観音様のひとつ「馬頭観音」について

仏教には馬頭観音(ばとうかんのん)という仏様がいます。「馬」という漢字が付きますが、馬とはどのような関係があり、どのような存在なのでしょうか?今回の記事では、馬頭観音の姿やご利益、よく祀られている場所について紹介します。

馬頭観音像の特徴

仏様の中には、悟りを得た姿とされる「如来」のほか、悟りを得るべく修行中の「菩薩」や、仏教の教えに従わない人々を帰依(きえ)させるべく動いている「明王」などがいます。

狭い意味では「仏」とは悟りを得た存在なので菩薩・明王を仏と表現しないこともありますが、今回は分かりにくくなってしまうので菩薩や明王も仏様と呼んでいきます。

では、このなかで「菩薩」に分類される馬頭観音は、どのような姿の仏像として表現されることが多いのでしょうか?

馬の冠が特徴

如来は装飾品をあまり身に付けていないのに対して、菩薩は冠や瓔珞(ネックレス)を身に付けていることが多く、手には「持物(じぶつ)」と呼ばれる道具や花を持っていることもあります。

なかでも馬頭観音は、その冠に馬の頭が付いているのが特徴です。これは馬頭観音の原型とされるインドの神様・ハヤグリーヴァの名前が「馬の首を持つもの」という意味であることに由来するそうです。

また、石仏などで冠に付いた馬・持物が省略されているパターンもありますが、このような場合には両手で「馬口印(まこういん)」と呼ばれる形の印を結んでいることで馬頭観音であると分かる場合もあります。

人間と同じ一面二臂(顔が1つ、腕が2本)の姿のほか、三面六臂(顔が3つ、腕が6本)など、その姿にはいくつかのバリエーションがあります。

菩薩なのに顔が怖い!

基本的には菩薩は深い慈悲の心をもって人々を救おうとしている存在で、表情も柔らかく静かです。穏やかで優しい人を「菩薩のよう」と表現することがあるのは、このためですね。

一方、明王は仏教に帰依しない人々を強い力と意思を持って仏教に取り込もうとする存在。その表情は憤怒相(ふんぬそう)と呼ばれ、激しく怒ったような顔をしています。髪も逆立ち、仏様でありながら鬼のような恐ろしさと言っても良いでしょう。

しかし、その例外が馬頭観音です。菩薩に分類される馬頭観音ですが、その見た目は完全に明王。ときには、馬頭観音ではなく馬頭明王と呼ばれることもあるほどです。

そもそも馬頭観音が「馬が水を飲み干し草を食べつくすような勢い」で煩悩を根こそぎ断ち切る仏様であるということからも、明王に近い存在といえるのかもしれません。

どんなご利益があるの?

神様や仏様といえば、みなさんが気になるのはご利益かもしれませんね。特に、馬好きならば「馬にとって良いご利益があるの?」というのが気になるところではないでしょうか。

馬の健康・安全を願う

仏教文化が公式に日本へ伝来したのは、6世紀頃と言われています。しかし、当時は「信仰すると今生きている世界で良いことがあるよ」という個人の現世利益を理由に仏教を信仰する人は少数だったようです。また、当時は馬頭観音像を安置していた寺院も非常に少なかったのだとか。

しかし、時代が下ると仏教の教えが庶民にも広がり、また現世利益が求められるようになったのです。特に近世には庶民の中にも馬を扱う人が増える中で、馬と関係が深い仏様として馬頭観音が注目されるようになりました。

そして、江戸時代になる頃には、もともと「馬のように」煩悩を断ち尽くす存在だった馬頭観音は、「馬を守る」仏様として庶民の生活に定着。人々は、大切な馬たちの健康・安全を願って馬頭観音に手を合わせていたようです。

ペット・健足にも御利益が!?

馬頭観音への信仰が広がると、馬との関連からご利益の幅も徐々に増えていきます。例えば馬頭観音は「馬のようなスピードで願いを届ける」ことから、大願成就のご利益があるとされます。

また、馬は戦いにも用いられたことから戦勝・合格を願ったり、馬が長距離を移動できる動物であることから足腰の健康を願う場合も。さらには、動物を守護する仏様という性質から、ペットの健康・手術成功などを御利益として掲げている所もあるようです。

祀られている場所

では、馬頭観音はどのような場所に祀られたのでしょうか?最後に、現在でも馬頭観音のお姿を拝むことができる寺院や場所を紹介します。

馬頭観音を祀る寺院

まず、馬頭観音像が祀られている寺院の中で有名なところをいくつかまとめてみました。

・大安寺(奈良県奈良市)
・真言宗豊山派 普賢坊(山形県長井市)
・浅草寺 駒形堂(東京都台東区)
・日光山 輪王寺(栃木県日光市)

大安寺の馬頭観音像は「千手観音像」として国重要文化財に指定されていますが、大安寺の中では馬頭観音像として伝わっているという特殊な仏像です。冠に馬の頭は彫られておらず近世の馬頭観音像とは少し像容が異なりますが、馬頭観音の原型がうかがえる興味深い仏像です。

続いての普賢坊にも馬頭観音像がありますが、こちらの御開帳は60年に1度。昔から「出会えるチャンスは一生に一度」とも言われ、次回は2062年にお姿を見ることができるようです。震災後の平成26年には、例外的に修復を終えた姿が公開されました。

そして、有名な浅草寺の中にも馬頭観音が祀られています。こちらは敷地内にある駒形堂というお堂の中に安置され、毎月19日の縁日などに見ることができますよ。

また、日光山輪王寺の三仏堂には、日光で信仰される男体山・女峰山・太郎山という三山の神の「本地仏」に当てはまるとされる千手観音・阿弥陀如来・馬頭観音が祀られています。

馬頭観音は路傍の仏

馬頭観音は、上記のように寺院で立派な仏像として祀られる場合もあります。しかし、一方で道を歩いているとふと道端に「馬頭観音」と書かれた石碑や、その姿を掘った石仏がみられることもあります。

このような場所は、荷物を運ぶなどの仕事をしていた馬が倒れ、途中で埋葬された場所と考えられています。大切なパートナーであった馬を手厚く埋葬し、また後の馬が同じように亡くなることが無いように願って作られた素朴な馬頭観音です。

こうした石碑・石仏は路傍のほか、競馬場・畜産試験場などでも馬を弔うために建てられている場合があります。

まとめ

一見すると恐ろしい形相で近づきがたい馬頭観音様ですが、庶民からの人気が高まるとともにさまざまな願いを聞いてくれる存在となり、また立派なお堂が建てられない人々からも、生活のそばに佇む石仏として信仰された歴史があります。馬好きの皆さんも、ぜひお出かけの際には道や寺院で馬頭観音像を探してみてくださいね!

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