建築へ/丹下健三氏設計の横浜美術館、3月15日リニューアルオープン

□「丹下健三」作品の先進性を再認識する契機に□
建築家・丹下健三氏(1913~2005年)が国内で初めて手掛けた美術館である横浜美術館(横浜市西区)の大規模改修工事が完了し、きょうリニューアルオープンする。第8回となる現代アートの国際展「横浜トリエンナーレ」のメイン会場の一つとなり、多くの人が訪れることになる。同館の再出発に当たって掲げられたキャッチコピーは、多様性が求められる現代を踏まえた「みなとが、ひらく」。それは30年以上前の昭和末期に健三氏が追求した理念とも重なっている。
同館は横浜博覧会パビリオンとして1988年に竣工し、みなとみらい(MM)21地区開発の先鞭(せんべん)をつけた象徴的な建築物。健三氏の意思を受け継いだ丹下都市建築設計の丹下憲孝会長は、自身も若手時代に携わった経験を踏まえ、「美術館として画期的だった」と説明する。作品鑑賞だけではなく、子どもや市民向けプログラムも提供する「体験型美術館」(憲孝会長)として先進的な在り方を提案していた。
空調など設備の経年劣化やバリアフリーへの対応が課題となり、横浜市が大規模改修を計画。丹下都市建築設計が設計・監理を、清水建設・小俣組・三木組JVらが施工を手掛けた。長寿命化対策として、電気・衛生・空調などの設備更新や外壁改修とともに、エレベーター増設などを実施。耐震性向上や防火区画の明確化も図った。
機能向上も大きなテーマとなった。3階にあった美術図書室(美術情報センター)を2階に移設し、美術品・資料の収蔵庫を増設した。タブレット端末から操作して角度や色温度などを調整できるLED照明など展示環境の向上も図った。憲孝会長は「学芸員の皆さんたちと議論して、これから先を見据えて対応が可能な、より良い展示環境を作り込んだ」と振り返る。
御影石をふんだんに使った象徴的な大空間「グランドギャラリー」の天井には、開閉式ルーバーが設けられていたが、故障して稼働できなくなっていた。修理して、木漏れ日のように外光が降り注ぐ姿が復活した。
憲孝会長は「環境が一層重視される時代となり、何を残し、何を変えていくかが問われている」と指摘する。日本では、戦後の経済や文化を支えたモダニズム建築が失われつつある。MM21地区と共に発展し、次世代に継承されることになった同館は、さまざまな面で象徴的な存在になり得る。「近代建築をどう残すかは、世界的にもまだ確立されていない。日本がスタンダードを作っていくべきではないか」と問題提起する。
世界のアーティストが集う今回の横浜トリエンナーレは、日本発の建築文化を発信する機会にもなりそうだ。

□横浜美術館・蔵屋美香館長に聞く/多様性ある「ひらく」場に□
改修プロジェクトの意義を、横浜美術館の蔵屋美香館長(横浜市芸術文化振興財団理事)に聞いた。
美術館は、湿度や温度を厳密に調整しなければ作品を展示することができない。生命線である空調が耐用年限になったことが一番大きかった。エレベーター増設など見える部分の機能も高めた。
三十数年たち、大空間「グランドギャラリー」の大階段を含めた風景が文化的な財産になっている。プロジェクトチームで空間を改めて解釈し直すところから検討を始めた。グランドギャラリーの大きさに対して展示室が小さいのはなぜだろうという疑問が実は前からあった。
調べてみると、健三氏が目的を定めずに人々が行き交うグランドギャラリーを重視していたことが分かった。広場に面したアーケードスペース(ポルティコ)など内と外とを結ぶ公共空間もとても大事にしている。展示を見るといったんホワイエに出て、別の展示室に入っていく。観覧者が受動的ではなく自由に考えて順路を巡るという発想だ。
美術館建築は「金沢21世紀美術館」(金沢市)の登場で大きく変わった。街に対して開かれ、展覧会を見に来た人以外も楽しむ場になった。まさに当館のプランと同じ。一見するとこわもての建物だが、実は21世紀の美術館建築を先取りしていたことがよく分かる。
誰でも入れる無料スペースを「じゆうエリア」と名付けて、自由な場であることをより明確化した。お客さんと一緒に美術館が開いていくという思いを込めて、キャッチコピーは「みなとが、ひらく」とした。かつての美術館はアートを学び親しむことを目的にしていた。今は多様な人がアートに触れて人生を豊かにするという大きなゴールに変わっている。
休館期間に当館の売りとなる作品を議論した。一つに決められなかったのだが、「丹下建築を作品ナンバー001にしたい」という意見があり、なるほどと思った。建物も作品だと伝えることで、空間を読むリテラシーが高まる。今後は丹下建築ツアーももっと実施したい。
美術館の時間軸はとても長い。建物が潜在的に持っている面を考えながらアップデートすることが重要で、建築家と一緒に取り組むことで互いに学びがある。
空間構築やグランドギャラリーの家具やサインは建築家の乾久美子氏、アートディレクターの菊地敦己氏と計画している。トリエンナーレ閉幕後に改めて準備し、来年2月に新しい姿で全館が始動する。今までの思い込みから脱することが、時代に即した美術館を育てていく鍵だと思う。ここにしかない価値を大事にしていきたい。

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