【武蔵野大学ウェルビーイング コラム】第1回 世界に羽ばたくハピネス・クリエイターを育てたい

持続可能な世界を目指すため、「ウェルビーイング」は必要不可欠なキーワードとして、ますます重要になってきました。ウェルビーイングは、平和や福祉、健康、個人の生きがいや安心など多くのものを含み、その土台がないと世界は成り立ちません。

サステナブル・ブランド ジャパンは、昨年、幸福学の第一人者である前野隆司氏に、コラム「あなたと地球のウェルビーイング」をご執筆いただきました。その続編とも言えるコラム「響き合い、つながり合うウェルビーイングな世界」を、今春スタートする、武蔵野大学ウェルビーイング学部の教壇に立たれる先生方にリレー方式でつづっていただきます(前野氏はウェルビーイング学部の学部長を務められます)。

第1回は、同大学の学長で、しあわせ研究所所長を務める西本照真氏による、ウェルビーイング学部の創設に至ったストーリーをお届けします。

ウェルビーイング学部の誕生

毎年、3月20日は「国際幸福デー」です。2022年の3月19日から3日間、武蔵野大学の有明キャンパスで、「Shiawase Symposium 2022みんなで幸せをシェアしよう」が開催されました。幸福学、そしてウェルビーイング研究の第一人者前野隆司先生が中心となって数年前から開催されている取り組みです。武蔵野大学しあわせ研究所も共催で参加させていただきました。

初日の朝、大学の駐車場に車を停めようとして、後ろから現われたのが前野夫妻でした。翌日か翌々日か記憶があいまいですが、再び早朝に駐車場で前野夫妻に出会いました。この上ない深いご縁を感じましたので、勇気をふり絞って、「一緒に幸せをカタチにする新しい学部をつくりませんか。自分だけでなく、人間だけでなく、生きとし生けるものの幸せについて、真剣に問い、考え、学び、カタチにしていく、クリエイティブな実践力を備えた人を育てたいのです」とお声がけしました。すると前野先生から「ぜひ作りましょう、世界最初のウェルビーイング学部を」。

学びのキーワード(武蔵野大学ウェルビーイング学部パンフレットより)

ブッダのステキな言葉

仏教の開祖ゴータマ・ブッダ(釈尊)の言葉を綴った『スッタニパータ』に次のような一節があります。

「いかなる生物生類であっても、怯えているものでも強剛なものでも、悉く、長いものでも、大きなものでも、中くらいのものでも、短いものでも、微細なものでも、粗大なものでも、目に見えるものでも、見えないものでも、遠くに住むものでも、近くに住むものでも、すでに生まれたものでも、これから生まれようと欲するものでも、一切の生きとし生けるものは、幸せであれ」(中村元訳『ブッダのことば ―スッタニパータ―』、岩波文庫、1984年)

私はブッダのこの言葉がとても好きです。あらゆる思想や信条、時間や空間を超えて広がりゆく可能性をもった言葉、人間中心主義を超えて生きとし生けるものの幸せを願う言葉、ステキだと思いませんか。

関東大震災の翌年に誕生した武蔵野大学

武蔵野大学の前身である武蔵野女子学院は、1924年、国際的な仏教学者高楠順次郎博士によって創設されました。その前年、1923年9月1日、関東大震災が起こり、東京の下町辺りは焼け野原になりました。焼け落ちた築地本願寺の境内地に日本赤十字の救護所が建てられました。翌年、使用されなくなった救護所を借り受けて誕生したのが、武蔵野女子学院でした。

それから100年、2024年に学校法人武蔵野大学は創立100周年を迎えました。正月一日の夕方、能登半島地震が起こりました。200人を超す方々がお亡くなりになり、今もなお避難生活を送られている方がたくさんいらっしゃいます。奇しくも本学の100年の歩みを振り返ると、2012年の有明キャンパスの開設前年にも東日本大震災が起こりました。臨海副都心の有明に、グローバルに活躍できる人材を育てるべく学部開設を準備していた矢先でした。偶然ではありますが、人々の悲しみや苦しみとともに、本学は100年の歴史を歩んできたのだと思いますし、これからもそうあり続けたいと思います。

ブランドステートメント『世界の幸せをカタチにする。』から広がる

2016年に学長に就任して、今年が9年目になります。前年、アメリカにサバティカル(海外留学制度)で滞在しており、帰国してすぐに学長職を任されました。不安でいっぱいの帰国でした。一方で、それまでの2、3年、本学の若手の教職員を中心にして、新しいブランドステートメントを策定するプロジェクトが進行中でした。帰国して授けられたのは、「世界の幸せをカタチにする。」というブランドステートメントでした。これはいい。急にやる気が出てきました。

「しあわせ研究所」を開設し、百数十人の教職員の方々が自主的に参加され、冒頭で紹介したシンポジウムなども含めてユニークな活動を展開中です。学生も教員も職員も、卒業生も未来生も、武蔵野にご縁のある方々は、生涯、ハピネス・クリエイター。そう思える学校にしたいと思います。これからの未来世界の幸せを実現していくための人材養成を目的として、2019年にはデータサイエンス学部、2021年にはアントレプレナーシップ学部、2023年には工学部にサステナビリティ学科を開設し、いよいよ創立100周年の2024年には世界初のウェルビーイング学部開設となりました。

誰にとっても幸せがよろこべる未来を

武蔵野大学ウェルビーイング学部では、次のような人材育成の目的を掲げています。

「仏法の真理観を根幹として、人間の抱える根源的な苦悩からの解放を見据えつつ、学識、情操、品性にすぐれた人格を育成するとともに、科学や技術の最先端の知見や成果も取り入れた学際的なアプローチによって、幸せ・生きがい・安心・福祉・健康・平和など、人々と世界のウェルビーイングをデザインし、創造していく人材の育成を目的とする」

武蔵野大学の100周年に誕生したウェルビーイング学部ですが、これから100年後の2124年、人々と世界のウェルビーイングが豊かに実現されていくことを願いながら、最初の、一歩を踏み出しました。ウェルビーイングな世界を夢見て歩んでいる多くの方々と、響き合い、つながり合って、誰にとっても幸せが喜べる未来を切り開いていきたいと思います。

西本 照真(にしもと・てるま)

武蔵野大学 学長
Musashino University Creating Happiness Incubation(武蔵野大学しあわせ研究所) 所長

1986年東京大学文学部印度哲学印度文学科卒業、1992-1994年ハーバード大学Visiting Fellow、1994年東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得後退学。博士(文学)。2002年中国社会科学院訪問研究者。
1997年武蔵野女子大学専任講師として就任以降、武蔵野大学人間関係学部(現 人間科学部)学部長、同大学院仏教学研究科長、同附属幼稚園園長等を歴任。2015年カリフォルニア大学バークレー校Research Scholar を経て、2016年4月より武蔵野大学学長に就任。
第40 回日本印度学仏教学会賞(1998年)、第7回中村元賞(1999年)。専門は哲学(仏教学、中国哲学、インド哲学)。

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