太陽電池を一人一台、自給自足の時代を ~ペロブスカイト太陽電池~

新エネルギーの中核を担う太陽電池に転換期が訪れている【下グラフ:面積あたりの各国太陽光設備容量(経産省資料より)】。そこで注目を集めているのがシリコン製に代わる薄型太陽電池、中でもペロブスカイトと呼ばれる結晶の膜を使ったもので、実用化が目前だ。シリコンとは全く違う材料を使うことで、社会のありようまで変える可能性を秘める。世界情勢が不透明になる中で、国産の材料だけで作れることにも期待が集まる※1。2030年に太陽光発電のシェア14~16%を目標とする政府が、「早期の実用化を」※2と旗を振る中、電機や化学、住宅メーカー大手も2025年からの展開をにらんで生産体制を整える。

ペロブスカイト太陽電池の発明者として脚光を浴びる宮坂力先生に、「大学研究者→企業の研究職→大学教員とベンチャー経営者」というキャリアから、研究・開発のこれまで、アカデミアのエコシステムなどを振り返っていただくとともに、高校生へのメッセージをお聞きした。

※1 日本のエネルギーの自給率はOECD諸国の中でも最下位に近く10数%と言われている。

※2 2021年10月に閣議決定された「エネルギー基本計画」では、2030年度の電源構成として再エネ導入目標を36~38%とし、そのうち太陽光は14~16%とされている。

https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/green_innovation/green_power

から、経済産業省 グリーン電力の普及促進等分野ワーキンググループ 2023年8月31日第6回も参照。

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(経産省資料より)[/caption]

そもそもペロブスカイトって?

鉱物の名前でしょうか?

元々はそうで、発見したレフ・ペロフスキー (ロシアの貴族、鉱物学者:1792~ 1856年)の名前に由来する。主成分はチタン酸カルシウム(CaTiO3)。カルシウムとチタン、酸素からできている無機化合物だ。珍しい構造をしているため【下画像左(右はペロブスカイト太陽電池の実物)】、同じ結晶構造を持ったものの総称となっていて、これらの金属の酸化物からなるペロブスカイトは強い誘電性を示すのが特徴で、身近ではインクジェットプリンターの印刷ヘッドなどに使われている。いっぽうで、酸化物の代わりに、ヨウ素(I)などのハロゲンからなるペロブスカイトというものがある(たとえば、CsPbI3など)。これらは人工的に合成することができ、中には光を吸収すると発電をするものがある。

このハロゲン化ペロブスカイトは溶剤に溶けることから、溶かした原料を塗って乾かし薄い膜にすると発電に使える。例えば、プラスチックフィルムなどに原料を塗ることで薄くて軽いペロブスカイト太陽電池を創ることができ、これを生活のいろいろな場所に設置することで、光が当たると高い変換効率で電力をつくることができる。【下画像】

現在普及している半導体シリコンを使った太陽電池とは、組成も製造方法も全く異なり、その特徴を比較すると一番上のイラストのようになる。

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ちょっと見ただけでも期待が持てそうですが、研究するにはどんなことを学べばいいのでしょうか?

研究開発分野は、光電気化学と呼ばれる。化学の中の「物理化学」の分野にある「電気化学」に生まれた領域で、光がかかわる電気化学という意味。半導体を電極に使った水の光分解はその典型的な例。ちなみに英語表記はPhotoelectrochemistry。 2004年に立ち上げたベンチャー、ペクセル・テクノロジーズ株式会社は、その頭文字にCell(セル)を足したものだ。

ペロブスカイト太陽電池の発明

材料をガラス板やプラスチックフィルムの上に貼ったり印刷したりするだけとは、ずいぶん突飛なアイデアに思われますが、いつ、どこで、誰が考えたのでしょうか?

発明に至る前段を話しましょう。私は大学院博士課程を光触媒などで著名な本多健一先生※1の研究室で過ごし、修了後は日本有数のフィルムメーカーに就職した。植物の光合成を光電気化学でシミュレーションする研究をかわれてのこと。ただ企業の研究所だからなんでもやらされた。人工網膜やリチウムイオン2次電池の研究開発は代表的なもの。製品化には至らなかったが、ともに原理を解明し『サイエンス』にも掲載された。もちろん私一人の力ではないが。この間、準備万端の研究が、会社の都合で中断されるなど辛い思い出もある。まあ組織の一員だから、社命に従うのは当然だが。

大学の研究とは違うわけですね。それで、転職を?

結局45歳を過ぎて転職を考えだしたが、その頃に与えられたテーマが色素増感太陽電池だった。銀塩の写真の高感度化に使う色素増感技術を使って太陽電池を作るというアイデアで、化学で作る太陽電池の代表であり、発電の仕組みとしてはペロブスカイトの先輩にあたる。ただ個人的にはあまり乗り気ではなかった。液体(電解液)を使うから液漏れしたりして耐久性に問題があると予想していたからだ。発明者はマイケル・グレッツェル教授※2。1991年に論文を発表した彼は今でも研究を続けていて、最近では変換効率も14%まで高めている。あまり電力のいらない機器なら十分動かせる値で、商品化もされている。

※1 1925 ~2011年、東京大学教授、京都大学教授、東京工芸大学教授、同学長、1972年の「本多-藤嶋効果」などで知られる。酸化チタンに光触媒の性質があることに着目、数々の発見・発明をリードした。

※2 Michael Grätzel:1944年~スイス連邦工科大学ローザンヌ校教授

ここからペロブスカイトにどうつながっていきますか?

ここまでの話で気づいた人もいるかもしれないけれど、光触媒も光合成も、色素増感も光のエネルギーを酸化還元反応で化学や電気のエネルギーに変える。光合成は二酸化炭素と水をグルコースに、光触媒は酸化チタンを半導体に使って水を分解して酸素と水素に。色素増感太陽電池とペロブスカイト太陽電池は光を直接電気エネルギーに変える。ここでも電子の輸送には酸化チタンが使われる。前者は可視光線を吸収させるために色素を使い(酸化チタンは紫外線しか吸収しないから)、後者は可視光線を吸って発電する半導体としてペロブスカイトを使い、これを電極に塗って印刷することで電池ができる。

全部つながるわけですね!

私は会社を辞めてこの大学に移ってすぐ、さっき紹介したベンチャー企業を作ったが、研究室とそことの両輪で色素増感太陽電池も研究していた。そんな私の前に、色素の代わりにペロブスカイトを使ってみたいという若者が現れた。日本で写真技術教育の伝統をもつ東京工芸大学の修士課程にいた小島陽広君で、ペロブスカイトを研究していた。紹介してくれたのは東京工芸大で教員をしていたがペクセル社の求人に応募、入社してくれた手島健次郎さんだ。私は小島君の話を聞いて、「どんなものかわからないが、光機能があるということで、誰もやっていない方法だから、試しに実験してみてはどうか」と、彼を受け入れて、学外研究員という形で来てもらうことにした。

ずいぶん思い切られました。伝統のある大学や、大規模大学では考えられないことですから。

そう、ここは小規模だから小回りが利く。それに受験に失敗した子たちも多いから、彼らの刺激にもなると思った。もちろん不思議な縁も感じていた。当時の東京工芸大の学長はなんと本多健一先生。東大定年後に京大へ移籍され、その後東京へ戻っておられた。

小島君は僕の指導で、だれもがあまり可能性はないと思っていたペロブスカイトを使って黙々と実験を続けた。しかも修士卒業後は、私が東大にも持つようになった研究室の博士課程に入ってくれた。

そして博士課程3年目の2009年に、ペロブスカイトを使ってエネルギー変換効率を3.8%まで高め、世界初のペロブスカイトを使った太陽電池の論文を、私と共著で出版した【下年表の赤の☆印】。小島君はこのペロブスカイトの研究で学位論文を出して博士号を取った。

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さらなるブレークスルーが

そこからほぼ15年、現在は4万人のペロブスカイト太陽電池の研究者がいるとも言われますが、ここまですんなり来たのでしょうか?

まだまだ。ペロブスカイト太陽電池は、今でこそシリコン製の光変換効率に追いついたが、当時の4%弱からそれを上げるためには、もう一つブレークスルーが必要だった。

どんな?そしていったい誰が?

当初、私たちは色素増感と同じようにヨウ素などを含んだ液体を電荷の輸送に使っていた。しかしこれではペロブスカイトの一部がそこへ溶け出して効率が上がらないという問題があった。

つまり、ペロブスカイトが電解液で分解してしまうということですか?

まあそういってもいい。これではいくら効率が上がっても実用性がない。小島君もそれに気づいていて、2008年には固体の可能性を示唆していた。ところがだ。

何か新展開が起こるのですね?

詳しくは上の年表を見てほしい。私の研究歴が中心だが、舞台はこの桐蔭横浜大学から、スイス、イギリスへ、さらには韓国、そして中国、ポーランドへも広がっていく。次も主役は若者だが、今度はイギリス人。色素増感太陽電池に固体の電荷輸送材料を使えないかを研究していたヘンリー・スネイス君※3だ。彼がマイケル・グレッツェル教授のもとへ来ていた時、たまたまうちの研究室からポスドクとして行っていた村上拓郎君※4と仲良くなり、ペロブスカイトのことを知った。その後オックスフォード大に職を得た彼は、よほど気になったのか、院生を僕の研究室へ3か月間送り込みペロブスカイトの作製法を習得させた。そしてまさにその一年後だった。彼の研究室はなんと10.9%という変換効率を達成した【下図】。

え、え、何をしたのでしょうか?

液体の電解質を、得意の固体にしてみた。この高い効率には世界中がびっくり、「これは使えるぞっ!」ということになった。私たちとの共著論文は注目を集め、その後この時の関係者は世界的に権威ある賞をいくつも共同受賞した※5。そしてそれまでの色素増感太陽電池の研究者も、あっという間にペロブスカイト研究者になった!

そこからはとんとん拍子に研究が進んできたわけですね。

僕らの研究室も特許をとるし、世界中が変換効率を上げるのに鎬を削り、今ではシリコンとほぼ同じ26%以上を達成している。あとは具体的な製品作り、いわゆる実装あるのみです。

※3 Hennry Snaith:現オックスフォード大教授

※4 現国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)有機系太陽電池研究チーム長

※5 2017年のクラリベイト・アナリティクス引用栄誉賞に始まり、2022年ランク賞、2024年朝日賞まで多数受賞。

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色素増感からペロブスカイトへ(産総研資料より)[/caption]

日本の企業と、そこを目指す若者へ

ただ問題もありそうですね。日本の企業が出遅れてるのではないかとか。ペロブスカイトはいいことづくめだし、素材開発で先行しているにもかかわらず。

やはり大企業は儲かるものしかやらない。儲かっている間はリスクを取る必要がない。前職でもこれは何度も経験した。しかも日本人には、石橋を叩いて渡る人、叩いても渡らない人が多い。欧米や中国に追い抜かれることが多い原因の一つだ。

もう一つは、シリコン太陽電池のトラウマがある。当初、日本は圧倒的なシェアを誇っていたが、韓国、中国に逆転された。ペロブスカイトも「同じ太陽光発電だから、また負けるのでは」との先入観が経営陣に蔓延している。これから大企業に就職しようとしている人には、そんな風土を覆してほしい。今度は失敗しないぞと。

研究室の選び方

先生の周りでは人が育つと拝見しましたが、小島さん、池上和志さん、村上拓郎さん、手島健次郎さんと、バックグラウンドの異なる学生さん、若い研究者が、重要な局面で、表舞台や縁の下で活躍された。先生を東大に呼ばれた瀬川浩司さんを入れてもいいかもしれない。

そうですね。彼は京大で本多先生の助手をしていて、東大教授になると私を東大の客員教授に推薦してくれた。

私はどこにいても、学生が喜ぶ顔を見るのが好きで、そのためにできることはいろいろしてきたつもりだ。学部生でも海外の学界へ連れて行く。そして行った先で自分が触媒になって、いろんな人に会わせる。それがきっかけで育つ人が出てくる。

「人事、検分、努力を尽くす」を座右の銘とされているとか。

《人事を尽くして天命を待つ》という古い言い回しをもじったもの。《人事》とは人の集まり、巡り会わせ、これは企業の研究室であれ大学であれ、とても大事。人が人を呼び、輪が広がり、成果がうまれていく。ちなみに《検分》とは徹底的に調べて、いいものを探すこと。

「研究とは真実を巡る人間関係である」という言葉を聞いたことがあります。

高校生へのメッセージ

高校時代は広く浅く学ぶことはもちろん大事だが、深くやるものも一つはもちたい。『総合的な探究の時間』『理数探究』などという授業もあるから、方法論、手段を学びやすい。「これどうなってるんだろう?」と思ったら、そこから調べ始める。また一見テーマとは関係ないように思えることでも、手を伸ばせば届きそうだったら、まずは試してみよう。そして自分で納得できるまで徹底的に調べる。実験の中で、「あれ?」って何か引っかかることがあったら、見過ごさず立ち止まって原因を考えてほしい。先を急ぐあまり無視すると、大きな発見を見逃してしまうかもしれない。

まさに「努力を尽くして…成果を待つ」だ。この過程で、自分が何に興味があるかもわかってくるし、また不幸にも不成功に終わったとしても、それが分かったことも大きな成果だ。

少し話は脱線するが、私は今でも研究の合間を縫ってバイオリンを弾き、楽器として研究もしている。あらたに発見したことは権威のある専門誌に投稿することにしていて、これまでに3度も掲載された。

中学・高校時代、スピード優先の受験勉強で一旦挫折を味わったが、大学、大学院へと進む中で立ち直った。特に大学院時代は充実していて、『ネイチャー』や『サイエンス』に掲載されたものも含め、論文をたくさん書いた。それまでの「なぜの追求」「好きの追求」が花を開かせてくれたのだと思う。これは今でも私を支えてくれているものでもある。

最後に生成AIについて一言お願いします。

AIは膨大な情報量(ビッグデータ)をもとに結論を出すわけで、考えているわけではない。AIに頼ると人が努力して思考する能力が衰える危険から、私の見方は否定的だ。AIを情報の高度な処理だけに使うなら良いが。

ありがとうございました。

桐蔭横浜大学 特任教授

宮坂 力先生

1976年早稲田大学理工学部応用化学科卒業、1981年東京大学大学院工学系研究科合成化学博士課程修了。この間1980~81年カナダ・ケベック大学大学院生物物理学科客員研究員。1981年4月富士写真フイルム(株)入社,足柄研究所研究員、2001年12月~2017年3月 桐蔭横浜大学大学院工学研究科教授、2017年4月桐蔭横浜大学医用工学部特任教授、2017年10月東京大学先端科学技術研究センター・フェロー、2020年4月~2023年3月、早稲田大学先進理工学研究科・客員教授。2023年1月朝日賞、2022年7月 英国 Rank Prize 等受賞多数。早稲田大学高等学院高等学校出身。

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