『12日の殺人』ドミニク・モル監督 刑事の地味な日常から描き出す未解決事件【Director’s Interview Vol.391】

ポン・ジュノ監督作『殺人の追憶』(03)や、デヴィッド・フィンチャー監督作『ゾディアック』(07)など、「未解決事件」を扱った映画には傑作が多い。そしてここに、未解決事件を扱った新たなる傑作が誕生した。それが、3月15日(金)に公開されるドミニク・モル監督作『12日の殺人』だ。事件が解決しないという既成事実があるにも関わらず、何故こんなにも物語に引き込まれていくのか? 新たなる傑作を作り上げたドミニク・モル監督に話を伺った。

『12日の殺人』あらすじ

2016年の10月12日の夜、女子大学生クララが突然焼死体となって発見される。事件を担当することになったのは、昇進したばかりの刑事ヨアンとベテラン刑事のマルソー。クララの殺害が明らかに計画的な犯罪であることは判明したが、取り調べに浮上する人物たちを誰一人として容疑者と特定することができない...。事件解決への糸口が見えなくなるなか、班長に昇格したばかりのヨアンは、事件の闇へと飲み込まれてしまう。彼はまだ知らなかった。この事件が、未解決事件として自分自身を蝕んでいくことを…。

地味な日常描写に込めたもの


Q:前作『悪なき殺人』は緻密に組み立てられた謎解きの要素が強かったですが、同じミステリーでも今回は「未解決事件」。結末が最初からわかっている物語です。ご自身の中で課題はありましたか。

モル:未解決事件を描くにあたり、観客の興味とテンションを如何に失わずにいられるか、人間性や感情面のレベルもキープしつつ如何にテーマを伝えられるか。そこは大きな挑戦でした。

Q:ヨアンをはじめとする警察の捜査員たちは、悪と戦う正義の味方ではなく、生きていくために仕事をしている市井の人々として描かれます。何か意図したものがあれば教えてください。

モル:仕事に真剣に向き合いベストを尽くしている人々に興味があります。私自身も同じタイプで、映画を作るときは持てるものを全て出し尽くしたい。現場で「さて何を撮影しようかなぁ」なんて言っている人を見るとイライラします(笑)。

今回の原作はノンフィクションで、そこで描かれているのは警察の日常。悪党を追いかけるようなエキサイティングでヒロイックな瞬間ばかりではなく、事務作業に追われたり、不調なプリンターと格闘するといった、地味な日常がたくさん描かれていました。撮影前の1週間は、実際に警察の仕事に同行しましたが、原作本に描かれている通り地味な作業が多かった。だからこそ、日々犯罪を追っている刑事の日常はどういうものなのか?そこを描くことこそが面白いと思いました。映画を観た刑事の皆さんからは、「自分たちの仕事をここまで描写してくれたのは初めて」と言ってもらえました。

『12日の殺人』© 2022 - Haut et Court - Versus Production - Auvergne-Rhône-Alpes Cinéma

Q:今話していただいた通り、パソコンでの調書の作成、聞き込みへの道中、食事や就寝、テレビ鑑賞、そしてトイレの話題までと、地味な日常描写が積み重ねられます。それでも飽きることはなく、むしろ映画に引き込まれていく。これらにはどのような効果があったのでしょうか。

モル:そういった描写があることにより、キャラクターに繋がりや共感を持てるのかもしれません。暴力的で残酷な犯罪と対峙している刑事も皆人間、ずっと張り詰めることは出来ない。軽口を叩いたり、日常生活の話をすることも必要なんです。シリアスに仕事をしているシーンと面白い対比が出来たと思います。

映画作りは全てが重要


Q:ヨアンは独身のようですが、設定に意図したものがあれば教えてください。

モル:ヨアンが独身なのは、自らがそのように選択したという設定です。職種上、家庭と仕事の両立は出来ないと彼は考えている。家族と一緒に行動したくても、事件が起こるとそっちを優先しなくてはならない。実際に離婚率も高いそうです。相棒のマルソーはその例となっていて、彼は離婚の危機を迎えています。ヨアンは自分の仕事に全てを懸けたいと考えていて、家族関係を築くことに費やす時間やエネルギーは無いと思っているのです。

Q:食堂でヨアンとクララの友人ナニーが話すシーンが素晴らしかったです、会話の内容はもちろんのこと、二人それぞれのショットでカット割が構成され、最後のカットで初めて二人が向き合う“引き”のショットになる。編集も冴え渡っていました。

モル:そこは大好きなシーンなので、言及してもらえて嬉しいです。あのシーンは実は違う場所で撮影する予定でした。ナニーのバイト先であるパン工場を出たところで撮影しようと思っていたのですが、カメラマンと撮影について話していた時に、突然「ここじゃない」と感じたんです。工場の従業員が行き交うような多くのノイズが聞こえる場所で、重要な会話をするのは違うのではないかと。それで、以前ロケハンで見つけていた食堂に撮影場所を変更しました。パースの感じが良かったし、テーブルもたくさん並んでいて、カメラが引いたときもインパクトのある画が撮れる。そして最も大事だったのは、あの大きな空間の中では彼らがすごく小さな存在に見えることでした。まるで彼らが迷子になっているかのように見えて、広大な空間の中で自分の居場所が分からない二人のようにも見えるんです。

『12日の殺人』© 2022 - Haut et Court - Versus Production - Auvergne-Rhône-Alpes Cinéma

最近のテレビシリーズに多く見られるのですが、私は無駄にカットバックする編集が嫌いなんです。一つのカットでそれぞれの役者さんとしっかり時間を過ごすべきだし、そこから醸し出される感情をしっかりと捉えることが重要。そういった最大のアドバンテージを得られるようなリズムにそって編集しました。

Q:本作『12日の殺人』も類稀なる傑作に仕上がっていますが、その勝因はどこにあると思いますか。

モル:勝因は全てですね。映画作りは全てが重要なんです。脚本が素晴らしくても撮影や編集が良くなければダメだし、その逆も然り。キャスト・スタッフなど関わっている全ての方にベストを尽くしてもらうことも大切です。映画監督としての大事な仕事の一つは、関わっている全員のベストを引き出すこと。それが良質な映画に導いてくれる。そしてそれこそが、映画作りの醍醐味でもあるんです。

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監督/脚本:ドミニク・モル

1962 年ドイツ・ビュール出身、フランスの映画監督・脚本家。 『ハリー、見知らぬ友人』(2000)、『レミング』(2005)はカンヌ国際映画祭パルム・ドール候補に。『ハリー、見知らぬ友人』は、2001 年セザール賞で最優秀主演男優賞、最優秀監督賞、最優秀編集賞など数々の賞を受賞。2019年の第32回東京国際映画祭コンペティション部門では、最優秀女優賞と観客賞を受賞したサスペンス映画『悪なき殺人』(映画祭上映時タイトルは「動物だけが知っている」)がある。

取材・文: 香田史生

CINEMOREの編集部員兼ライター。映画のめざめは『グーニーズ』と『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』。最近のお気に入りは、黒澤明や小津安二郎など4Kデジタルリマスターのクラシック作品。

『12日の殺人』

3月15日(金)新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー

配給:STAR CHANNEL MOVIES

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