見知らぬ土地へ向かい、その風景や出会いをレポートする。そのレポートを通じて、日常では味わえない体験をしたような楽しい気持ちになる。旅は、YouTubeで取り上げられやすいテーマのひとつだ。移動・風景・グルメ・出会いなどそれぞれの視点で切り取った旅系のYouTubeチャンネルは、多くの反響を集めている。
そのなかで、独自性のあるテーマを組み合わせて人気を集め続けているチャンネルがある。軽バンに乗りながらカップルで日本1周に挑戦している「軽バン生活」だ。チャンネル登録者数は、33.6万人（2024年3月15日現在）。旅をスタートしてから1000日以上。幅広い年代のファンが、2人の向かう先を見守り続ける。
カップル×車中泊×旅と3つの異なるジャンルを組み合わせた「軽バン生活」。その魅力はどのような部分にあるのだろうか。
・旅と日常の交差を映像と環境音で表現。叙情的に「軽バンの旅」が映し出されている
2021年にスタートした「軽バン生活」は、あかねとはやとが旅の様子を伝えるYouTubeチャンネルだ。軽バンに泊まりながら旅を続け、47都道府県を巡ることをゴールに定めている。2024年3月時点では、35の地域を訪れ、旅は佳境へ突入。最近は、旅の後に住む場所を検討する姿も動画に収められている。車内紹介の動画では、「中古車を38万円で購入して、キャンピングカーをつくりました」と解説した。
日本一周をテーマにしたカップルチャンネルは、いくつか存在する。そのなかで、「軽バン生活」の特徴的な部分は、カップルというキャラクターにあまりフォーカスしない点だ。2人のやり取りはそれほど多くない。あくまで「軽バン生活」で見える風景や感情を映像で伝えることが大きな幹となっている。そして、それは徹底されているようにも感じる。
2300万回以上再生された「【これがリアル】軽自動車に2人で暮らすと、こんな感じ。」という動画がある。タイトルを見ると、カップルでの軽バン暮らしについてトークを広げる動画にも思えるが、そのなかで2人がカメラの正面に立ち、視聴者に向けてトークをすることはない。動画は起床シーンから始まり、移動・仕事・夕食・夜の団らんへと流れていく。ハイタッチしたり、言い合いをしたり、ドラマチックなシーンも映らない。淡々とした、でも絵になるシーンが、余韻を感じられるテンポで展開する。
ドライブやご飯を食べるときの会話のシーンはあるが、それほどは多くない。ひと言・ふた言の言葉を交わすと、次のシーンへと切り替わる。会話が、日常のワンシーンとして切り取られているように感じる。
また、会話の切り取り方も技巧的だ。正面ではなくナナメや上から撮影、もしくは声だけを取り上げている。2人を映しすぎないことで、かえってリアリティーのある関係性が浮かび上がっている。そのシーンはどこか温かみがあり、じんわりと心に響いていく。
・豪雪の24時間。警報レベルの大雪で初めての車中泊。
「軽バン生活」の動画は、あえて情報を少なくしているようにも思える。サムネイルの文字はなし、BGMは最小限、テロップも少なめ。ただそのなかでも、情報の多い要素がひとつある。それは、動画で使われている音だ。軽バンのなかのマットがこすれる音、夏の蝉の鳴き声、冬の風、車の走行音、出会った人との何気ない会話……。そこでしか出会えない体験が音で描写されている。
そのクオリティーを体感できるのが、100本目の動画として投稿された「豪雪の24時間。警報レベルの大雪で初めての車中泊。」。意識して撮る必要のある雪の音が、いくつもカットインしている。サーッ……と静かに降り注ぐ音に始まり、ギュッと雪を踏みつける音、キュッキュッと雪上を移動する音など、複数の音が動画で使われている。また、グルメの音演出も特徴的だ。かき混ぜたり、揚げたり、炒めたりとクリアな音で料理のシズル感を表現。料理写真とクリアな音が合わさり、わくわく感が強く伝わるシーンになっている。
・叙情的な世界観がファンを引き込む
「軽バン生活」の動画は、見ているといつの間にか引き込まれ、自分が旅をしているような気持ちになる。それは、世代を問わない。多くの人が同じように心をつかまれている。「小さな心地よい軽バン、東京で過ごす３日間。」と題された動画では、ある心温かいコメントが寄せられた。未亡人のシニアの方からの「亡き夫と旅をした思い出を鮮明に思い出した」という感謝と応援の言葉だ。
動画を見ている人を引きつけるのではなく、その世界に招き入れる。そして、さりげないおもてなしをする。その叙情的な世界観に、多くの人は心を癒やされるのではないだろうか。全国を周ってきた「軽バン生活」。その日本一周達成の日は遠くない。ゴールを迎えた先にはどんな景色が待っているのだろうか。
（中 たんぺい）
