柏木由紀のAKB48在籍17年を見守った茅野しのぶが語る、アイドルとしての特別さ 「靴を見ればゆきりんの意識の高さがわかる」

AKB48 柏木由紀が、3月16日に卒業コンサートを行い、4月にグループを卒業する。グループへの在籍期間は17年になり、グループ黎明期から現在までトップアイドルとして在り続けた。そんな柏木の最後の晴れ舞台を前に、オーディションから衣装スタッフとして近くで支えてきたオサレカンパニー代表 茅野しのぶにインタビュー。17年の歴史の中で柏木はグループにとってどのような存在だったのか、茅野の視点から振り返ってもらった。(編集部)

■加入当初から変わらない謙虚さ

ーー3月16日にAKB48 柏木由紀さんの卒業コンサートが開催される予定です。茅野さんは柏木さんがグループに加入した時から見ていたんですよね。

茅野しのぶ(以下、茅野):当時は私もオーディション会場にいたので、オーディションから見ていましたね。少し地味な印象でした(笑)。最初にすごいなと思ったのは、1期生・2期生のツアーに参加できないメンバーのポジションを彼女が引き受けることになったんです。その時に振りを覚えるのが早くて驚きました。ゆきりんはアイドルが好きでアイドルになったので、自分の目指すアイドル像がしっかりしていて。だからステージ一つひとつを大事にしていたし、ファンを大事にしようという気持ちを持ってステージに立っていて、そういう気持ちは当時の3期生では飛び抜けていたと思います。

ーー最初は“地味な印象だった”という柏木さんですが、そのイメージが変わったのはいつ頃ですか?

茅野:チームBの『アイドルの夜明け』公演で「口移しのチョコレート」を歌うことになった時ですかね。それまでは正統派アイドルというイメージだったんですけど、秋元(康)さんが「柏木はアイドルとして正統派だけど、どこかで自分自身の殻を破らないといけない」というような話をしていて。「口移しのチョコレート」はちょっと大人な雰囲気の楽曲だったし、他にも大人っぽい雰囲気のメンバーがいる中で、正統派アイドルというイメージのあるゆきりんがセンターで歌うことに、当時のファンもスタッフも驚いたと思います。でもあの楽曲で一皮剥けたというか、雰囲気が変わった瞬間だったなと。あの曲がなかったらもう少し早くアイドルをやめていたかもと思うくらい、彼女の表現の幅を広げてくれた楽曲だと思うし、それは本人も思っているのではないでしょうか。

ーー当時から茅野さんは「衣装スタッフ」としてだけではなく、楽屋で本人たちの相談に乗ったりと、かなり近い距離で接していたんですね。

茅野:彼女たちが話すMCの相談とかも乗っていましたね。ゆきりんの自己紹介「寝ても覚めてもゆきりんワールド! 夢中にさせちゃうぞ」も、一緒に考えました(笑)。特にチームBは劇場にいることが多かったので、一緒にいる機会が多かったと思います。

ーー当時の柏木さんはどのような存在でしたか?

茅野:ビビっていたなというイメージがありました。先輩には前田敦子、大島優子、同期には渡辺麻友がいて……っていう状況だったから、もしかしたら結構早い段階で「この人たちとは同じ土俵で戦えない」と感じていたのかもしれないですね。衣装のフィッティングでも、「先輩からどうぞどうぞ……私は最後でいいです」と後ろに下がっていた姿が印象的で、先輩のことを尊敬していたというか。ずっと「まぐれでここに入れた、本当は“神7”なんてものじゃない、ファンの皆さんのおかげで……」と謙遜していましたし。でもゆきりんって本当にずっと変わらなくて、東京ドーム公演でも、劇場公演でも、お弁当が余っていたら「これ持って帰りますねー!」って言うような、それくらい人間の根本的な部分が変わらないんですよ。それと同じように、アイドルを尊敬しているからこその謙虚さは今も変わらないような気がします。

ーーそうして、AKB48は大ヒット。柏木さんも国民的アイドルに登り詰めます。

茅野:当時のゆきりんはよく寝ていましたね(笑)。どこでも寝て、意外とたくさん食べる。当時は忙しかったと思いますが、それでもゆきりん自身は変わらなくて、よく寝て、よく食べていました。多分スイッチを切り替えられるんだと思います。ステージに立つ時はスイッチを入れて、そうでない時はマイペースに過ごすっていうのは、今も変わらないと思います。

■柏木由紀が大切にしていたファンとのコミュニケーション

ーー当時の柏木さんはメディアで「神対応」として握手会などでの様子が取り上げられることも多かったと思います。

茅野:彼女自身がアイドルのファンだったから、ファンのみなさんが言われたくないことや、言われて嬉しいことがわかるんだと思います。握手会は得意なメンバーとそうでないメンバーがいて、ゆきりんも本当は人見知りな部分はあるんですけど、それでも「アイドルに会いにいく」ことの大変さを分かっているから、自分がされて嬉しかったことをお返ししていたように感じます。ファンのみなさんがアイドルをモチベーションに毎日を頑張っていると知っているから、その気持ちに応えたいとよく言っていました。

ーー柏木さんは今もYouTubeで握手会の話を積極的にしているイメージがあります。「ファンの方にこんなことを言われてショックだった」というような内容も発信していますが、それはファンの方との信頼関係があるからというか。

茅野:もう家族みたいなものですからね。ファンの方たちはゆきりんがファンに真摯に向き合ってきたことを知っているから、ゆきりんの言葉を聞くし、ゆきりんも正直に話せるんだと思います。言い方一つで捉え方って変わってしまうので、若いメンバーが正直な気持ちを発信して、それが違う意味で拡散されてしまって余計に傷ついてしまうこともあると思うんです。だから、ゆきりんが先頭に立ってSNSやYouTubeで「握手会でこう言うことを言われると傷つくよ」ということを発信していたと思うんですけど、ゆきりんが言うと角が立たないんですよね。その言い方がすごく絶妙で上手いなと思います。それはゆきりんが何年もファンの方とコミュニケーションをとって、YouTubeではゆきりん自身もすっぴんを晒してのんびりご飯を食べたり、そういう素の部分をさらけ出しているから、ファンの方も「ベテランアイドルの発信」ではなく「ゆきりんの気持ち」として聞くことができるんだと思います。

ーー柏木さんの魅力はそういった人柄だけでなく、パフォーマンス力にもあるのではと思います。

茅野:ゆきりんの本当にすごいところは同時多発的に色々なことができるところだと思います。どんな会場でも端の席や上の方の席は見えにくかったりするじゃないですか。でもそういう席まで気を配って、上の方の席を指差したり。それはアリーナくらい大きな会場でも250人の劇場でも変わらないです。前方だけじゃなくて会場のどこにいてもゆきりんと目が合うんです。

あと、舞台から捌ける瞬間も気を抜かなくて。コンサートって、舞台から捌けたらその後に早着替えをして移動して……っていう、すごくたくさんの工程があるんですよ。だから、舞台から捌ける瞬間は次の工程のことを考えちゃう人もいるんですけど、ゆきりんはステージに立つ間はアイドルとしてずっとゆっくり客席を見渡して、そうして捌けた瞬間にすごいスピードで着替えていく。そういうステージへの意識の高さはすごいなと思います。もちろん歌もダンスも上手いんですけど、そういう細かいところの表情が印象的ですね。去年亡くなった振付師の夏まゆみさんが教えていた「かかとがつかない踊り方」をずっと実践していて、ドタバタしてなくてずっと軽やかなんです。だからゆきりんの靴はかかとが減らなくて。それをサラッとこなすから努力しているように見えないかもしれないですけど、靴を見ているとゆきりんの意識の高さはわかると思います。

ーーそんな柏木さんはAKB48に在籍17年になります。

茅野:「アイドルが好きだからずっと歌って踊っていたい」とは本人もよく言っていましたけど、まさか17年も続くとは思わなかったです(笑)。でも、周りのスタッフもメンバーも、ゆきりんの体力が続く限りはアイドルを続けてほしいと思っていたと思います。

■「カラコンウインク」衣装には卒業コンサートに向けた仕掛けも

ーー茅野さんは柏木さんの衣装をこれまでたくさん作ってきたと思うのですが、活動の後半は柏木さんとそのほかのメンバーでの年齢差も開いてきました。柏木さんの衣装を作るうえで意識していたことはありますか?

茅野:首元が詰まりすぎていると子供っぽく見えてしまうので少し開けたり、大人っぽく見えるように工夫はしていました。でもゆきりんだけじゃなくて、アイドル、特にAKB48には色々な子がいるので、ゆきりんだけ特別に大人っぽくということもなく、一人ひとりに似合うように気をつけて、でも全体で見た時にバランスがよくなるように作っていますね。

ーー新曲「カラコンウインク」は柏木さんの単独センター曲です。今回の衣装のポイントはありますか?

茅野:すべての答え合わせが卒業コンサートでできると思います。それと、ゆきりんといえばガーリッシュな雰囲気がずっと好きだったから、卒業ソングにどんな曲が来てもいいようにと思って生地だけ先に作っていたんですよ。普通の花柄じゃなくて、茎の部分を深緑色にして、大人っぽいくすんだピンクで。ピンクのリボンやフリルといった可愛らしい雰囲気をふんだんに入れた「柏木由紀」らしい衣装になったと思います。

■グループ卒業後に期待したいプロデュース能力

ーーAKB48としても、柏木さんの卒業は大きなインパクトを受けることになると思います。

茅野:そうですね。でもこの前研究生公演を見た時に、2007年くらいのAKB48の熱気があるなと思ったんですよ。メンバーもファンの皆さんもすごくアツくて、250人しかいないはずなのに800人くらいいるような(笑)。今のメンバーが「大声ダイヤモンド」を汗だくでがむしゃらに歌っている様子を見て感動しました。アイドルって、まず身近な人を感動させて「私も頑張ろう」と思わせることができるかどうがが大切だと思っていて。「この子と一緒にドームに行きたいな、一緒に夢を叶えたいな」と心から思えて、二人三脚で登り詰めたと思うんです。AKB48って信じられないことばかり起きるんですけど、それでも個性的なメンバーがアイドルになるために懸命に努力することで一気にドラマチックになると思うんです。いろんな人がいるからこそ起きるドラマの数々がAKB48の強さだと思うのですが、最近もそういった鱗片を感じることがすごく多くて、楽しいグループになっているなと思います。面白いキャラクターのメンバーが何人もいて、その子たちが気持ちを一つにしてステージに立った時のパワーは他にはないもの。だからこそ、私は一人ひとりの個性が視覚的にはっきり分かるような衣装をお届けできればいいなと思っています。

ーーいよいよグループの卒業を控える柏木さんですが、卒業後についてどういった活動を期待しますか?

茅野:三つやってほしいことがあるんですけど、一つはやっぱりソロで歌い続けてほしいなと思います。歌って踊れるし、じっくり聴かせる歌も、アイドルソングも歌えるから積極的にライブを続けてほしいです。

あとは、今までは自分のためというよりグループのために仕事をしてきた部分も多いと思うんですよ。今後は仕事だけじゃなくてプライベートも、自分自身のために色々なことに挑戦してほしいなと思います。

それと、アイドルの運営側もやってみてほしいですね。やっぱりステージに立った経験がある人にしか発することができない言葉もあったり、アイドルとして感じた苦悩や喜びはステージに立った人だからこそ分かることが出来ると思うので、彼女の17年間の経験はこれからのメンバーにとって凄く力になるし、支えになる時が来ると思うんです。これだけ長い期間、東京ドームから常設の劇場まで色々なステージから見てきたものを後輩に伝える立場になってほしいなと思います。あと、アイドルはライブが楽しくないといけないと思うのですが、ゆきりんがつくるセットリストが大好きなんですよ。劇場公演のプロデュースなどはすでにやっていて、ゆきりんのプロデュース公演はすごく楽しくて。もしゆきりんが嫌じゃなかったら、プロデュースの才能は絶対にあると思うので挑戦してみてほしいですね。

(文=佐々木翠)

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