相続してもらいたい大切な家族を思い、作成する「遺言書」。準備するにあたり、誰に相続させるかだけではなく、書き方や保管場所にいたるまで、さまざまなことを決めなければなりません。これまで数多くの相続問題に関わってきた税理士の北井雄大氏の著書『相続はディナーのように “相続ソムリエ”がゼロからやさしく教えてくれる優雅な生前対策の始め方』(日刊現代)より、詳しく見ていきましょう。
【登場人物】
相続ソムリエ:悩める家族に相続のアドバイスを贈る、相続のプロフェッショナル
潤一郎(80歳):春樹の父親
小百合(76歳):潤一郎の妻
春樹(52歳):潤一郎・小百合の長男。妹が1人いる
綾子(50歳):春樹の妻
桜(23歳):春樹・綾子の娘。潤一郎・小百合の孫
せっかく作成した遺言書が「無効」になることも…!
潤一郎:そもそもの質問なんですが、先程おっしゃっていた通り、遺言書にはルールや決まった形式があるんだな。
相続ソムリエ:はい。遺言書には形式要件があります。形式要件を満たさない遺言書は無効になることもあるんですよ。相続人のためを思って作った遺言書が無効になってしまっては意味がありませんから、専門家からアドバイスを受けながら作成することをおすすめします。
小百合:ここで全部覚えられるとは思わないけれど、形式要件を教えていただけるかしら?
相続ソムリエ:まず、遺言書には3種類あります。自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言の3つです。
桜:名前からなんとなく意味が想像できるかも?
相続ソムリエ:ご想像の通りだと思いますよ。それぞれ作り方が違うんですが、簡単な概要から説明していきましょうか。まずは「自筆証書遺言」。この遺言書は、全文を自筆で書くものです。次に「公正証書遺言」。専門家が作成・保管してくれる遺言書です。最後に「秘密証書遺言」。遺言書の存在を証明した上で、その内容は秘密にしておけるものです。
桜:だいたいイメージした通りだわ。
相続ソムリエ:それぞれの作り方を紹介しましょう。
1.「自筆証書遺言」の作り方
相続ソムリエ:まずは自筆証書遺言の作り方です。自筆証書遺言の形式要件には、次のようなものがあります。
・「遺言書」と明記する
・全文直筆で書く
・消せない筆記具(ボールペンなど)で書く
・末尾に作成年月日を書き署名捺印する
・相続人を特定できるように書く
・相続財産を特定できるように書く
・相続人それぞれの相続分をわかりやすく書く
・遺言執行者の名前を書く
・封筒に入れて封をし、押印する
綾子:だいたい納得の内容ですが、作成した年月日を書くのはなぜですか?
相続ソムリエ:自筆証書遺言は、いつでも新しく書き直せるからです。内容をアップデートした際、古い遺言書を破棄しないと、どれが最新で有効なものなのかわからなくなってしまいますよね。そこで、有効な遺言書を判断できるよう、作成した日付を書いておくんですよ。
さらに、作成年月日は、遺言書を書いたときに被相続人に責任能力があったかどうかを判断する際にも使われます。
潤一郎:遺言書を書いたときに、被相続人が重度の認知症になっていたら、遺言書の内容に疑いが生まれるからか。その場合は、遺言書は無効になるんだろう?
相続ソムリエ:遺言書が認められないこともあります。
小百合:「遺言執行者の名前を書く」とありましたが、遺言執行者って誰のことですか?
相続ソムリエ:相続に関わる事柄などがすべて遺言書の通りに執行されるように管理する責任者のことです。親族でもかまいませんが、最近は税理士をはじめとして、弁護士や司法書士などの士業を指名される方も多くいらっしゃる印象ですね。親族が遺言執行者になると他の相続人と利害関係が生まれることもありますし、遺言通り相続したい場合は専門家に任せることをおすすめします。
春樹:ソムリエさんにお任せできれば安心だね。
潤一郎:自筆証書遺言を書いたら、どこに保管するのだろうか?
相続ソムリエ:わかりやすい場所に保管するのが第一です。紛失してしまったり、被相続人が亡くなった後、残された遺族が見つけられなかったりしたら、遺言書を作った意味がないですからね。
綾子:「遺言書は仏壇の引き出しに入れておくからね」などと、生前に公言しても問題ないんでしょうか。
相続ソムリエ:もちろんです。むしろ、身近で信頼できる親族には、遺言書の内容と保管場所を伝えておくことをおすすめします。
桜:被相続人が亡くなった後は、遺言書を見つけた人が開封していいの?
相続ソムリエ:いいえ。自筆証書遺言の場合は、執行する前に家庭裁判所の「検認」を受ける必要があるんですよ。
小百合:検認? 初めて聞く言葉ね。
相続ソムリエ:検認とは、遺言書が法的に有効かどうかを家庭裁判所がチェックすることをいいます。内容に漏れやおかしなところはないか、本当に本人が書いたものかどうかなどを家庭裁判所が調べます。その結果「OK」と認められてはじめて、自筆証書遺言は有効になります。
綾子:なんだか難しいのね。せっかく書いたのに無効になるかもしれないなんて……。
潤一郎:ソムリエさんに見てもらいながら書かないと、うっかりミスをしそうだ。
相続ソムリエ:いつでもご相談ください。「難しそう」「紛失してしまいそう」と心配な方の中には「公正証書遺言」を利用する方もいらっしゃいますよ。
2.「公正証書遺言」の作り方
桜:公正証書遺言は、専門家が作成・保管してくれる遺言書でしたね。
相続ソムリエ:桜さん、よく覚えていましたね! 公正証書遺言は、公証人という専門家が遺言者の意思を汲んで遺言書を作成し、保管もしてくれるものです。書き間違いや漏れがあって法的な効力が失われたり、紛失したりする危険性がないので、安心なんですよ。
春樹:公正証書遺言はどこで作れるんですか?
相続ソムリエ:遺言者本人と2人以上の証人が一緒に公証役場を訪れることで作れます。遺言者が自分の意思や計画を口頭で説明し、公証人がアドバイスなどをしながら遺言書の形にしていきます。書面が完成したら、遺言者と2人以上の証人が内容を確認し、署名捺印をして完了です。
小百合:公証役場というところに行かないといけないのね。お年寄りには大変じゃないかしら?
相続ソムリエ:万が一、病気やケガで入院している場合には、公証人が病院や高齢者施設、自宅などに出張してくれますよ。
潤一郎:とはいえ、早く取り掛かるに越したことはないな……。
綾子:保管もお願いできるならますます安心ですね。
相続ソムリエ:はい。遺言書の原本が公証役場で保管され、遺言者には正本(原本とまったく同じ内容のもの)が渡されます。万が一、正本をなくしてしまっても、公証役場に原本が保管されているため、再発行することができます。
綾子:公正証書遺言も、家庭裁判所でOKをもらわないと効力が発生しないんですか?
相続ソムリエ:いえ。既に法的効力を持つよう作成されているので、家庭裁判所の検認は不要です。
春樹:時間や手間がかからないのはメリットだね。コスト的にはどうかな? つまり、公正証書遺言の作成にどのくらいの費用がかかるのか……。
相続ソムリエ:公証人の手数料や証人の日当などを支払う必要があります。公証人の手数料は、相続財産が多額になるほど値段が高くなる仕組みです。相続財産が3,000万~5,000万円なら、公証人の手数料は3万円程度だと思っておくといいでしょう。
小百合:証人はどういう人に頼むものなんでしょう。
相続ソムリエ:ご家族でも、ご友人でも、未成年者や推定相続人以外でしたらどなたでもかまいませんよ。証人には遺言書の内容を知られてしまいますので、守秘義務がある税理士に頼むのも一つの手です。
3.「秘密証書遺言」の作り方
桜:もう一つの「秘密証書遺言」も気になります! 遺言の存在を秘密にするっていうことですか?
相続ソムリエ:簡単にいえば、遺言書の存在を証明したうえで、内容を秘密にしておけるという遺言書です。あらかじめ作成しておいた遺言書に封をして、証人2人以上とともに公証役場に持参し、公証人にその存在を証明してもらいます。
綾子:なんだか公正証書遺言と似ているような……?
相続ソムリエ:公正証書遺言との違いは、証人・公証人ともに内容を確認しないため、誰にも内容を知られずに済むことです。
潤一郎:内容の確認が必要ないんですね。つまり、内容を秘密にできる代わりに、法的に無効になる可能性もある……ということですか。
相続ソムリエ:その通りです。公証人が文面をチェックできないため、間違いや漏れが発生し、法的に無効となってしまうリスクがあります。
小百合:保管は、公証役場でしてもらえるんですか。
相続ソムリエ:いえ。保管も遺言者自身が行うことになります。
春樹:自筆証書遺言と同じく、家庭裁判所の検認を経て有効になるということですね?
相続ソムリエ:その通りです。証人にも公証人にも遺言書の内容を知られずに済む一方で、無効になったり紛失してしまったりするリスクがある方法だと言えるでしょう。
【図表】遺言書の種類 出所:北井 雄大氏著『相続はディナーのように ”相続ソムリエ”がゼロからやさしく教えてくれる優雅な生前対策の始め方』(日刊現代)より引用
北井 雄大
税理士