世界規模の“TikTok包囲網”は日本にも波及する? 米下院で規制法案可決の背景をジェイ・コウガミに聞く

米下院本会議で3月13日、ショート動画投稿アプリ・TikTokの禁止法案が可決された。親会社のバイトダンスが米国での事業を売却しない限り、全米でのアプリ配信を禁止するという内容で、翌14日にはスティーブン・ムニューシン前米財務長官が買収に意欲を示すなど、近々大きな動きがありそうだ。

テック業界に詳しいデジタル音楽ジャーナリストのジェイ・コウガミ氏も、急転直下の法案可決に驚いたという。

「TikTokを運営するバイトダンス社は中国共産党と繋がりがあり、市民のデータが中国政府に流れる危険性がある……という議論はこれまでも盛んに行われてきましたが、ここにきて一気に動いたスピード感に驚いています。2月にはバイデン大統領陣営がTikTokアカウントを開設し、米プロフットボールNFL王者決定戦・スーパーボウル関連の動画を投稿するなど、“お墨付き”が与えられたような印象すらあった。今回の法案可決はアメリカで勤務するバイトダンスの幹部も寝耳に水だったようです」

アメリカでTikTokを規制する動きが加速している背景として、登録者が1億5000万人以上と言われるなど、TikTokが同国でもっとも使われるアプリのひとつとなり、脅威のレベルが急速に上がっていることが考えられる。政治的に偏ったコンテンツによる情報操作の恐れ、また今後はユーザーのデータがAIの学習に利用され、より効果的に行動が制御されるようになっていくという懸念もある。

「現状でデータが不正に利用されているという明確な証拠があったり、安全保障の面で実害が出ていたり、ということではなく、想定されるリスクが大きすぎるということです。もっとも、TikTokは事業者にとってはプロモーションの有効なツールであり、動画でマネタイズしているインフルエンサーやクリエイターも多いので、ユーザーとのハレーションはこれから起きていきそうです。また、法案が通ったら具体的にどうなるのか、ということもまだ不透明で、バイトダンス側が『アメリカでの事業を売却せよ』という話にすんなり応じるとも考えづらい。しかしそのなかでも、TikTokが安全だということが証明されない限り、世界各国で規制の方向はさらに強まっていくと考えられます」

EUの政策執行機関・欧州委員会は2月23日、全職員に対して、業務に使用する端末からTikTokをアンインストールするよう求める通知を出したことが報じられている。またイタリアでは3月14日、競争監視当局が同サービスの関連企業3社に対し、未成年に有害な動画コンテンツに対して拡散を防ぐ措置を取らなかったとして、1000万ユーロの罰金を科した。世界規模で“TikTok包囲網”が広がっているように見える状況で、日本の動きはどうなるのか。

TikTokは早くから日本市場を重要視してきた。中国のモバイルインターネット領域に詳しい英国人ジャーナリスト、マシュー・ブレナンは自著『なぜ、TikTokは世界一になれたのか?』(かんき出版)で、「日本で成功する中国のインターネットサービスはごくわずかで、日本の市場には(アジア展開の成否を握る)リトマス試験紙のようなところがあった」と指摘。TikTokが中国以外で最初にオフィスを構えたのは日本であり、「自意識が強く、プライバシーを大切にする/個人主義を嫌う」という傾向がある日本人に対し、オペレーションチームはグループで参加できるチャレンジや、顔をわかりづらくできるフィルターを重視するなどユーザー目線のローカライズを行い、着実に日本にサービスを浸透させてきた。若者を中心に人気が過熱する一方で、2020年7月、自民党・ルール形成戦略議員連盟により中国発のアプリに対する利用制限についての提言がまとめられて以降、安全保障上の議論は大きく進んでいない。

「日本ではTikTokに限らず、SNSで不適切な投稿をした個々のユーザーへのバッシングは盛んに行われますが、欧米のようにサービスやプロバイダーへの規制をかけるなど、構造的な問題の解決になかなか着手できていないように思います。アメリカの強い対応に追従したり、また自治体単位で規制していくことも可能性としては考えられますが、いずれにしても、個々のユーザーがリスクについて検討し、利用するサービスを選ぶ、という習慣をつけていくことが重要になっていくでしょう」(ジェイ・コウガミ氏)

TikTokが安全保障上の懸念を解消しさらに成長していくのか、各国で類似のショート動画サービスへの移行が進むのか。欧米で加速する規制の動きに注視しながら、個々のユーザーもSNSの安全な利用法について考えていきたいところだ。

(リアルサウンド編集部)

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