【“マルキの闇”裁判終結へ㊥】兵庫県警機動隊員連続自殺の真相 警察組織による「パワハラ」隠ぺい たどり着いた真実と壁

2015年秋、兵庫県警機動隊、通称「マルキ」で若き警察官2人が相次いで自殺した。そのうち一人の遺族が「パワハラが原因だった」として、兵庫県に損害賠償を求めていた裁判で、兵庫県警側がパワハラを認めて謝罪することなどを条件に、3月22日に和解が成立する見込みだ。かつて「パワハラはなかった」と結論付けた兵庫県警の調査結果が、長い歳月を経て覆されることになる。自殺の真相を独自に追い続けてきた記者が、遺族の8年半におよぶ闘いを振り返る。

(全3回の第2回/取材報告:読売テレビ橋本雅之)

■乱れた文字で記された先輩隊員「A」への遺書

「あなたの思い描いた通りになってよかったですね。もうこれ以上、あなたに関わることはないですよ」

これは、2015年10月6日に神戸市須磨区にある兵庫県警機動隊の独身寮「雄飛寮」で自殺した木戸大地巡査(当時24)が、機動隊の6歳上の先輩「A隊員」宛てに残した遺書だ。

木戸巡査は自殺当日、同僚へのLINEで「(A隊員が)またブチギレ始めた」「ずっと付きまとってくる」と相談。このやり取りからおよそ3時間後、寮の部屋で首をつった。

兵庫県警の機動隊では、木戸巡査が自殺するわずか一週間前にも同じ小隊に所属する山本翔巡査(当時23)がパワハラを訴えて自殺している。約20人で構成される小隊の中で、自殺が相次ぐのは異例の事態だ。しかし、当時、兵庫県警は「いじめやパワハラはなかった」と結論づけて調査を打ち切った。

■「真実を自分の手でつかみ取り報告したい」父は息子が自殺した職場へ

2016年2月、広島に住む木戸巡査の両親が、連続自殺の現場となった機動隊の独身寮を訪れた。

父・一仁さんは「兵庫県警の調査結果には納得できない。調査結果を聞いて逆に疑念と無念さがわいてきた。直接出向いて真実を自分の手でつかみ取り、大地に報告してやりたい」と語った。

寮は機動隊本部の敷地内にあり、日々厳しい訓練が行われる職場と隊員らが生活するスペースは一体となっている。この場所には、木戸巡査が遺書で名指しした「A隊員」も勤務している。「A隊員」は木戸巡査の葬儀に参列せず、それまで遺族の前に一度も姿を見せていなかった。

■A隊員は「体調不良で休んでいる」

父・一仁さんは、息子が命を絶った部屋に花を供えた後、機動隊の幹部に「A隊員と直接会って大地との間に何があったのか聞きたい」と迫った。

しかし、機動隊の幹部は「今日は体調不良で休んでいる」と断った。

父・一仁さんが「私たちが来るのに合わせて休んだような感じがしますね」と詰め寄ると、その幹部は「それは絶対にない」と強い口調で断言した。

それ以降も木戸巡査の両親は、広島から神戸に何度も足を運び「A隊員」との面会を求め続けた。しかし、その度に「体調不良による欠席」を理由に断られた。そんな偶然があるだろうか…。そして「A隊員」は、遺族の知らぬ間に機動隊から異動となり、行方をくらました。

■"夢"の職場で選んだ「死」

私は広島市西区にある木戸大地巡査(当時24)の実家を訪ねた。

3人兄弟の二男として生まれ、幼い頃から明るく活発なスポーツマン。まっすぐで曲がったことが嫌いなところは父親ゆずりだったという。

父・一仁さんが、小学校の運動会のビデオを見せてくれた。木戸巡査は、児童会長として校旗をもって行進し、開会式では「負けても勝っても楽しい運動会!」と大きな声で宣誓。全校生徒がそれに続くと「声が小さいのでもう一回やります!」と言って、先生や保護者らを笑わせた。真面目さとユーモアを兼ね備えた木戸巡査の人柄が伝わってくる。

地元・広島の高校を卒業後、兵庫県警に入り、幼い頃からの夢を叶えた。交番勤務を経て機動隊に配属され、高い能力を買われて特殊捜査班にも抜擢されるなど、将来を期待される人材だった。

■「父さんと母さんのような夫婦に」一方「機動隊は腐りきっている」

プライベートでは結婚を控え、婚約者と暮らすための新居も決まっていた。

自殺する2週間前には、婚約者とともに広島の実家へあいさつに訪れ、その翌日から、両親と婚約者と4人で四国への温泉旅行に出かけた。その際「父さんと母さんのような夫婦になりたい」とはにかむ息子を父・一仁さんは、頼もしく思っていた。

しかし、温泉につかりながら「最近、体調が悪くておしりから出血することが多い。精神的にもつらい」と打ち明けたという。父・一仁さんが「何か悩み事でもあるのか」と聞くと、「そんなのないよ」と強がった。

また、別の日には、大声を出して泣きながら「機動隊の中は、腐りきっている。おれがこの組織を絶対に変えてやる」と訴えたこともあった。しかし、機動隊のどこが「腐りきっている」のか、警察組織の内部事情については詳しく話してくれなかったという。

■「父さん母さん 先にいくことを許してください」

木戸巡査は、A隊員への遺書のほかに、両親や婚約者に宛てた遺書を残していた。

木戸大地巡査(当時24)の遺書

「父さん母さん 先にいくことを許してください。相談できなくて申し訳ありません。原因はうつを相談できなかった自分にあります」

遺書からは、木戸巡査が精神的に追い詰められていたことがうかがえる。

父・一仁さんは「機動隊での悩みや辛さを誰にも言えなかった。それをわかってやれなかった自分がなさけない。親なのになぜ子どもの気持ちを深くわかってやれなかったのか…。大地、ごめんなって、いつも謝っているんです」と自らを責めた。

■カウンセリングの翌日に自殺

2015年9月28日に兵庫県警の機動隊員、山本翔巡査(当時23)が自殺したことを受け、機動隊では隊員らを対象としたカウンセリングが実施された。その際、木戸巡査は「自殺という手段もあるのか。機動隊から逃げられてうらやましい」と話していたという。

しかし、山本巡査の自殺直後にも関わらず、警察内部で木戸巡査のこの発言が重く受け取められることはなく、特段の対応は取られなかった。そして、このカウンセリングの翌日、木戸巡査は自ら命を絶った。

■「自殺へ追い込んだ人間がいる」

息子の死から1か月が過ぎたころ、父・一仁さんの元に機動隊の同僚を名乗る人物から電話が入った。

「警察内部に木戸巡査を自殺へ追い込んだ人間がいる」という内容だった。

しかし「組織の人間である以上、詳しいことは話せない」と言って電話は切られた。父親は、真相が知りたいと同僚たちに連絡を取ったが、誰もが「答えられない」と返答。中には、木戸巡査の父親であることを伝えると、無言で電話を切る隊員もいた。

■兵庫県警は"かん口令"

私は、当時の状況をよく知る警察内部の人間に話を聞く必要があると考え、自殺した2人が所属していた小隊のトップに取材を申し入れた。

「機動隊の中で一体何が起きていたのか」

「機動隊内でパワハラやいじめはなかったのか」

「隊長を務めていた隊で2人の若い警察官が相次いで命を絶ったことをどう受け止めているか」

いくら質問しても小隊長は「何も話すことはできない」と繰り返すばかりだった。

当時、兵庫県警では、機動隊での連続自殺について「遺族やマスコミには何も話すな」という厳しい"かん口令"が敷かれていたという。「いじめ・パワハラなし」という調査結果も、遺族に“口頭”で報告するなど、連続自殺に関する内部情報が世に出ることがないよう徹底していた様子がうかがえる。

■兵庫県警が真っ黒に塗りつぶした「真実」

2016年3月、兵庫県警は遺族の要請に応じ、内部調査の結果を書面で開示した。私は、木戸巡査の遺族から「調査結果が届いた」との一報を受け、再び広島へ向かった。

父・一仁さんが、封筒から調査結果を取り出す。2か月半かけて行われた約130人の聞き取りは、たった4枚の紙にまとめられていた。しかも、遺書で名指しされた「A隊員」を含む同僚からの聞き取り内容は、全て真っ黒に塗りつぶされている。その上で「自殺した原因を特定することはできなかった」と記されていた。

父・一仁さんは、「最後に大地を追い詰めたであろう彼の証言、一番肝心なところが全て真っ黒というのは、あまりにも遺族を馬鹿にしているとしか思えない」と憤った。その後も、遺族は兵庫県警に情報の開示を求め続けたが、手元に届くのは、黒塗りの文書ばかりだった。

■立ちはだかった組織の壁

翌2017年6月、しびれを切らした木戸巡査の父・一仁さんは、警察幹部に黒塗りの部分を開示するよう直談判するため、兵庫県警本部へ向かった。警察という大きな組織を相手に一人で立ち向かっていく父親の背中からは、警察官という仕事に誇りを抱いていた息子の名誉を何としても守りたいという強い思いが伝わってくる。

しかし、その父親を前にした兵庫県警幹部の対応は酷いものだった。これは、父・一仁さんが、録音したその時のやり取りの内容だ。

■兵庫県警幹部「我々は組織で動いている」

木戸巡査の父・一仁さん

「聞き取りをやった結果、やましいものがないのであれば、その結果を開示してください。わかりますか? この悔しさ。1週間に2人も現役の機動隊員が亡くなっているんですよ。本当に組織を改善する意思があるのであれば、情報を開示してください。お願いします、これだけです」

兵庫県警幹部①

「我々は組織で動いている。決まりで動いている。それをないがしろにしろってことですか?」

兵庫県警幹部②

「規則にのっとって動いているので、お父さんが言う通りにしたら規則を破る、犯罪を犯すしかないんです」

木戸巡査の父・一仁さん

「人間の命より規則の方が重いんですか、大切なんですか」

木戸巡査の父親の訴えに、兵庫県警の幹部は「組織上の決まりで黒塗りの部分を開示することはできない」と繰り返すばかりだった。

■「パワハラが原因で自殺」兵庫県を提訴

2か月後の2017年8月、木戸巡査の父・一仁さんは、裁判を起こすことを決断し、北海道へ向かった。警察組織でのいじめやパワハラ自殺をめぐる訴訟で、豊富な実績を持つ市川守弘弁護士に直接会って依頼するためだ。

弁護士事務所へ向かう道中、父・一仁さんが「北海道は家族旅行で大地と一緒に訪れた思い出の場所でもある」と教えてくれた。その手には大地さんの写真が握られている。「あの時の大地の笑顔が懐かしい。また見たいなぁ」優しく微笑む父親の目には涙があふれていた。

弁護士事務所で、市川弁護士と打ち合わせを行った。パワハラ自殺をめぐる民事裁判では、訴えを起こした原告側が、自殺した原因がパワハラだったことを証明する必要がある。特に警察相手の裁判では、内部調査の結果や関連資料など、重要な証拠が全て警察側にあるため、立証は困難を極める。

市川弁護士は「大地さんは、警察内部のことをまわりの人にほとんどしゃべっていなかった。当時、何があったかが手探りの状態で、難しいケースだ」としながらも、一緒に警察組織と闘うことを遺族と約束した。

■たどり着いた真実 兵庫県警の内部資料を入手

木戸巡査が自殺してから2年が経った2017年10月、遺族は「警察内部のパワハラが原因で自殺した」として、兵庫県に約8000万円の損害賠償を求める裁判を起こした。

真相を追い求める遺族に対し、黒塗りの文書を出し続けてきた兵庫県警。

双方の言い分が平行線をたどる中、私は黒塗りの奥に隠された「真実」を知りたいと取材を続けてきた。

そして、2018年春、関係者から警察の内部資料を入手した。兵庫県警が、木戸巡査の自殺について機動隊員らを対象に行った聞き取り調査をまとめたものだ。

■「パワハラ」告発も兵庫県警が隠ぺい

兵庫県警の内部調査では、「木戸巡査が遺書で名指ししたA隊員から暴力や暴行などを受けているのを見たことがあるか」との質問に対し、29人中3人が「はい」と回答。同僚らは「A隊員」が、木戸巡査を指導する際に暴言を吐いていたことや木戸巡査だけを厳しく叱責していたことなども証言していた。

さらに「木戸巡査の自殺の原因はA隊員による明らかなパワハラである」との証言もあった。

兵庫県警は、内部調査で機動隊員らが組織内のパワハラを告発していたにも関わらず、この事実を隠ぺいし「パワハラはなかった」とする調査結果をまとめたのだ。若き警察官が組織内でのパワハラに悩み苦しんだ末に命を絶った事実を、真っ黒に塗りつぶした兵庫県警の責任は重い。

私は、同僚隊員が「木戸巡査の自殺の原因」と断定した「A隊員」への接触を試みることにした。(つづく)【全3回のうちの第2回】

第3回は、木戸巡査にパワハラを行っていた「A隊員」への取材と裁判について詳しくお伝えします(3月20日を予定)。

■記者プロフィール

橋本雅之

2014年読売テレビ入社。記者として神戸支局、大阪府警、大阪地検特捜部などを担当。報道番組のフィールドキャスターを経て、現在NNNニューヨーク支局特派員。北米や中南米のほか、ウクライナとイスラエルの戦地を取材。アメリカ赴任後も遺族と連絡を取り合い「マルキの闇」の取材を継続。

■悩みを抱えている人へ

厚生労働省や自殺の防止活動に取り組む専門家などは、悩みを抱えていたら自分だけで悩みを解決しようとするのではなく、専門の相談員に話を聞いてもらうなどしてほしいと呼びかけています。

【こころの健康相談】

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/jisatsu/kokoro_dial.html

【いのちの電話】

https://www.inochinodenwa.org/

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