『大奥』“定信”宮舘涼太が見せた2つの顔 “お知保”森川葵は苦しみからようやく解放される

人を人とも思わぬ冷酷な表情と、貧しい子供たちに向ける慈愛に満ちた微笑み。どちらが彼の本当の顔なのだろう。『大奥』(フジテレビ系)第9話では、定信(宮舘涼太)が2つの顔を見せた。

増上寺代参の日、倫子(小芝風花)は約束通り、定信と共に育った浜御殿で落ち合う。家治(亀梨和也)との子ができずに気落ちしていた時も、千代姫を失った悲しみに打ちひしがれていた時も、文や贈り物で励ましてくれた定信に礼を述べる倫子。そんな倫子を抱きしめ、自分なら辛い思いをさせないと、定信はいっそ家治と離縁してはどうかと提案するのだった。

幼なじみである定信から「ずっとお慕いしておりました」と長年の思いを打ち明けられ、戸惑う気持ちとともに倫子が城に戻ると、なにやら女中たちが騒がしい。家治が世継ぎと定めたお知保(森川葵)の子・家基が、目を離した隙に池に落ちてしまったというのだ。お知保の必死な呼びかけも虚しく、家基は息を引き取る。前回からある程度の予想はできていたが、その命を奪ったのは猿吉(本多力)だった。

母親が盗みを働き、死罪となったことで、かつては住む家さえなかった猿吉。そんな彼を拾ったのが、定信だ。定信は猿吉と同じく、身寄りのない子どもたちの面倒を見ていたのである。幕政の実権を握り、居場所を失った者たちを救いたい。そう語った定信に猿吉はついていくと決めた。

かくして相棒となった猿吉に定信は、家治の血筋を根絶やしにせんと、千代姫、家基に続き、お品(西野七瀬)の子・貞次郎の息の根を止めるように命じる。だが、猿吉は倫子担当の使用人としてお品とも交流があった。使用人である自分を無下に扱うこともなく、いつも親切に接してくれたお品。彼女もまた、よく働いてくれる猿吉を心から信頼していた。そんな猿吉の前では、貞次郎を守るためならと心を鬼にしてきたお品も人の心を取り戻すことができた。

「猿吉は人から奪うのではなく与えることのできる人です」

そんなふうに自分を信じてくれているお品を裏切ることなどできなかった。そのことを定信に責められ、「今のあなたさまに大義などございませぬ!」と本音でぶつかる猿吉。痛いところを突かれたのか、逆上した定信は猿吉を刀で斬りつける。貞之助(小関裕太)のみならず、お品の知らないところでまたもや大切な人が命を落とした。

一方、倫子は我が子を追い、自ら命を絶とうとしたお知保を救う。千代姫を亡くし、失いかけていた人を思う心を思い出させてくれた家基。その息吹がお知保にも感じると懸命に訴えかけた倫子。お知保は彼女の言葉で己を立て直すと同時に、どんなに願っても家治の心を手に入れることができない苦しみからようやく解放される。「上様はどんなときも御台様だけを愛しておられました」と倫子に語りかける彼女は今までで一番美しかった。

最初は冷たい人だと思っていた家治の思いやりに触れ、どんどん惹かれていった倫子。だが、心が通じ合ったと思った矢先にお品を側室とした家治のことが彼女はわからなくなっていた。そんな中、定信からの告白に揺れる気持ちもあったのだろう。しかし、お知保の言葉を受け、倫子は「子を愛し、私を愛してくださったあなたさまを信じます」と改めて家治に信頼を示す。

すると、張り詰めた糸が解けるように涙を流す家治。気丈に振る舞ってはいた家治だったが、千代姫も家基も亡くし、本当は母親が愛人との間に作った子であるにもかかわらず、将軍家の子として多くの人を欺いてきたせいだと自分を責めていたのだ。そんな時に倫子から自分を信じると言われ、家治はこれ以上、嘘を重ねることはできないと思ったのだろう。ついに、これまで田沼(安田顕)に逆らえなかった理由を倫子に明かす。

人間とは複雑な生き物だ。他人の悲しみや苦しみに心を痛める一方で、欲深く、保身のために誰かを傷つけてしまうこともある。やがて人の痛みに鈍感になり、鬼と化してしまうことも。そうなった時に人の心を取り戻させてくれるのは、誰かから寄せられる信頼の気持ちなのかもしれない。あなたを信じているーーそんな眼差しの前で人は間違いを起こせぬものだ。

定信が見せる2つの顔はきっと、どちらも真実なのだろう。貧富の差が開くこの国を変えたいという気持ちに嘘偽りはない。だが、今の定信は家治への嫉妬や恨みに取り憑かれ、真の目的を見失っているように見える。だから猿吉はきっと最後の賭けに出たのだ。「それがしが一番尊敬し、お慕いしていたのは定信様です」と訴えかけることで本来の定信に戻ってくれるかもしれないと。けれど、定信は冷静さを欠いた。猿吉のまっすぐな思いを受け取ることができず、自分を信じてくれている人間を失ってしまった定信。もはや彼の暴走する正義にブレーキは効かない。次週より最終章へと突入する本作。家治と定信の直接対決は見ものだが、実際のところ、彼らが目指すところは同じなのである。

(文=苫とり子)

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