FAST入門からFAST計画策定まで<vol.1>【FAST特集】 / Screens

今回機会を頂いて我が国の次世代のストリーミング事業に関心をお持ちの方々に向けて米国のFASTをテーマに記事を数回に亘り寄稿させて頂きます。誤解が少なくないFASTをより正しくご理解頂くことが目的です。FASTという言葉を知ったのは2019年にバイアコムがCBSに買収された折の事業性分析をしたことが切掛けで、約5年関わってきております。FAST入門から初めてのシステム導入のポイント、ビジネスモデルとしての優れた点、課題など広くFASTに関してのバランスの良いご説明をしたく思います。

■第一回 FAST入門 初級編

FASTは分かり難いと聞きます。私も当初はストリーミングサービスの新しいモデルの一つとだけ捉えていました。大間違えでした。それでは2024年においても急激に拡大しているFASTの1面だけを見ており、これではどうやって米国だけでたった5年間でHuluクラスの映像配信事業者が30以上誕生したのか、なぜ世界中でこれだけ注目をされるのか、チャンネルが3000以上に急速に増加するのかの全容を理解することは不可能でした。

そこで数年間FASTに関しての執筆・講演、ITコンサルティング、大手FASTとの交渉などを通じて再統合した理解をいくつかの側面から述べさせて頂くことで、正確性を期することができると考え、まず「今日のFASTとは」からお伝えさせていただこうと考えます。

(1)FASTとは

①サービスとしてのFAST

FASTはまず新しいストリーミング配信サービスの分類名です。

出所:筆者作成

主要サービス(通常FASTプラットホームとも呼びます)には、月間ユニークユーザー数が7000万人を越えているRoku Channel(以降Roku),Pluto TV(以降Pluto),tubiがあります。また急速にユーザー数を伸ばしているAmazon Freevee, Plex TV, Samsung TV, LG Channels, Vizio free, VIXなども話題になります。もうひとつあげるとしたらコムキャスト社が各サービスのいいとこ取りで2021年に新たに開始したPeacockも注目すべきサービスです。その他も数多くあり、筆者が個別名で挙げられるサービスは30を超えます。

FAST事業者を分類するとしたらまず、Pluto, tubiなどのテレビ・メディア系があります。コンテンツを保有しているという点で配信コストが有利な点、メディアプロモーションが圧倒的に有利な点、HVOD(Hybrid Video On Demand)として有料サービスと無料リニアチャンネルと相乗できる点などがあります。人気の高いFASTサービスの大半はこの分類になります。

次に、RokuやLG ChannelsなどのCTV、ドングルなどのハードデバイス系があります。これは4K/8Kコンテンツが少なかった頃から自社のCTVの機能を存分に見てもらおうという目的もあり、また自社の業界ネットワークを活かして主に4Kチャンネル数を増やしています。

IT企業系の大きな存在はAmazonのFreevee、Prime video channelsでしょう。SVODのPrime videoと連携してFAST,TVODサービスを備えつつあるHVODの代表例です。ファイル交換クラウドサービスから拡大していったPlexもあります。その他、ローカルニュース専門サービスやスポーツ専門サービスが挙げられます。連載の後半で主要サービスの特長の紹介をしたいと思います。

出所:筆者作成

FASTはコンサルティング会社TV-REVの共同創業者であるアラン・ウオルク氏が2019年1月に(Free Ad-supported Streaming TV)の頭文字をとって命名した新語です。字の通り無料広告型のストリーミング配信サービスです。2018年当時彼はOTTと呼ばれていたストリーミングサービスの中で、TubiやPlutoの伸びがすごい(growing fast)と言っていました。コンテンツの選択に関しては100以上チャンネルがあり、従来のケーブルの有料チャンネルサービスのように気軽に使え、気に入った数百のチャンネルに無料でアクセス出来る、そのようなアプリが2015年頃からどんどん登場していました。そして2017年からユーザーが急増に始めました。このようなSVODやAVODを超えたサービスやしくみ、トレンドを形容するために簡単明瞭な“FAST”の4文字を名付けたセンスは映像業界の知識層や多数のファンドに支持され、またたく間に浸透したというのが実感です。筆者はアランが後から当て字をしたのだと思っていますが、重要なのはFASTのTのテレビという点です。VODはビデオの配信方式ですが、彼はこの変化がテレビの変化であると鋭く捉えていました。

配信するコンテンツは主にクラシカルなテレビ番組をキュレーションした番組表通りにリニア型で配信するものでした。今でもPlutoはその点に拘っていますが、他のサービスにおいては、それは2018年辺りの懐かしいFASTの残像です。例えばTubiやPeacockでは2024年の現在、実際には利用時間の5割以上が映画のVODになっています。またオリジナルドラマシリーズ配信も増加しています。さらにリニアとほぼ同時にNFL等のスポーツもケーブルの放送よりもリッチ化されて多点カメラや4Kで配信しています。音楽ライブやニュースもリニアとほぼ同時配信するものも増えています。ニュースは位置情報を読み取り、差し替えて配信されています。いわばPVOD(有料で課金できる最新の映画など)を除きストリーミングで配信できるあらゆるものを扱うようになってきています。

短期間で30を超える映像配信サービスが出来た理由はFASTのビジネスの特長にあります。まず初期投資が極めて低いことです。ハードウェア投資無に、巷にあるクラウドサービスを利用すれば配信が可能になります。さらにコンテンツ保有者はリスク無に保有するコンテンツで収益をあげられるビジネスモデルが出来て来ていることも大きいです。

これは何を意味しているのかというと、SVODやAVODが主流だった映像配信分野で激烈なストリーミング事業の開発戦争がFASTが登場したことで起こっているということです。FASTの台頭により、業界全体の革新が促されていると言えます。新しい広告モデルの作成やコンテンツ検出アルゴリズムの改善など、FASTサービスは継続的に進化しており、リニアTVやその他のストリーミング サービスの適応と新たな配信への革新を推進しています。2023年頃から「FASTが将来のテレビの在り方」と言われるようになった一因はここにあります。

またFASTのF、フリーつまり無料という点もTubi, Plutoのような大御所以外過去のお話で、ROKUチャンネルなど有料オプションが増えています。話題になるPeacockは2023年にとうとう完全有料化(但し、コムキャストかチャーターのSTB利用者は基本プラン無料)にしてしまい、一部ではFASTではなくSVODに分類するようになり、筆者などには大変悩ましいことになっています。

価格だけでなく技術進歩も凄い勢いで起こっています。まず、視聴履歴で視聴者のプロファイルを分析するアドレッサブル技術とそのプロファイルに沿って広告、最近ではコンテンツの一部までも差し替えるプログラマティック技術が有名です。さらに2023年以降は生成型AIがキュレーションの半自動化、配信コンテンツと挿入広告のハレーションチェック、視聴数、視聴時間のリアルタイムの地図統計などを行えるようになってきており、急速な技術進歩が行われています。これはSTBの制約があるケーブルでは困難に思えます。

「FASTの進化は70年ぶりのテレビデバイスの高度化で実現しているエキサイティングなこと」(フリーホイール最高製品責任者 David Dworin)というコメントはそれを象徴しています。アランはFASTにこの革新の速度の速さ(FAST)が凄まじいという意味も重ね合わせていると思います。主要のFASTサービスはここ3年間、年平均成長率(CAGR)35%という驚異的な成長を続けています。

②新しい映像の配信形態、技術革新の取り組みとしてのFAST(AVODとの違い)

もうひとつ意味が重ねられているとすれば、それは「直ぐに見られる」(Watch fast)という意味があるかもしれません。専用のハードウェアや複雑なセットアップを必要とせず、CTVやスマホで簡単に視聴でき、ユーザー登録さえ不要なことです。CTVでなくても30$でRokuやAmazon Fire stick等のSTBを買えばそれだけで見られます。Plutoが2015年当初言っていたのは「クレジット番号不要、ID登録不要、100チャンネルをただ見て下さい!(Just Watch!)」と直ぐに見られることを重視していました。これは従来のテレビは無料で、面倒くさい登録作業なしに見れるものであってほしいと望む層に強く訴求しました。この様に2018年ころから伸びていたOTTサービスの総称をいくつかの意味を重ね合わせ見事にFASTと名付け、大半から支持を受けた功績は大きく、彼が登壇するセミナーでは「FASTの名づけ親」と敬称付きで紹介されます。このようにFASTとは慣れ親しんだテレビのようにボタンひとつで直ぐに番組を見ることができる技術やサービス開発の取り組みや配信形式をさすこともあるのです。

一方、今日米国ではFASTチャンネルは3000になり、Plutoでさえ370チャンネルを超えてきました。最近ではFASTでも見たい番組を直ぐに見られなくなる(FAST is no more fast)というジョークがあります。

FASTとAVODはどちらも無料広告モデルでどこが違うのかと良く聞かれます。大半のFASTサービスは無料広告モデルであり、収益の形はAVODと似ていますが、厳密には根本的に異なる要素ばかりです。配信形式や視聴形態では正反対とも言えます。

出所:筆者作成

FASTは進化するストリーミングの取組みとして、配信するものもリニアチャンネル、映画、ライブ配信などの多様性がありつつも、従来のテレビの利用法に近いものを目指していますが、AVODはサービスのライブラリーから選択して視聴するというVODのパターンに留まります。同じ無料広告モデルでもFASTはストリーミングコンテンツの中に良いタイミングでミッドロールとして一体化し、配信することでスキップは出来ない仕組みになっています。つまりFASTはAVODから進化した多様な配信形態と、より快適な視聴を実現する広告配信技術を備えています。ちなみに『FASTの広告は「気にならない」「あまり気にならない」』と答えた視聴者は約6割いたそうです。さらにFASTサービスは、ユーザーデータを収集することで、よりパーソナライズされたコンテンツを提供し、視聴者のエンゲージメントを高め、広告CPM(コストパーミル:クリックに応じた広告料)を高めることができます。

またFASTは一度選べば番組が流れ続けてくれるのでケーブルの視聴形態の良さであるリーンバック(ゆったり見る)が出来るが、AVODだとリーンフォワード(前かがみで見る)を強いられ、コンテンツを選択する行為、良いコンテンツを探さなければならないストレス(これを選択疲れと言います)が無いという点が、ケーブルや地上波に慣れた視聴者の支持を集めています。

(2)FASTの特長・・キッズチャンネルとCable2.0について

筆者が考えるFASTがAVODのYouTubeと最も異なる点は何かと申しますと、大手のFASTではキッズチャンネルに力を入れていることだと思います。そもそもPlutoが2013年にベンチャーとして資金調達に成功したのは「子供に安心してセサミストリートを見たいだけ見せられるチャンネルを作りたい。そのようなテレビがない世界がおかしい」というニーズからでした。AVODだと突然想定外の広告がはいったり、次のコンテンツをクリックしなければならないし、クリックを間違えると困ったサイトに飛んでしまったりと、欠陥が露呈し、親は絶えず操作を見てなければいけませんでした。

現在でもキッズチャンネルはFASTサービスの有力なチャンネルでRokuで27、Plutoでは26ものチャンネルがあります。そこでは番組はスケジュールで配信され、広告配信も制限を設けており、テレビを安心して子供や家族に見せられるものというケーブルテレビの良さを兼ね備えています。そのせいか、FASTのユーザー分布は若年層が圧倒的に多いのです。

ケーブルテレビの良さということではCable2.0という言葉が2023年にバズワードになりました。日本では殆ど聞かれませんが、これは安心な番組、リーンバックで選択しなくていい、多くのチャンネルがあるなどのケーブルテレビの良さをそのまま残して、ストリーミングサービスを中心に映像サービスを提供するというものです。そして実態はケーブル業界が共同で行うFASTです。もしくはFASTを加えたリニアサービス、VODサービス、ホームエレクトロニクスサービスらの融合を目指すサービスです。現時点では買収したXUMOを共通プラットホームとしています。如何に米国の方の多くがケーブルテレビに愛着があるかを窺わされます。

これまでご紹介したFASTのサービスとしての特長を列挙しますと次のようになります。

1.完全無料、又は無料プランがある/かってあった
2.使い勝手がテレビと同じ。アプリワンクリックでスケジュール配信で見られる
3.クラシカルな番組シリーズに出会える/薦められる
4.数十万本の映画のVOD
5.オリジナルドラマ、アニメシリーズ
6.リニア番組とのコラボ・相乗
7.スポーツの4K/マルチアングル ライブ配信
8.コマーシャル時間がケーブルの6割と短い
9.安心な番組とCM
10.ローカルテレビ番組、ニュース
11.SNSで拡散/年配層よりも若年層に人気
12.豊富なキッズチャンネル その他

このようにFASTは①サービスの分類名称でもあり、さらに②テレビの良さを引き出す配信形式や取組でもあります。次回は③ビジネスモデルとしてのFASTを通じて多くの特長を実現するためのシステム的なしくみをご紹介します。

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