睡眠の質を上げるには? 理想の睡眠時間は? 睡眠研究の世界的権威、筑波大学 柳沢正史さんに聞いた

筑波大学・国際統合睡眠医科学研究機構長の柳沢正史さん(左)とハフポスト泉谷由梨子編集長(右)

平均睡眠時間は7時間22分━━。
先進国の平均である8時間28分に比べると、1時間以上も短い日本。

OECD(経済協力開発機構)の調査によると、日本人の平均睡眠時間は7時間22分で、33カ国中最も短いという結果になりました。米シンクタンクの試算では、睡眠不足による日本の経済損失は年間約15兆円にも上るといいます。

また、世界累計1000万ダウンロードを達成したスマホ向け睡眠ゲームアプリ「Pokemon Sleep(ポケモンスリープ)」。世界7カ国のユーザー10万人以上を対象とした国別平均睡眠時間のデータを公開したところ、日本は5時間52分で最下位という結果になりました。

コロナ禍を経て、心も体も健やかな状態で生きることへの関心が高まり、ライフスタイルや働き方を見直す人が増えているなか、睡眠時間はいまだ短いまま。

その理由について、筑波大学・国際統合睡眠医科学研究機構長であり、前出のアプリ「Pokemon Sleep」の監修を務める睡眠研究の世界的権威、柳沢正史さんは「日本人は睡眠を重視していない」と言います。

睡眠時間が少なく、「眠り」に無頓着な私たちが、ウェルビーイングを高めるためにはどうすればよいのか? 質のよい睡眠とは? ハフポスト泉谷由梨子編集長が柳沢さんに聞きました。

「眠り」に無頓着な日本人

筑波大学・国際統合睡眠医科学研究機構長の柳沢正史さん

泉谷編集長(以下、泉谷):最近、ウェルビーイングや健康経営をテーマに企業へ取材することが多いのですが、そのなかで従業員の食や運動の話はよく出てくるものの、睡眠にフォーカスしている会社は多くありません。

柳沢正史さん(以下、柳沢):ご存じのように日本はほかの先進国に比べると国民の睡眠時間が1時間ほど短いのですが、その理由は簡単にいうと「日本人は睡眠を重視していない」ということですね。

つまり、一日24時間の中で、まずは仕事があって、次に自分の時間も必要で…残りの時間で眠ろうとするわけです。もちろん年齢層によっても違ってはきますが、中高生くらいから多くの日本人がそういう感覚で生活しているのではないかと思います。

ただ、経済産業省の推計(資料①)によると、従業員が睡眠に問題を抱えている場合の損失コストの大きさは食や運動に比べてはるかに大きい。

だから、ウェルビーイング経営の視点からいうと、CSR(企業の社会的責任)ももちろん大切ですが、まずは直接的に企業の業績アップにつながる睡眠に取り組むべきなんです。

よく「失われた30年」と言いますが、私に言わせると寝不足のせいですよ(笑)。

資料①「睡眠問題による社員一人あたりの損失増加」

泉谷:経営視点において睡眠になかなか目が向かないのもそうですが、日本で睡眠は社会的というよりは、すごく個人的なものと考えられているように思います。

私自身はたくさん寝ないと昼間のパフォーマンスが下がってしまうのを自覚しています。かつ、子育て中で子どもを早く寝かせる、夜中頻繁に起こされる、という事情もあり、最近は22時には寝る生活をしています。

この寝方にしてから自分では体調も頭の働き具合も良くなったなと感じているのですが、どうしても、どこかで「寝てない方が偉い」という感覚が抜けきらず、「怠け者」と思われるのではと恐れて、あまり人には言わないでおこうと思っています。

柳沢:必要な睡眠時間は個人差があります。22時はもしかしたら結構レアな、ロングスリーパータイプかもしれないですけどね…(笑)。

例えばアメリカは、自分たちが寝不足だという自覚が強い国ですよね。といっても、日本に比べてよっぽど寝ていますけど。

20年以上も前からTimeやNewsweekといったメジャー誌で経営者や企業のCEOたちの「こんなに寝ています」という記事が散見されるようになりました。つまり、「しっかり睡眠をとっている」「パフォーマンスの向上につながるから、寝た方がいいよ」というメッセージを発信し続けている。

泉谷:とはいえ、「とにかく長時間寝ればいい」というものでもないですよね。「質のいい睡眠」ってどういうものなのでしょう。

柳沢:これ、よく聞かれるのですが、本当に難しくて。

まず、主観的な側面と客観的な側面があって。主観的には、当たり前ですけど、朝スッキリ目覚めて、ぐっすり眠れたと感じられるのが、いい睡眠ですね。

客観的には、量が取れているか。つまり、十分に眠れているか。その上で、「ノンレム睡眠」の中で最も深い深睡眠と、それとは別の種類の眠りである「レム睡眠」を安定して取れているのが、総合的にみて「質のいい睡眠」といえます(資料②③)。

睡眠は、「W(覚醒)」「N1、N2、N3(3段階のノンレム睡眠)」、そして「REM(レム睡眠)」の計5段階に分ける方法が国際標準として広く使われていて、これはアメリカ睡眠医学会(AASM)が定めた基準です。

眠りの質を下げる4つのNG行動

資料②「睡眠の状態は脳波(睡眠ポリグラフ)で分かる」

資料③「健常な加齢による睡眠の変化」

泉谷:「質のいい睡眠」のためには何が必要なのでしょう。

柳沢:実は、万人に共通する「睡眠の質を上げる方法」というものはなくて、基本的には減点法なんです。

睡眠の質を上げる方法は個別で違うけれど、「よい眠りのためにこれをやってはいけない」ということはいくつかあるので、それを取り除いていくという考え方です。

まずは寝室の環境について。暗くて、静かで、快適な室温に朝まで保つこと。これら3つのうちのどれか1つでも欠けると減点されます。

次に、口に入れるものとしては、就寝前のカフェインとお酒は避けること。私もそうですが、寝る前にエスプレッソをガブ飲みしても眠れるという人も結構いるんですよ。しかし、カフェインがきいている状態で眠ると明らかに睡眠の質が悪くなります。どうしても飲みたい場合は、遅くとも夜の6、7時とか早めのディナータイムくらいまで。

一方、アルコールには急性の催眠作用があるため、お酒を飲むと寝付けるんですよ。ただし、その状態での睡眠は非常に質が悪い。深い睡眠はできないし、中途覚醒してしまう。いわゆる寝酒が一番よくないです。催眠作用を期待してお酒を飲むくらいなら、処方睡眠薬を飲んだ方がいいです。

泉谷:先生が発見された「オレキシン」に基づく睡眠薬ですね。睡眠を制御する「オレキシン」の発見は「ナルコレプシー(※)」の原因究明につながっただけでなく、それをもとに世界中で不眠を改善するお薬の開発が進められました。

柳沢:オレキシン受容体拮抗薬という睡眠薬で、とても性質がいい上に、習慣性もなくお酒に比べてはるかに安全です。病院に行けば処方してもらえますので、寝酒はやめましょう。

あと、いわゆる「寝落ち」もダメです。疲れてリビングのソファでちょっと寝ちゃう、というのがよくない。眠りの質も悪いし、必ず途中で起きちゃいますよね。それはもう睡眠学的には中途覚醒なので。ちゃんとパジャマに着替えるなど、準備して寝室で寝てください。

日本の住宅のリビングダイニングは夜が明るすぎるので、ちょっと薄暗いと感じるくらいの環境にした方がいいです。もちろん昼間は明るくていいんです。むしろ、屋外の明るい光を入れた方がいい。朝の太陽の光は体内時計をリセットしてくれますから。

だけど、夜が明るい環境だと、「まだ昼ですよ」というシグナルになって、体内時計が遅れてしまう。夜でもオフィスやコンビニは明るいので、せめて帰宅後は明るすぎないムーディーなくらいの環境の方がリラックスもできますし。

最後に睡眠衛生的にとても大事なのが、どうしても眠れない時はベッドから出ること。眠くもないのにずっとベッドに入ったまま目をつむってじっとしているのが一番よくないんです。

これは心理学でいうところの条件付けで、いわゆる「パブロフの犬」と呼ばれるものですね。犬に、ベルを鳴らして美味しいものをあげる行為を繰り返すうちに、ベルが鳴るだけでよだれが出るようになる。これと同じことが人間にも起きる。ベッドは眠れない場所だと条件付けされてしまうんです。実は、多くの不眠症の患者さんが、そういう状態にあるんです。

だから、30分以上眠れない時は一旦寝室から出て、何かリラックスできるようなことをして、本当に眠くなってからベッドに入ってください。

※ナルコレプシー…夜十分な睡眠をとっていても、昼間、突然強い眠気に襲われて眠り込んでしまう睡眠障害のこと。

昼間の眠気は睡眠不足の証し?

筑波大学・国際統合睡眠医科学研究機構長の柳沢正史さん(右)とハフポスト泉谷由梨子編集長(左)

泉谷:では、リビングに移動してスマホを見たり…。

柳沢:スマホの「ブルーライトが良くない」とよく言われますが、光量の影響だけで考えると、実は明るいリビングに比べたら大したことはありません。ただし、内容によります。

例えば、ゲームやSNSなどインタラクティブな操作が必要なものは絶対やっちゃいけない。脳内にドーパミンが分泌されて、眠気が吹っ飛んでしまうんです。

逆に、リラックスできる音楽を聴くとか動画を見るとか本を読むとか、受動的なものは構わない。私の睡眠儀式は、職業柄読まなきゃいけない論文がたくさんあるので、ベッドにパソコンを持ち込んで寝る前にそれらを読むこと。つまらない論文だと、読み始めて3、4分で眠れる。それはそれでいいんですよ、その人にとっての睡眠儀式になっているのだから。

ただやはり、明るい短波長の光はよくないので、夜の時間帯にはスマホ画面も暖かい色、黄味寄りの目に優しい色にするといいです。例えば、iPhoneやMacだと「Night Shift」という機能があるので、設定をオンにしておくと、自動的に調整されます。

泉谷:なるほど、それらを意識して睡眠の質を高めればいいわけですね。

厚労省が取りまとめた「健康づくりのための睡眠ガイド2023」では、成人の睡眠時間は6時間以上が推奨されています。とはいえ、仕事上、遅い時間にSlackに連絡が入ったりして、起こされることもあり…。きちんと疲れが取れる、自分に合った理想の睡眠時間はどうすればわかるのでしょうか。

柳沢:理想的な睡眠時間とは「休日も含めて毎日同じだけの時間眠って、昼間に眠気が起きないこと」が目安になります。逆に言うと、昼間に眠いと感じる人は、睡眠時間が足りていない可能性がある。

誰にも起こされず、邪魔されず眠れる環境を4晩連続で確保して眠ってみてください。そうすると1日目は多くの人が、長時間寝ます。それは、寝溜めをしているわけではなく、溜まっていた過去の睡眠負債を返しているわけですね。4日間続けることで、それが落ち着いて、睡眠時間がほぼ一緒になってきます。それが、あなたの適正な=理想的な睡眠時間です。

このやり方が難しい人は、時間はかかりますが、もう1つ方法があります。仕事、休みに関わらず、毎日同じ時間に起きて、寝るを繰り返す。そうするとほとんどの人が寝不足を感じ始めます。そうなったら、睡眠時間を増やしていく。おすすめしているのは、昼間眠くないか、パフォーマンスが落ちてないかなど自分と相談しながら、1週間ごとに15〜30分ほど毎晩の就寝時間を早くしてみる方法。

繰り返すうちに、アラームがなくても休日も自然と同じ時間に目が覚めるようになります。時間はかかりますが、これで自分に合った必要最低限の睡眠時間がわかります。

泉谷:4日間続けて誰にも邪魔されずに睡眠をとるのは、ビジネスパーソンにはなかなか難しいですが、これならできそうですね。お話を聞けば聞くほど、睡眠とウェルビーイングは深く関わっていることを実感したので、さっそくやってみたいと思います。

柳沢正史さん

睡眠学者、筑波大学 国際統合睡眠医科学研究機構 機構長
1991年に渡米、テキサス大学サウスウェスタン医学センターとハワードヒューズ医学研究所にて、2014年まで研究室を主宰。2010年、内閣府最先端研究開発支援プログラムに採択され、筑波大学に研究室を開設した。2012年より現職。

基礎から臨床までを網羅する、睡眠医科学研究の最前線である筑波大学・国際統合睡眠医科学研究機構。上層部の5、6階は研究に用いられる約2万匹のマウスのほか、ショウジョウバエ、線虫のフロアだ

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