湘南の新主将キム・ミンテの覚悟。山口監督の守備理論には「衝撃を受けた」【インタビュー前編】

2023年7月に鹿島アントラーズから湘南ベルマーレに期限付き移籍すると、3バックの中央で抜群の存在感を発揮。同クラブへの完全移籍を決断し、キャプテンに就任した今季、さらなる覚悟を背負って戦う30歳が胸中を明かしてくれた。

本記事では、現在発売中の「サッカーダイジェスト24年4月号」に掲載したロングインタビュー「キム・ミンテ“熱さの根源”」の未公開エピソードを紹介する。

――◆――◆――

2月23日、湘南ベルマーレの2024年シーズンがスタートした。

ホームでの川崎フロンターレ戦。チケット完売の神奈川ダービーで腕章を巻いたのは、今季からキャプテンを務めるキム・ミンテだ。

「キャンプ中の主将就任後、公式戦までは不安やプレッシャーはありませんでしたが、いざ開幕戦に出てみると、難しさを感じましたね。本来、試合中に味方に文句を言ったりもするのですが(笑)、それをできるだけ良い言葉に変えようとしたりだとか...」

23年7月に鹿島アントラーズから期限付き移籍でチームに加わったキム・ミンテは、新天地で圧巻のパフォーマンスを披露し、今年1月に湘南への完全移籍を決断。昨季に14得点を挙げたFW大橋祐紀がサンフレッチェ広島へ、アカデミー出身のDF石原広教が浦和レッズへ旅立ったなか、頼もしいCBの残留は関係者を安堵させたはずだ。

「昨季も湘南でプレーして、素直に楽しかったし、気持ちが入ったんです。僕が来てから勝てる試合も増えて、サポーターと喜びを分かち合い、チームへの愛が深まるような感覚を味わった。完全移籍の決断は、難しくありませんでした」

【PHOTO】開幕戦から白熱の"神奈川ダービー"!先制許すも、脇坂、エリソン弾で逆転し白星発進!|J1第1節 湘南1-2川崎
プロ入り後、初めて腕章を身につけてピッチに立った川崎戦は1-2で惜敗。ただ、彼個人は昨季の後半戦と変わらず見事な出来だったと言える。

今季から4-4-2で戦うチームにおいて、キーワードは「コンパクト」だ。バランスの良さが魅力の同システムだが、距離感が開けば簡単に隙を見せてしまう。選手同士の間隔を狭めてブロックを敷き、相手の攻撃を跳ね返すには、最終ラインからの声による統率が必須だろう。

システム変更について、新主将はこう捉えている。

「僕は鹿島や名古屋(グランパス)でも4-4-2をやっていたので違和感なくやれていますが、湘南は長年3バックをやってきたので、いきなり結果が出るかと言えば、難しいですよね。

ただ、3-5-2にはすぐに戻れるはずです。これまでずっとやってきたし、メンバーもあまり変わっていないので。だから恐れることなく、定着するまでやり続ければ良いと思っています。最近、優勝するチームは4バックが多いじゃないですか。まだ優勝を語るには遠いかもしれませんが、その1歩目を踏み出したと捉えています」

キム・ミンテは期待通りの声とジェスチャーで味方へ指示を送り、堅固な守備を構築した。2失点は悔やまれるかもしれないが、ひとつは相手のシュートを褒めるべきで、もうひとつはGKからのビルドアップを引っかけられた形。我慢が必要な時間帯は凌ぎ切れていた。

本人も一定の手応えを感じているようだ。

「湘南は今、変わろうとしている。具体的には、システムと、若い選手の台頭。そういう意味では、キャンプで得た手応えを出せた試合だったかなと。相手が川崎だから課題が見えて当然の試合でしたし、開幕戦特有の雰囲気もある。難しい試合になると思っていた分、ポジティブに取れるシーンが多かったですし、今後、さらに良くなっていくはずです。そして、自分が面白いチームにしていかなければいけません」

得た手応えは、さっそく結実した。2節の京都サンガF.C.戦では2-1で今季初勝利をを挙げた。3節のアビスパ福岡戦では、昨季ホーム&アウェーともに敗北を喫した相性の悪い相手に対し、敵地で勝点1をもぎ取った。

【PHOTO】負けられない戦いを選手たちとともに戦った湘南ベルマーレサポーター

【記事】初先発の橋岡大樹、3失点に関与し屈辱の途中交代。ルートンは3点リードを守れず、ボーンマスに衝撃の逆転負け

【記事】遠藤航がプレミア公式の“週間ベスト11”に堂々選出! 選考担当の伝説FWも称賛「リバプールのキーマンだった」

昨夏に湘南へ加わり、すぐにチームスタイルへ適応したキム・ミンテ。「(北海道コンサドーレ)札幌時代にミシャさん(ペトロヴィッチ監督)に教わったおかげ」で身に付いたという技術とサッカーIQも持ち味の守備者は、山口監督のサッカーをどう捉えているのか。

「ボールを大事にしたい監督という印象です。でも、その理想を今いる選手の特長に合わせないといけないので、ビルドアップにもこだわりつつ、守備に重きを置いているのかなと。守備は自分たちから仕掛けるスタイル。ラインコントロールやコンパクトさの維持にこだわっています。智さんの戦い方はすごく自分に合っていると感じていますし、たまにくれるアドバイスはすべて身になっています」

山口監督も現役時代は守備的なポジションで戦う機会が多かっただけに、やはり守備へのこだわりは独特なようだ。キム・ミンテは自身の考える「自分たちから仕掛ける守備」について、こう続けた。

「名古屋や鹿島でセンターバックに求められたのは、構えるプレー。相手の動きに対する“リアクション”です。でも今の湘南は、守備を“アクション”にして、相手のフォワードを“リアクション”にする狙いがある。その話を智さんとした時には、すごいなと思いましたし、ラインの細かいコントロールや駆け引きで成長できれば、たとえ身体が衰えても、どんなストライカーとも勝負できるなと感じました」

相手の動きに対する“リアクション”の守備では、加齢によるフィジカル面の衰えの影響を大きく受けてしまう。ディフェンス側が“アクション”を起こし、対峙するFWに“リアクション”を強いれば、たとえ自らの能力が劣ったとしても敵を食い止められる。

名古屋時代のマッシモ・フィッカデンティ監督や鹿島時代の岩政大樹監督ら、守備を重視する様々な指揮官のもとでプレーしてきたキム・ミンテだが、山口監督の守備理論を聞いて「衝撃を受けた」という。

以前、「センターバックとしての一番良い時期は28~33、34歳くらい」と語っていた47番だが、山口監督の考える戦い方が身に付けば、自身の選手生命が伸びるのではないか、という手応えもあるようだ。

変革の時を迎えるチームを牽引する大役を託された今季。キャリアの分岐点となり得るシーズンを戦うキム・ミンテがキャプテン就任時に発したコメントのなかで、気になるフレーズがある。「新しい景色を見に行こう」だ。

「変化をしようとしている湘南に合う言葉だと思って選びました。4バックにも挑戦しているし、若い選手が次々と台頭してくる可能性も秘めている。僕がプロ入りしてから、湘南が一桁(の順位)で終わったのは、遠藤航選手などが在籍した15年の一度だけ。まずはそこを目ざしたい。そして、それ以上の目標をみんなで成長をしながら達成できれば、そこが新しい景色ですよね。残留争いではなく、もうひとつ、ふたつ上へ。簡単ではないですけど、目ざしていきたいですし、キャプテンである僕にその責任があると思っています」

新しい景色を見るためには、険しい道のりを歩むかもしれない。ただ、どんな困難も「自分らしく」乗り越えていく。そんな覚悟が、左腕の腕章に込められている(後編に続く)。

PROFILE
キム・ミンテ/1993年11月26日生まれ、韓国出身。187cm・84kg。シンイル小―ヌンコク中―富平高―光云大(プロ以降はキャリアレコード参照)。J1通算172試合・7得点。今季でプロ10年目を迎えるCB。23年夏に鹿島から湘南へ期限付き移籍すると、3バックの中央で抜群の出来を見せてチームのJ1残留に貢献。完全移籍に移行した今季は、主将としてさらなる覚悟を背負い戦う。

取材・文●岩澤凪冴(サッカーダイジェスト編集部)

© 日本スポーツ企画出版社