東日本大震災で、仮設トイレが「3日以内」に避難所に行き渡った自治体は〈わずか34%〉…災害時、被災者を待ち受ける「深刻なトイレ事情」

飲み水、食べ物、ヘルメット…災害への備えは万全にしておくべきですが、「トイレ」もまた然り。災害時、「多くの地域が断水・停電している中で、飲み水よりもトイレが困った、という声が多く、問題の深刻さがうかがえる」と、防災トイレ専門家の加藤篤氏は警告します。加藤氏による著書『トイレからはじめる防災ハンドブック』(学芸出版社)より、災害時におけるトイレの問題を詳しく見ていきましょう。

避難所の「74.7%」がトイレに問題を抱えている

避難所のイメージとして、地域の小中学校を思い浮かべる人は多いのではないでしょうか。実際、公立学校の9割以上が「指定避難所」になっています。指定避難所とは、「避難した住民等を災害の危険性がなくなるまで必要な期間滞在させ、または災害により家に戻れなくなった住民等を一時的に滞在させることを目的とした施設」です。

公立学校の多くは老朽化が進んでおり、設備面に課題を抱えています。東日本大震災で避難所として利用された学校を対象に文部科学省が実施した調査では、問題となった施設・設備として最も多く挙げられたのは「トイレ」で、実に74.7%に上りました。ほかには「暖房設備」(70.3%)「給水・上水設備」(66.7%)と続きます。

被災状況は地域によって異なりますが、多くの地域が断水・停電している中で、飲み水よりもトイレが困ったという回答から、問題の深刻さがうかがえます。

指定避難所の防災力を検討する上では、「トイレ」の設備状況や災害用トイレの備えをチェックすることがとても重要です。

【図表1】避難所で問題となった施設・設備は? 参考:文部科学省「災害に強い学校施設の在り方について」
https://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/toushin/__icsFiles/afieldfile/2014/03/07/1344865_1.pdf

仮設トイレが3日以内に行きわたった自治体は「34%」

災害時にトイレを確保するための有力なメニューのひとつが、「仮設トイレ」です。東日本大震災で被災した地方自治体に「仮設トイレが避難所に行き渡るまでに要した日数」を尋ねたところ、3日以内と回答したのはわずか34%でした。1か月以上かかった自治体も14%に上り、最長では65日という回答がありました。

仮設トイレの搬送には、ほとんどの場合トラックが用いられます。したがって道路が正常に機能していることが前提になりますが、災害時には、地盤沈下や液状化、建物倒壊、ガレキなどによって道路を使えない場合があります。

さらに、広域的な災害や大規模な災害になると、その分必要とされる仮設トイレの数が多いため、供給が需要に追いつかない恐れもあります。つまり、調達がスムーズにできるかどうかは、そのときの状況次第なのです。

仮設トイレに限らず、外部から調達する物資は不確定要素に左右されやすいので、依存することは避けなければなりません。

【図表2】仮設トイレが避難所に行きわたるまでに要した日数は? 調査:名古屋大学エコトピア科学研究所 岡山朋子(2012年)
協力:NPO法人日本トイレ研究所

災害時には大小便で満杯に…深刻な「トイレ」問題

阪神・淡路大震災のとき、使えない水洗トイレが大小便や汚れた下着、ごみなどであふれました。当時の状況から「トイレパニック」という言葉が生まれたといわれています。どうしてこんなことが起きたのでしょうか。

私たちは平常時、排泄後に洗浄レバーをひねったり、洗浄ボタンを押したりして水を流します。つまり、断水していても、それに気づくのは排泄した後ですので、手遅れになることが多いのです。

地震による被災後、水や食料よりも先にトイレが必要になることは、すでに述べたとおりです。発災直後、多くの人が混乱状態の中でトイレを使用します。極度のストレス状態に陥って、下痢や嘔吐することも考えられます。

駆け込んだトイレの便器に、前の人の排泄物が残っていたとしても、お構いなしに次から次へと使用するしかなく、あっという間に大小便で満杯になります。メディア等ではほとんど取り上げられませんが、被災地のトイレ問題は深刻です。水が使えない以上、大小便を取り除くこともトイレを掃除することも容易ではありません。

【図表3】阪神・淡路大震災被災地のトイレの状況は? 写真:NPO法人日本トイレ研究所(アーカイブ災害時のトイレ事情)

トイレの我慢は「死」につながる…

「エコノミークラス症候群」という言葉を耳にしたことはないでしょうか。狭くて窮屈な場所で、長時間同じ姿勢のまま座っていることの多い被災時に、発症のリスクが高まる病気のひとつです。血行不良でふくらはぎあたりの血管に血のかたまりができ、急に足を動かした際にそれが血管を流れて肺に詰まる(肺塞栓)など、命にかかわります。この予防には、適切に水分を補給し、体を動かすことが重要だとされています。

新潟県中越地震の発生後、県内にある100床以上の病院を対象に実施された調査では、発災から14日目までの間に、車中泊者11人が、エコノミークラス症候群によるものと思われる肺塞栓症を患って入院し、うち6人は亡くなったことが分かっています。

そして、この結果を踏まえて策定された「災害時循環器疾患の予防・管理に関するガイドライン(2014年版)」では、震災後の肺塞栓症の危険因子のひとつとして「夜間排尿を避けること」が挙げられているのです。また、「循環器内科医のための災害時医療ハンドブック」も、東日本大震災における宮城県内の避難所で発症が確認された深部静脈血栓症の危険因子として、「トイレを我慢」を挙げています。

【図表4】被災時の発症リスクはどれくらい? 出典:榛沢和彦(新潟大学大学院医歯学総合研究科呼吸循環外科学分野)「災害と肺塞栓症(静脈血栓塞栓症)」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/shinzo/46/5/46_569/_pdf

スムーズな「排泄」を促すために“大切なこと”

排尿・排便をスムーズにするためには、水分と食事をしっかりと摂る必要があります。このとき気をつけなければならないのが、「口腔ケア」です。

水分摂取が不十分で口の中が乾燥してしまうと、ウイルスなどに感染しやすくなります。特に水が使えない災害時は、日頃当たり前のように行っている歯磨きやうがいなども、ないがしろになりがちです。食事の汚れが残った状態にしておくと、細菌が増え、虫歯や歯周病、さらには誤嚥性肺炎になる恐れもあります。誤嚥性肺炎とは、唾液や食べものが誤って気道に入ることにより引き起こされる疾患で、命を落とすことにもつながります。

水や歯ブラシが手に入らない場合、液体歯磨きで口をすすいだり、指に巻いたティッシュペーパーや専用のウェットティッシュで歯の汚れを拭き取ったりすることが効果的です。もし歯ブラシがあれば水に浸してからブラッシングし、歯ブラシの汚れをティッシュで拭き取りながら繰り返します。最後は、少量の水で2〜3回に分けて口の中をすすいでください。

口腔ケアができていなければ健康的に食べることができませんし、食べられなければ排泄も乱れます。口腔ケアと排泄ケアはつながっていることを認識しましょう。

【図表5】災害時の口腔ケアは? 出所:『トイレからはじめる防災ハンドブック』(学芸出版社)より抜粋

加藤 篤
NPO法人日本トイレ研究所 代表理事

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