事業承継のカギを握る「サーチファンド」⑨成功事例から読み解く、承継前後のサーチャーの立ち振る舞い

エヌ・エス・システムが手がける食堂精算システム「食堂楽」

本連載ではこれまで8回に渡り、サーチファンドの誕生、サーチャーに求められる要素、そして承継後にまず行うべきことなどを解説してきました。今回は、サーチャーからエヌ・エス・システムの代表になった西澤泰夫氏との出会い、承継後の経営について、弊社が関わった案件を実例として紹介します。

サーチファンドを活用し事業承継を行った「エヌ・エス・システム」

エヌ・エス・システムは2006年、創業者が60歳の時に起業された会社で食堂精算システム「食堂楽」の開発・製造・サービスを行っている会社です。近年大手の衣料品メーカーで導入され話題となった無線通信タグのRFIDをいちはやく活用した精算システム(レジ)で、企業・学校・病院などの食堂やカフェに導入しています。

例えば、数千人が工場のラインに入って働くような製造会社をイメージしてみてください。製造ラインに入り、ベルトコンベアで流れてくる商品と一つずつ向き合い、自身の責任を全うされている方々は一般的なオフィスワーカーと異なり、混雑を避けて少し早く昼食休憩に入ったり、途中でコーヒーを買いに持ち場を離れたりすることはできません。休憩のベルが鳴ると同時に、何千人という人が自身の持ち場を離れ、食事をとりに社食に押し寄せます。そして、各々好きな食事をトレイに受け取り、レジに長蛇の列ができる光景は容易に想像いただけるかと思います。

エヌ・エス・システムが作るオートレジ、無人レジはRFIDを活用することで、トレイの上に乗った料理の合計金額を瞬時に読み取り、社員証、QRコード、電子マネーなどで支払うことができます。こうした製品を導入することにより、1時間という限られた昼休みの中でレジの前に並んでいる時間を最小限に抑えられ、自由な時間が増えることにより福利厚生にも寄与し、QRコードなどで支払うことで昨今注目されているキャッシュレス決済の実現も可能にしています。

エヌ・エス・システムとサーチャーとの出会い

私たちがこのエヌ・エス・システムと出会ったのは2021年の年末でした。当時Growthix Investmentは設立したばかりで、自社としては初めてのサーチファンド案件を探しているところでした。グループのM&A仲介会社からGrowthix Investmentを買い手の一社として打診されました。そして、すでにエヌ・エス・システムにはサーチャーとして社長として引継ぎたい方もいると共有を受けました。この方がいずれサーチャーとしてかかわることとなる、西澤さんです。

私が西澤さんに初めてお会いしたのは、2021年12月でした。当時西澤さんは事業会社のM&Aを担当していました。西澤さんはエヌ・エス・システムの素晴らしい商品とサービスを社内にプレゼンし買収を提案したものの、コロナ禍でリモートワークが推進される中、食堂に投資する会社は少ないとのボードメンバーの意向で買収が叶わなかったそうです。こうした背景を我々に共有頂きつつ、圧倒されるほどの熱量でエヌ・エス・システムの強みと可能性について何十枚ものプレゼン資料をもとにお話しいただいたことを今でもよく覚えています。

この時特に西澤さんが熱を入れて話していたのが、設立16年目を迎えたエヌ・エス・システムが20名程度の会社でありながら、自社でシステムエンジニアも抱え、世界でも名前の知られる優良企業(投資実行時、総勢850拠点)と直接繋がり、商品を提供していること。そして、毎日数十万人を超える社員がエヌ・エス・システムの作ったレジを通過しているという点でした。こうして数十万人の社員が利用することで毎日数十万人の「支払いデータ」がレジを通過することになります。

1カ月の就業日数が20日だと仮定すると、月に数百万食、年間数千万から数億食分のデータになります。こうしたデータが活用できれば、エヌ・エス・システムが提供できる社会的な価値は大きく飛躍するという話でした。

このように事業のコアコンピタンスを明確に理解し、訴求される西澤さんの姿と熱意に触れるにつれて、私としても一緒に投資したいという想いが日に日に強くなっていきました。

創業者の想いの承継

その後、西澤さんは投資するまでの間にエヌ・エス・システムの創業者である井川雅文前社長に何度かお会い頂き、サーチャーとして承継に対する思いも語って頂きました。

井川前社長は西澤さんに初めてお会いされた際に、アジェンダを準備されていました(下記参照)。会社の成長戦略、人材育成など創業者だった井川前社長が後継者に事業を託すにあたり重要視していた点が網羅されています。仮に皆さんが企業を譲ってほしい願うサーチャーだとしたら、アジェンダからどのような想いや感情を受け取るでしょうか。

【アジェンダ】
① 想定する成長戦略、施策
② 現在の従業員について
教育・育成体制/成長できる体制をいかに構築していくか
③ 食堂楽は顧客のコアシステムに入っているソフトウエア
永続的にサービスを提供していくための体制づくりをどのように考えているか
④ (将来的に上場した場合)上場後の成長イメージについて
一般株主からの資金調達→社会的責任が出てくる中、成長ストーリーを持つ重要性について

例えば井川前社長は(事業の成長戦略に次ぐ)アジェンダの2つ目で「従業員の教育」について聞かれています。この順番に井川前社長の従業員に対する想いと後継者にお願いしたい気持ちの強さが表れていると感じます。これについて皆さんはどのような答えを出されるでしょうか?

当時西澤さんはご自身の経験から従業員の成長と教育にコミットすることを井川前社長に約束しました。社長となった現在でもこの時に約束された「教育プログラム」を実施されています。具体的には、新入社員が入る4~7月まで、毎週1度、朝7時半~8時半の時間を用いて社長お手製の研修を行っています。

内容はメールやレポートの書き方など社会人としてまず教わる基礎的な内容から始まり、最終的には例題も用いた財務諸表の見方や財務三表の繋がりまで多岐に渡ります。西澤さんがこれまで商社を始め様々な企業で学ばれる中で培ってこられたエッセンスが凝縮されている教育プログラムです。数ある企業の中で、エヌ・エス・システムを自身のキャリアを構築する「場」として選んで頂いたのであれば、大手企業に匹敵するもしくは場合によってはそれ以上のトレーニングや経験ができるようにしたいとの西澤さんの想いが強く表れている施策だと感じています。

過去の寄稿にも書いた通り、サーチャー自身の知見や経験をフル活用して事業承継をした企業の成長にコミットすることはとても重要だと感じています。

後日談ではありますが、この時、井川前社長には別の事業会社からより高い株式譲渡価格が提示されていたそうですが、経済的なメリットではなく、西澤さんに会社を託せる安心感と期待感からサーチファンドを活用した事業承継を選んでくださったと聞きました。西澤さんが今までのご経験をフルに導入し、エヌ・エス・システムを伸ばしていくという覚悟が井川前社長の心に届いたのだと今でも感じています。

西澤さんは以前サーチファンドに関する講演会の中で「(中小企業を経営するうえで)経営学など知識で業績を伸ばすことはもちろん重要だが、そのためには本当の意味で会社の真の魂みたいなものを理解し、創業者が苦労をしてその魂を創ってこられたことを理解し、それを自分の強みや経験を活かしながら大事に伸ばしていくこと」が重要だとお話されていました。まさしくこれがサーチャーに求められるメンタルなのだと感じています。

事業承継後に行った意思決定

こうして西澤さんは井川前社長からの信頼を獲得して承継者になることが決まり、2022年2月に弊社は投資を実行しました。これは私が西澤さんに出会ってわずか4カ月後でした。

しかし、投資後すべてがスムーズだったわけではありません。特に大きな乖離があったのは組織の状態だったと振り返ります。もちろん事前情報で社員数や組織構造は理解していましたが、それぞれの社員にどの程度のモチベーションがあるのか、また各部ごとに正しい人数配置になっているのかなどという内情は会社に入るまではわからない部分です。

投資実行後は西澤社長と日々デューデリジェンスで見えていなかった差分を洗い出し、そこに対する処置を重点的に行いました。

例えば営業組織においては大きく2つの意思決定をしました。一つ目は営業組織内での指揮命令系統の変更と意識改革、そして二つ目は情報共有の徹底です。

指揮命令系統の変更では役職ごとに経営陣が求める役割を明確化しました。管理職はほかの社員と異なり、どのような責任や役割があるのかを明確化することで、個人の業績のみならずチーム全体の成果に目を向けて頂きました。

また情報共有では、個人が成果を追い求める会社方針から、より密な連携を促すことを重視する方針に転換しました。連携強化のために投資実行後2カ月以内に、顧客管理・営業支援システムのセールスフォースを導入し、営業担当が日々どの企業に商談に行っているのか、どのような提案をし、どのような反応だったかを記載いただくことをお願いしました。こうした活動報告は社長をはじめ社員が見られるようになっており、定期的にコメントしあいます。

こうした工夫で、価値のある提案はいち早く他のメンバーにも伝わる仕組みができ、より価値のあるご提案を顧客にできるようになったと感じています。

もう一つの大きな変化に、毎日同社納入のレジを通過する数十万人のデータ活用にあります。投資実行から2年経ち、当時西澤社長が話された「食のプラットフォーム」は少しずつ形になってきていると感じます。

2年前に我々が投資を実行した際、レジを売ることを主としていたエヌ・エス・システムですが、現在は顧客の意思決定をサポートするコンサルティング会社のような顔もあります。昨今多くの企業が頭を悩ませる健康経営をサポートするために、企業として社員の食事のデータを分析できるようにしたり、個人間の食事パターンを見えるようにしたりするなど、言葉通り「モノ売りからコト売り」を体現しています。

現在、業績は大きく改善し、従業員は倍近く増え、個人ごとの人件費にも還元できています。投資実行時に850拠点だった取引先は全国920拠点を超え取引企業様から好評いただいています。そしてこれからさらに多くの企業、大学、病院に導入することでより大きな価値提供ができると確信しています。

文:竹内智洋Growthix Investment代表取締役

竹内 智洋

慶應義塾大学法学部法律学科卒業後、米国ゼネラルエレクトリック(GE)に入社。ファイナンスリーダー育成プログラム(FMP)でファイナンスの実務経験を積んだ後、本社監査部に移籍。
2018年GEヘルスケアに移籍。中古医療機器事業のアジアパシフィックリーダーを務めたのち、GEヘルスケアジャパンのマーケティング部・コマーシャルオペレーション部の兼任部長に就任。
2021年にGrowthix Investmentの立ち上げに参画。
2022年9月に代表取締役に就任。

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