“アラサー主人公”はいつから増えた? 『怪獣8号』『無職転生』『ザ・ファブル』への期待

大人の心をとらえる主人公が活躍するアニメが続々登場。怪獣専門の清掃会社で働く32歳の男が、憧れだった怪獣を相手に戦う組織に入ろうとあがく『怪獣8号』や、殺し屋としての正体を隠し、1年間一般人として暮らす『ザ・ファブル』など、少年少女を主人公に同世代のファンを狙う作品とは違った傾向のアニメが4月からスタートする。そんな主人公たちの活躍は、世知辛い世の中を生きる大人たちに束の間の息抜きを与えてくれる。

●『怪獣8号』
松本直也の漫画『怪獣8号』に登場する32歳の日比野カフカは、怪獣を専門に掃除する会社で働いていていたが、未だ心残りなことがあった。幼なじみの亜白ミナといっしょに見た怪獣を相手に戦う日本防衛隊の隊員となる夢を、ミナだけが叶え、なおかつ高い戦闘力を見せて、第3部隊の隊長に上り詰めた。カフカはといえば、日本中から活躍ぶりを讃えられるミナを遠くに見ながら、防衛隊員が倒した怪獣の後始末に専心する日々だった。それもそれで大切な仕事だが、カフカは満足していなかった。

自分も防衛隊員になりたいと試験を受け続け、そしてはじかれ続けてもう後がなくなっても、虎視眈々とチャンスを狙っていた。32歳といえば普通の企業では役職者の手前あたりで、その企業でいっそうの活躍を期待されている年齢だ。それは同時に、まったく経験のない分野に挑戦することが難しくなっている年齢でもある。それでも夢を諦めないカフカの心情が、同じ世代で現状に満足していない人たちの心をとらえ、『怪獣8号』という作品に目を向けさせた。

4月13日からテレビ東京系でスタートするTVアニメ『怪獣8号』も、そのストーリー性と大ヒット中の『劇場版ハイキュー!! ゴミ捨て場の決戦』を手がけたProduction I.G制作のクオリティで、春アニメでも屈指の人気ぶりを見せそうだ。

カフカが本人の努力だけで壁を突破するのではなく、怪獣8号との望まない融合によって強大な力を得て、憧れだった防衛隊員に近づくルートに乗ったことを幸運すぎると感じて、自分のことのように受け止められない人もいるだろう。もっとも、カフカは自分を失いそうになる恐怖を克服し、展開が進んで行くにつれてより強大になっていく敵にも勇敢に立ち向かっていく。

チャンスがあるなら逃さずに掴み、その先で努力することで本当の願いに近づいていく生き様に触れれば、年齢など関係なく挑戦したいと思えるだろう。漫画からアニメとなって『怪獣8号』と日比野カフカの生き様に触れる人が増えた先で、挑戦マインドが湧き上がるかに注目だ。

●『ザ・ファブル』

殺しも殺したり6年間で71人。天性の才能で幼少期から殺し屋として頭角を現し「ファブル」と呼ばれるようになった男が、育ての親で殺し屋組織の長から休業を命じられ、大阪に行って1年間、佐藤明という名の一般人となって誰も殺さない生活を送ることになる。南勝久の漫画『ザ・ファブル』は、命令に従って寡黙に暮らそうとする明が、日常生活の中でもところどころで現実離れした振る舞いや、殺しの天才らしい俊敏さをのぞかせるギャップに笑いつつ、時折見せる圧巻の活躍に溜飲を下げる展開で読者を楽しませている。

傍目で見ても楽しい佐藤だが、内にとてつもない才能を秘めているからこその余裕をもった振る舞いにも憧れる。自分にもきっと何かしらの才能があるはずだ、あるいはその時が来たら自分だって本性を発揮できるはずだといった願望を、満たしてくれるところも人気の背景にあるのだろう。こうした人気を受けて、岡田准一が佐藤を演じた映画が2本作られ大ヒット。岡田のアクション俳優としての凄さが評判になった。

4月6日から日本テレビ系で始まるTVアニメでは、佐藤の殺し屋としての腕前と、日常生活での滑稽ぶりがどのように表現されるかが注目ポイントだ。そのTVアニメを監督するのが『装甲騎兵ボトムズ』や『ガサラキ』といったアニメでハードな戦場を描いてきた高橋良輔だというところに、アニメファンの関心も高まっている。

危険な戦場を渡り歩いて、戦い続けながら生き延びたキリコ・キュービィーという主人公を造形し、寡黙なヒーローの姿をアニメの世界に打ち立てた高橋監督なら、明の持てる殺しの才能を抑えながら日常を生きる姿を、巧みに表現してくれるに違いない。

高橋監督は、3月8日から11日まで開かれた東京アニメアワードフェスティバル2024で、『装甲騎兵ボトムズ ザ・ラストレッドショルダー』の上映に際して登壇。そこで、作者が登場人物を通して表現している日常をどう生きるかといった考え方に「共感するところが多い」と話した。「映像になってこんなものかと思われないようなものにしたい」とアニメで原作の面白さを描ききる考えも表明。81歳にもなる超ベテラン監督を奮い立たせるだけあって、『ザ・ファブル』も全世代に響くアニメになりそうだ。

『無職転生 II ~異世界行ったら本気だす~』

年配者が活躍するとアニメといえば、異世界転生・転移ものもあてはまる。人生を送る中で行き詰まりやしがらみが出て来た生活を、変えてくれるきっかけを求めている人が少ないことが、こうしたジャンルの隆盛を後押ししているとも言える。ぶんころりの小説を原作に、1月から放送中の『佐々木とピーちゃん』は、アラフォーのおっさんが癒やしを求めて購入した文鳥が実は異世界の大賢者で、その導きもあって異世界に行って財をなしつつ、現世でも覚えた魔法の力で活躍する様が中年に夢を見させた。

理不尽な孫の手の小説を原作に、4月7日からTOKYO MXなどで第2期の放送が始まるTVアニメ『無職転生 II ~異世界行ったら本気だす~』も、引きこもりを続けた挙げ句に家を追い出された34歳のニートが、事故に遭って異世界に転生し、そこで前世の魔法の才能を伸ばし、前世の知見も活かして活躍し始める姿が、今とは違う場所に行きたいといった憧れをもたらす。

もっとも、転生してルーデウス・グレイラットという名になった主人公は、大異変の中で前世にはなかった苦難を味わうことになる。それでも頑張る姿が、観ている人を自分も頑張ろうという気にさせる。少年や少女が情熱だけを糧に冒険を繰り広げるものだったアニメが、年配者たちの願望を充足するものに変わりつつあるが、ただ溺れるのではなく、そこから次の1歩を踏み出す勇気も与えてくれている。

そんな作品たちを経ることで、日比野カフカのようなアラサーのチャレンジャーが現実に生まれ、世界を変えてくれるかもしれない。
(文=タニグチリウイチ)

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