【書方箋 この本、効キマス】第57回 『資本主義の再構築 公正で持続可能な世界をどう実現するか』 レベッカ・ヘンダーソン 著/荻野 勝彦

難題解決へ5つの提言

2019年8月、米国の主要企業で構成される経済団体であるビジネス・ラウンドテーブルは、いわゆる「株主資本主義」が気候変動や格差拡大などの問題を引き起こしているとの批判に応えて、株主に加え顧客や従業員、地域社会などの利益をも尊重する経営への移行を宣言した。翌年のダボス会議では「ステークホルダー資本主義」が主要なテーマとなった。本書は、長きにわたってこの問題に取り組んできた著者が、新たな資本主義の再構築について論じ、ステークホルダー資本主義の原型を提示した本である。

著者はまず、資本主義は価値創造とイノベーションの源泉であり、人類の繁栄をもたらすものとして、今後も不可欠であることを再確認する。その一方で、株主資本主義は地球規模の社会課題を解決できず、持続不可能であることを指摘し、持続可能な資本主義の再構築を訴える。

続けて、この難題に取り組むうえでのパズルのピースとして「共有価値の創造」、「目的・存在意義主導型の経営」、「金融」、「協力体制」、「社会の仕組みを創り変え政府を立て直す」の5つを提示し、これに沿う形で具体的な議論が展開される。数多い実例をもとにした主張は迫力に溢れ、強い説得力を持つ。

まず「共有価値の創造」において、「高品質」、「環境配慮」、「公正労働基準」などが共有価値となることで、資本主義の再構築が経済合理性を持つと述べる。たとえば、ユニリーバの紅茶ビジネスにおいては、100%持続可能な原料のみ使用することでブランド価値を向上、高価格でもリピーターを増加させることに成功しているという。

次に「目的・存在意義主導型の経営」では、企業が共有価値の実現を目的・存在意義とし、従業員が理解し実践することで画期的な生産性向上を実現できると主張する。

続く「金融」では、投資家の長期的利益につながる適切な情報開示、投資家の権限の縮小、協同組合などの経営形態の普及により長期志向を徹底していくべきと主張される。具体的には、わが国のGPIFによるESG投資が日本企業のガバナンス改善に貢献した例などが紹介される。

「協力体制」については、自由競争の中での「抜け駆け」を許さない民間の自主規制体制、とくに金融セクターのそれが重要とされる。

最後の「社会の仕組みを創り変え政府を立て直す」では、自由な政府と自由な市場の均衡を取るべく、法の支配、報道の自由、少数者の権利の尊重、労働者の発言権などに立脚した包摂的な政治システムの構築などを主張する。

そのうえで、変化のための困難は大きいが、一人ひとりができることに取り組み「変化という雪崩の中の小石」になることができれば、世界は変えられると訴えている。

本書刊行直後に世界を襲ったコロナ禍は、図らずも株主資本主義の矛盾を顕在化させることとなり、21年のダボス会議では「グレート・リセット」が訴えられるに至った。本書の優れた先見性は、今後の議論にも大いに資するものであろう。広く一読を薦めたい。

(高遠裕子訳、日本経済新聞出版刊、税込2420円)

中央大学 客員教授 荻野 勝彦(おぎの かつひこ)
大手企業で長年人事労務に従事。「労務屋」のペンネームで執筆するブログでもお馴染み。

レギュラー選者3人と、月替りのスペシャルゲストが毎週、書籍を1冊紹介します。“学び直し”や“リフレッシュ”にどうぞ。

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