【昭和の春うた】イルカ「なごり雪」春の別れと “名残の雪” を綴った伊勢正三の名曲  昭和の春うたといえばイルカの歌う「なごり雪」

リレー連載【昭和・平成の春うた】vol.3
なごり雪 / イルカ
作詞:伊勢正三
作曲:伊勢正三
編曲:松任谷正隆
発売:1975年11月5日

春の別れと “名残の雪” のイメージを重ねた名曲「なごり雪」

東京でも、毎年のように3月に入ってから一度は雪が降る。だからというわけではないと思うけれど、毎年3月になるとよく耳にするのがイルカの「なごり雪」。春の別れと “名残の雪” のイメージを重ねた豊かな情感は時代を越えて愛され続けている名曲だ。

この曲がイルカのオリジナルではないことはご存じの方も多いと思うが、簡単に触れておく。「なごり雪」はかぐや姫に在籍していた伊勢正三が作詞・作曲した楽曲で、かぐや姫4枚目のアルバム『三階建の詩』(1974年)に収録されている。これまで伊勢正三は作詞をすることはあったけれど、作詞・作曲という形で楽曲をつくったのは「なごり雪」が最初だという。『三階建の詩』には、伊勢正三が作詞・作曲した楽曲としてもう1曲「22才の別れ」も収録されている。

ちなみに曲名でもある “なごり雪” と言う言葉は伊勢正三による造語で、それまでは “名残の雪” という言い方はあったが、“なこり雪” という言葉はなかったという。“名残の雪” とは、「春になっても消えない雪」と「春に降る雪」というふたつの意味を持つ言葉で、俳句の春の季語にもなっている。伊勢正三は “名残の雪” から “の” を取り、名残を “なごり” とひら仮名で表記することで、リズム感と親しみをもった言葉に換えている。

歌詞を見直すと、“春に降る雪” という意味で使われている “なごり雪” に、当初は抵抗感を覚える人もいたようだが、僕は初めて聴いた時に、さわなかなイメージ喚起力をもった言葉だなと一度で覚えてしまった。そんな言葉の力のおかげか、現在では “なごり雪” は日本気象協会によって “季節のことば36選” の3月のことばに選ばれている。

歌の魅力をより大きなものにしているイルカの歌唱スタイル

もちろん、かぐや姫の『三階建の詩』に収められた時から高い評価を受けていたというだけの曲の良さもある。しかし、本来男の立場で書かれている「なごり雪」を、女性が歌うことで性別を超越して受け入れられる曲として表現されたということも大きいのではないか。

そして、繊細な感情を込めてていねいに歌いながらも、けっして大袈裟な表現にならないイルカの歌唱のスタイルも、この歌の魅力をより大きなものにしている要因だろう。一見サラリと歌っているように聴こえるために、聴き手は難しい曲だと感じずに、歌詞の情感を素直に受け取ることができ、これなら自分でも歌えるのではないか、歌ってみたいとも感じられてくる。

だから、聴き手にとって「なごり雪」は、イルカの歌であると同時に “自分の歌” と感じられることになるんじゃないかと思う。大々的なプロモーションに頼らず口コミによって生まれたヒット曲が、時代を越えて長く愛されて行くことが多いのは、こうした “聴き手に自分の歌と感じさせる力” をもっているからなのではないだろうか。

「なごり雪」をより印象的な曲にしている理由とは?

もうひとつ、改めて「なごり雪」を聴き直して感じたのが、もしかしたら「なごり雪」はイルカのレパートリーのなかでは異色の楽曲なのかもしれないということだった。

もちろん、ここまで触れてきたようにこの曲はイルカのキャラクターととてもよくフィットしているし、その歌唱も素晴らしい。けれど、イルカ自身が書いたオリジナル曲と較べると、すこしクールなニュアンスを感じるのだ。彼女が書く曲はもっとメルヘン的イメージとフェミニンなニュアンスがあるものが多く、やっぱり女性が書いた曲という気がする。

この、イルカ自身から出てきたものと少し違う曲自体のニュアンス、そしてそんな歌に向き合うイルカの姿勢が「なごり雪」をより印象的な曲にしているのではないかと改めて思った。

カタリベ: 前田祥丈

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