大学教授ハンバート(ジェームズ・メースン)が12歳の少女ロリータ(スー・リオン)に心奪われ、やがて破滅していくというセンセーショナルな愛憎ドラマ。謎の男クィルティを演じたピーター・セラーズの才能にキューブリックは心酔し、ほとんどの場面で即興演技を許したんだとか。メフィストフェレスの如きその存在感は、全フィルモグラフィーの中でも群を抜いている。クィルティが冒頭のシークエンスで語る「俺はスパルタカスだ。奴隷の解放にでも来たのか?」というセリフは、キューブリック自身への皮肉か。

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6.『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』(64)93分

(c)1963, renewed 1991 Columbia Pictures Industries, Inc. All Rights Reserved.

最近は『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』とか、『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』とか、絶対覚えられないくらいに長いタイトルの作品が多いが、キューブリック先生も負けていない。米ソの東西冷戦下を舞台に、核戦争の恐怖をシニカルに描いたブラックコメディ。ストレンジラブ博士、アメリカ大統領、イギリス軍大佐の三役をピーター・セラーズに演じさせてしまう発想といい、核爆発の映像にヴェラ・リンの「また会いましょう(We'll Meet Again)」を流すセンスといい、パンチの効いたキューブリックのユーモア感覚が満載。ラストシーンでストレンジラブ博士が叫ぶあの一言を初めて聞いた時は、椅子から転げ落ちそうになりました。

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7.『2001年宇宙の旅』(68)149分

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スタンリー・キューブリックがSF作家アーサー・C・クラークとタッグを組んで挑んだ、究極のセンス・オブ・ワンダー。巨大な石板モノリス、骨を放り投げる猿人、地球を見下ろす巨大な胎児(スター・チャイルド)と、映画史レベルで有名なシーンのつるべ打ち。人間とは何か?神とは何か?科学技術が辿り着く先とは?という実存的・哲学的な問いが、驚異的な映像体験を通して綴られる。人工知能HAL9000が反乱を起こすという展開は、本格的なAI時代に突入した現代の視点で見ると、よりリアリティをもって感じられるかも。キューブリックが本作のプロダクション・デザインを手塚治虫に依頼したものの、多忙を理由に断られたという有名な逸話もアリ。

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スタンリー・キューブリック監督作品 1970〜90年代


8.『時計じかけのオレンジ』(71)137分

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暴力とセックスに明け暮れる健康不良少年アレックス(マルコム・マクダウェル)を通して全体主義を風刺する、ウルトラバイオレンス青春劇。原作者のアンソニー・バージェンスは言語学者でもあったため、トルチョック(殴る)だの、ドルーグ(仲間)だの、デボチカ(女の子)だの、ボルシャイ(男の子)だの、架空の言語“ナッドサット”が全編にわたって使われている。この映画に触発されたアーサー・ブレマーはアラバマ州知事の暗殺計画を企て、そのブレマーの日記に触発されたポール・シュレーダーは『タクシードライバー』(76)の脚本を書き上げた。意外なところで、キューブリックとスコセッシは繋がっているのである。

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9.『バリー・リンドン』(75)185分

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ナポレオンの映画化プロジェクトが中止となったキューブリックが、その代わりにウィリアム・メイクピース・サッカレーの小説に目をつけて映画化した、エキセントリックでキッチュなピカレスク・ロマン。18世紀ヨーロッパを舞台に、成り上がり貴族の栄光と没落の半生が描かれる。NASAのために開発されたという特別なレンズを使うことで、屋外シーンは自然光、屋内シーンは蝋燭の光のみで撮影。レンブラントを思わせるバロック絵画的映像、フェルメールの絵画に出てきそうな豪奢な貴婦人たちは、並々ならぬ映像のこだわりによって生み出されたのだ。

10.『シャイニング』(80)143分

(c)2007 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.

『バリー・リンドン』の興行的失敗を受けて、確実に人が入る映画を作る必要があったキューブリックは、次回作としてスティーヴン・キングのベストセラー小説をピックアップ。閉鎖されたホテルを舞台に繰り広げられる、モダン・ホラーの傑作を完成させた。シンメトリーな構図に佇む双子の少女、鬼神の如き形相で斧を振り回すジャック・ニコルソンと、とにかく心胆寒からしめるシーンのオンパレード。だが原作を大きく改変したことで、スティーヴン・キングの怒りを買ってしまったことは有名な話。そしてキング自ら脚本を手がけたTVドラマが逆に不評を買ってしまったことも、これまた有名な話。

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11.『フルメタル・ジャケット』(87)116分

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『プラトーン』(86)、『サイゴン』(88)、『カジュアリティーズ』(89)、『7月4日に生まれて』(89)と、ベトナム戦争映画が大量生産された80年代。真打ちとしてキューブリックから届けられた最終兵器的作品。容赦なく罵倒し続ける鬼軍曹の徹底的訓練によって無垢な青年たちが殺人マシーンへと変貌を遂げていくプロセスは、ルドヴィコ療法によって健康不良青年アレックスが真人間に“矯正”される『時計じかけのオレンジ』と同工異曲。ベトナムの女性兵を殺した主人公たちが、ミッキーマウス・クラブマーチを歌いながら行進する不気味なエンディングに、世界の警察を自認するアメリカへの強烈な皮肉がチラリ。

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12.『アイズ ワイド シャット』(99)159分

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ハリウッド最強のセレブ(元)夫婦トム・クルーズ&ニコール・キッドマンを、イギリスに46週間も拘束して撮り上げた、リアル夫婦による擬似夫婦の夫婦クライシス劇。あまりに撮影期間が長かったため、『ミッション:インポッシブル2』(00)の撮影開始が大幅に遅れてしまったとの逸話もアリ。アルトゥル・シュニッツラーの中編小説を元に、夢とうつつの狭間で揺れ動くような、摩訶不思議な体験が描かれる。試写の5日後にキューブリックは急死。結果的にニコール・キッドマンがラストシーンでカマすFワードが、映画におけるキューブリックの遺言となった。

文:竹島ルイ

映画・音楽・TVを主戦場とする、ポップカルチャー系ライター。WEBマガジン「POP MASTER」(http://popmaster.jp/)主宰。

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