「寄生虫のように居続けるつもりか」自衛隊内での嫌がらせ ハラスメント認定で国に賠償命令

会見に臨んだ渡辺さん(左)と笹本潤弁護士(3月15日 東京都内/榎園哲哉)

障害を負ったことを機に長年にわたってパワーハラスメントを受け精神的苦痛を被ったとして、元陸上自衛官の渡辺貴伺(たかし)さん(56)が国に対し2500万円の損害賠償を求めていた訴訟の判決で東京地方裁判所(池田知子裁判長)は3月14日、国に150万円の賠償金支払いを命じた。判決を受け翌15日、渡辺さんと訴訟代理人の笹本潤弁護士が記者会見を開いた。

渡辺さんは1986年3月、陸上自衛隊に入隊し同年8月から静岡県内の駐屯地で戦車教導隊の一員として勤務していた。

2008年10月、骨肉腫の手術を受け、骨盤の半分、右股関節の一部と周辺組織を切除。右足が7センチ短くなって杖(つえ)を使わなければ歩けないようになるなど大きな後遺症が残った(身体障害者等級3級)。

翌年1月に隊に復帰したが、依願退職を“強要”されるようになったという。

手術の後、隊復帰果たすも対応一変

笹本弁護士によると、渡辺さんに対し行われていたパワハラは、①5階の居室まで階段を上り下りさせた、②車(私有車)の保有を禁じた、③(上司らからの)さまざまな嫌がらせ行為――の大きく分けて三つ。

裁判所は身体が不自由な渡辺さんに対するそうした行為について、履行補助者である上司(中隊長)に過失があったと判断。「訴えていた安全配慮義務違反が認められた」(笹本弁護士)

渡辺さんはそれまで駐屯地の外に住む営外(民間住居)居住が認められていたが、復帰後、営内(自衛隊隊舎)居住するよう求められ、エレベーターが設置されていない隊舎で、5階の居室まで「最低でも1日に2回」(渡辺さん)上り下りすることを強いられた。また、それまで保有していた自家用車の使用も認められなくなり、隊舎からバス停まで杖をついて歩くことを余儀なくされた。

さらに裁判では、依願退職に追い込むためのさまざまな嫌がらせもハラスメント行為と認められた。

そのうちの一つは、体力錬成(トレーニング)の強要。また、体重の増加に対し、自己管理ができていないとの理由から、自衛官の心構えを記した自衛隊法52条の「服務の本旨」(およそ130文字)を1万字にわたるまで何度も書き続けさせられる「過度に心理的負担を与える行動」(笹本弁護士)が取られたこともあった。

「こういう体だからどこも取ってくれなかった」

隊に復帰してからおよそ1年間は、理解のある中隊長の下、体力維持のために課される体力検定(3000メートル走、腹筋、腕立て伏せ)の免除など、「恵まれていた」(渡辺さん)が、中隊長が代わり対応が一変した。

面接で「自衛隊という組織にそぐわない。“寄生虫”のように自衛隊に居続けるつもりか」などの罵倒もあったという。

一つの社会とも評されるほど、自己完結性が高い自衛隊には、さまざまな職種がある。第一線の自衛官としての活動ではない、座ったままでも行える後方職種に配置換えを求められる、あるいは自ら求めることはなかったのか。筆者の問いに渡辺さんは、「こういう(障害のある)体だから、(他の部隊・部署の)どこも取ってくれなかった」と振り返った。

「先輩、仲間から『やめるな!』の後押し」

渡辺さんは陰湿とも言えるパワハラを受けていたが、「私はメンタルが強いほう。死のうと思うことはなかった」と語る。中隊長が“求める”通り、依願退職を決め、伝えたこともあったが、次の仕事が見つからなかった。

「やめるな!」という隊の先輩、仲間らの声援も後押しもあり、34年間にわたった自衛隊での職務を“完遂”し、2020年5月に定年退職した渡辺さん。

判決では「障害を抱えていながら、長期間にわたり、日常的に5階までの階段の昇降を余儀なくされ、また、私有車の保有及び使用が認められず、車両での移動ができないことにより、心身の健康を損ないかねない肉体的・精神的負担を強いられたほか、必要かつ相当な域を超えた服務指導により過度の心身の負担と精神的苦痛を受けたことが認められる」と、訴えがほぼ全面的に認定された。

判決について、渡辺さんは「(裁判長に)気持ちをくんでいただいた。満足のいく判決」と述べた上で、「ごく限られた方が良くない思いを持ち、よくない行為をする。改善してほしい。(今回の判決で自衛隊が)良い方向に進んでほしい」と静かに力強く申し送った。

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