魚を切った後の〈包丁の置き方〉で“店の質”がわかる!?…「いい鮨屋」の見極め方とは

(※写真はイメージです/PIXTA)

せっかく鮨屋に行くのなら、腕の立つ職人に握ってもらった美味しいお鮨が食べたいもの。鮨評論界の第一人者であり、著述家の早川光氏は「初めての鮨屋に行った時に必ずチェックすることがある」と言います。早川氏の著書『新時代の江戸前鮨がわかる本 訪れるべき本当の名店』より詳しく見ていきましょう。

いい店かどうかは「スタッフの動き」でわかる

僕が初めての鮨屋に行った時、そこがどんな店かを知るために必ずすることがあります。それは店内の清掃をチェックすること、職人の包丁を見ること、そして働くスタッフの動きを観察することです。

店内の清掃を見ればいろんなことがわかります。清掃が行き届いていない店は魚の仕込みも手を抜いていることが多い。魚の下拵えをする時には血が飛び散ったり床に落ちたりしますから、汚れが見えなくてもこまめに清掃をするのが常識。それなのに見てわかる汚れがあるということは、他の作業もきちんとしていない可能性が高いのです。

包丁を見るのはそこに職人の性格や修業経験が表れるから。たとえば魚を切った後、すぐにきれいな布巾で包丁を拭うのを見たらちゃんと修業した人だとわかります。反対に使った包丁を放置したままにしていたら、この店はダメだと思います。

そして一番注意深く見るのは“スタッフの動き”です。これは新時代の鮨屋を見極める上で最も大事なポイントかもしれません。

具体的には、店に入ってまず人数を確認します。複数いる場合は役割分担を見ます。そしてその役割にふさわしい動きをしているか、目配りができているかを観察します。それはあくまで観察するだけで声をかけたりはしません。

なぜこんなことをするのかと言うと、今の時代、たった1人でも優秀なスタッフがいる店は、ほぼ確実に美味しいからです。もう何年も前から、鮨屋は有名店も人気店も関係なく慢性的な人手不足に悩まされています。つまり鮨職人を目指す人は自分から店を選べる状況にあります。そんな中、優秀な人材が修業先として選んだ店は間違いなく魅力のある店と言えるのです。

清掃や包丁を見るのは慣れない人には難しいと思いますが、スタッフの動きなら誰でもわかるはず。優秀な人材の中には、数年後には店を出す人もいるわけですから、チェックしておいて損はありません。今まで親方の顔しか見ていなかったという人は、次からはスタッフの動きにも注目してみてほしいと思います。

優秀な鮨職人に求められる「能力」とは

今の鮨職人にとって不可欠なもの。それは握りの技でも包丁の技術でもなく“魚の知識”なのではないでしょうか。

おつまみの比重が高くなり握りに使わない魚も扱うようになったこと。店の個性を出すため他店で使っていない新しい魚を探すようになったこと。いろんな理由によって、今は鮨屋で使う魚の種類が10年前に比べて飛躍的に増え、魚や産地の新しい情報が毎日のように更新されています。そんな中、古い知識だけで魚の仕入れを続けていたら、いい魚は買えなくなってしまいます。

魚の種類が増えたのには、業務用の産地直送が普及したことも関係しています。かつての産直は消費者に向けたものがほとんどでしたが、今は市場を通さず地方の鮮魚店と直接取引をしたり、企業が間に入る形で漁師の獲れたての魚を買うということが珍しくなくなっています。それによって地元だけで流通していたマイナーな魚も東京の鮨屋に入ってくるようになりました。

鮮魚店や漁師との取引には、鮮度のいい魚を直接届けてもらうという以外にもメリットがあり、魚の活け締めや血抜き、神経抜きといった下処理を施してくれたり、現地でたて塩(濃い塩水)につけて塩締めにしたりといった細かい注文を受けつけてくれることもあると聞きます。中には、最近話題になっている“津本式”で血抜きをしてくれる鮮魚店まであるのだとか。

そんなわけで新時代の鮨職人は、魚の種類、産地から血抜きの方法まで幅広い知識がなければ務まりません。高級店ともなれば尚更です。だからこそ、魚に詳しい鮨職人のいる店を選ぶべきだと思います。

詳しいかどうかを確かめるには、質問をしてみるしかありません。ひと昔前の鮨職人は無口だったり不愛想だったりして話しかけにくい雰囲気がありましたが、今は優しい人ばかりなので遠慮しなくても大丈夫です。ただし質問する時は、あくまで「教えてもらう」という姿勢で聞いて下さい。こちらから教えてあげようなんて思ったら、冷たい目で見られてしまいます。

シャリの味を確かめよう

今は赤酢を使ったシャリ、しかも複数の酢をブレンドしたものが増えています。昔の鮨屋のシャリの味は大まかな傾向が決まっていましたが、今は端的に言えば100軒の鮨屋に100種類のシャリがあるという状況。ですからシャリの特徴を知ることは、その店の個性を理解する上ですごく重要。

僕は初めての店でも何度も通った店でも、1貫目の握りを食べる時にはシャリだけに意識を集中して味を確かめます。これは習慣みたいなものですね。その日の体調とか気温によって味の感じ方も変わるので、そこは常に気をつけます。

味を確かめるというと難しく考える人が多いと思いますが、感覚的なものでいいのです。

早川 光
著述家

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