ゆたかなる旅路 Act.9「“いまだけここだけ”に出会い豊かになる」

絶景には必ず出会えるものとそうでないものがある

旅は偶然の連続ではあるが、誰もが息をのむ絶景には必ず出会えるものとそうでないものがある。アメリカのグランドキャニオンやモニュメントバレーなどは、天候にあまり左右されずにその威圧されるかのごとくの風景にほぼ確実に出会うことができる。ほとんど雨の降らない砂漠地帯、もちろん悪天候の日が無いわけではないが、狙ったその日に外すことはあまりないだろう。

東京タワーや神社仏閣なども、もちろんそこにそれがある限り間違いなく出会うことができる。仮に時間が1日、いや10分しかないとしても訪れ感動することは可能だ。

一方で、出会えるかどうかわからないものも多数ある。例えば種子島でロケットの発射を見るために苦労して宿をとり発射台近くのポイントに陣取ったとしても、実験が何らかの事情で中止になればそれで終わり。

しかし、そのピンポイントに合わせてさまざまなアレンジの苦労したことは別の形で報われることもある。せっかく来たのだからみんな見たいにきまっている。でも、おいそれと簡単な道のりではないことに気づけば、またチャレンジしてみよう、と次の旅へと誘う意欲へとつながる。

意外とわからない開花状況

オーロラなどの自然現象はベストシーズンと言われる時期だからといって必ず遭遇するものではない。

日本のキラーコンテンツたる桜とて、最近は開花時期の予想すら外すことも多い。東北の桜のツアーはかつてゴールデンウイークが見ごろだった。今はあらかたそれより前に咲き、時としてGW前に散る。それでもどこかには満開の桜があるもので、行程中に臨機応変に桜のスポットを組み替えるのはツアー担当者の腕の見せ所でもあった。

デジタル時代になっても開花状況の把握は骨が折れる。長い桜前線、3か月くらいは日本のどこかで必ず満開の桜が見られるはず。「○○の桜 開花状況」と検索すると、満開やいついつ頃が見ごろ、という情報が出てくる。しかし、その多くは過去の開花状況。丁寧に見ていかないと誤報をつかむことになる。

Webサイトのメンテナンスに思いとお金が回らない観光協会やDMOの所作が思わぬところでトラップとなる。過去の情報を消せばよい話。世界中が愛でに来る日本の桜の割には情報提供がまだまだお粗末だ。

今だけ、ここだけ、あなただけ

2月末の三連休、ひがし北海道を旅した。目指すは世界中でこの時期にこの場所でしか出会えないコンテンツ、流氷だ。流氷は風の向きによって接岸したり、岸から遠ざかったりする。シーズンだからといって必ずしも出会えるとは限らない。

砕氷船の乗り場に着くと、前週に一時プラス10℃を超える日があったりして、ちょうど私が乗る船の時間には南風で流氷は遠く沖へと流されているという。それもまた旅。それでも、翌日には列車から知床半島に着岸した美しい流氷に出会うことができた。

しかし、それよりも宿の近くの網走湖の完全に氷結した湖の夕暮れに思わず息を飲んだ。人影まばらな湖上にたたずむ2体の雪だるま。同じ景色は二度と見ることはできるまい。

事前に何の情報もなかった。観光コンテンツとして紹介されていない風景と空気が、その場にいるものだけにしか与えられない至福の時間を与えてくれた。

今だけ、ここだけ、あなただけ。外れるかもしれないけれど、その瞬間を目指して旅してみよう。あるいは、そんな瞬間を作り出してみよう。

完全結氷した網走湖の夕暮れ。同じ景色は二度と見ることはできるまい。

(これまでの寄稿は、こちらから)

寄稿者 高橋敦司(たかはし・あつし) ㈱ジェイアール東日本企画 常務取締役CDO

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