トニー・スコット監督作品まとめ カメラが躍動し滑空する!16本の傑作群

トニー・スコット。その名を見るだけで、無条件に体が吹き飛ばされそうになるほどの凄まじい風圧を感じる。彼の映画ではいつも人や乗り物が勢いよく疾走し、その姿を捉えるべくカメラもまた縦横無尽に滑空し続けた。80年代、90年代、そして2000年代のハリウッドで常に冒険心を忘れず、観客が客席でじっとしていられなくなるダイナミックな状況や心情を描き続けた彼。

その人生は、1944年6月21日にイギリス北東部のタイン・アンド・ウィア州にあるノース・シールズで始まる。7つ年上の兄は『エイリアン』(79)や『グラディエーター』(00)で知られるリドリー・スコット。共に芸術を志した二人は生涯通じて仲が良く、16歳だった弟を初短編『少年と自転車』(65)の主演に据えたのも、ロイヤル・カレッジ・オブ・アートを卒業した弟に「俺の製作会社を手伝ってくれ」と声をかけたのも、リドリーだった。

トニーはやがて実績を重ね、CM監督としての地位を揺るぎないものにしていく。が、時は兄リドリーをはじめ、イギリス出身のCM監督たちが次々と映画監督へ転身を遂げ始めた頃。トニーが「いつかは自分も」と熱い思いを抱き始めたのは当然だ。そして80年代に入りチャンス到来。トニーは39歳にしてついに夢にまでみた映画監督の仲間入りを果たすーー。

トレードマークは赤いキャップと葉巻。人柄は誰にでもフレンドリーでエネルギッシュ。アクション大作の名匠でありながら、「私は元画家だから」と芸術家的発想や魂を常に忘れなかった人でもある。以下、68年の生涯でトニー・スコットが映画史に刻んだ、16本の傑作群を振り返っていきたい。

映画界の手厳しい洗礼、ダイナミックな演出への転向


1.『ハンガー』(83)96分

(c)Photofest / Getty Images

長らくCM制作を続けてきたトニー・スコットに長編監督デビューのチャンスが到来。彼が選んだのは、古代から人の血をすすり生きてきたヴァンパイアたちの物語。一人の女性研究者が足を踏み入れた世界で、運命の流転が訪れるーー。主演には国際的に知られる3人の俳優、カトリーヌ・ドヌーヴ、デヴィッド・ボウイ、スーザン・サランドンを起用し、トニー自身もヘルムート・ニュートンの写真集などを参考にしながら、CMやミュージックビデオ制作などで培ったあらゆる芸術性やスタイルを駆使して臨んだ一作だったが、批評的、興行的に低迷し、デビュー作として手痛い洗礼となってしまう。改めて鑑賞してみると悪い作品ではなく、後年、再評価の声が上がったのも深くうなずける。ただ、スモークの多用や艶かしいスロー演出など、むしろ兄リドリー・スコットの作品を見ているような印象を受けるところも多く、今なおトニー作品であることが意外に思える一作である。

もっと詳しく!:『ハンガー』トニー・スコットがデビュー作で描いた芸術的なヴァンパイア・ストーリー

2.『トップガン』(86)

(C)1986 BY PARAMOUNT PICTURES CORPORATION. ALL RIGHTS RESERVED. TM,(R)&(C)2014 by Paramount Pictures. All Rights Reserved.

デビュー作の興行的失敗で失意のどん底を経験した後、思いがけず製作者のドン・シンプソン&ジェリー・ブラッカイマーから声をかけられ実現した、80年代の象徴ともいえる戦闘機アクション・ドラマ。当時、ダイナミックな「航空映画」を撮れる新たな才能を探していた二人は、トニーが手掛けた「SAAB」のCMで戦闘機と車が競争するのを目にして「彼しかいない!」と確信したと言う。撮影中のトニーは、時折アーティスティックな演出へと揺れ動くことがあり、プロデューサーとの衝突で3度にわたって降板の危機に瀕した。その壁を乗り越え、破格のボルテージとエモーションを搭載した映像を実らせていくことで、トニーはたった一作にして、ハリウッドの王道監督へと急速に大成長を遂げたのである。1,500万ドルほどの製作費ながら、全世界で3億5,700万ドルもの興収を記録。米海軍への入隊志願者が急増するほど本作の社会的影響は大きかった。

もっと詳しく!:『トップガン』ジェリー・ブラッカイマーとトニー・スコットの初タッグが生んだ地上の『スター・ウォーズ』

3.『ビバリーヒルズ・コップ2』(87)

(c)Photofest / Getty Images

80年代の顔とも言えるエディ・マーフィ主演の大ヒットシリーズ第二弾。デトロイト警察のアクセル刑事がまたもビバリーヒルズに乗り込む!1作目で交友を深めた仲間と共に、連続強盗事件に隠された悪巧みをノリ良く軽快に暴き出す。製作のシンプソン&ブラッカイマーは、『トップガン』でのトニー・スコットのエネルギッシュな仕事ぶりを見て、本作を委ねることを決めたとか。トニーにとってコメディは未知の領域で多少不安はあったものの、そこはお得意の胸のすくアクションを大量投下することでカバー。結果、エデイのしゃべくりとトニーの持ち味が相乗効果をあげ、世界中で大ヒットの娯楽作となった。アドリブ満載のエディは同じ演技の繰り返しが不可能だったため、当時としては珍しく一つのシーンを二つのカメラで「引き」と「寄り」を同時撮影している。スピード感と臨場感、役者のモチベーションを損なうことなく、全ての旨味を凝縮させたトニーの職人的な仕事ぶりに注目したい。

4.『リベンジ』(90)

主演のケヴィン・コスナーが企画に惚れ込み、一時は自分の手で監督を担うことまで真剣に考えたという作品。一説によるとコスナーは『リベンジ』でのトニー・スコットの仕事ぶりを見て、現場でのスタッフの率い方など様々な面を学び、監督デビュー作『ダンス・ウィズ・ウルヴス』に活かしたとも言われる(同年公開だが、製作は『リベンジ』の方が先)。米海軍の戦闘機乗りの主人公がメキシコの友人宅を訪れ、その妻と関係を持ったことから夫の逆鱗に触れ、どん底へと叩き落とされた後、壮絶な復讐へと手を染めていくーー。思い切りのいいバイオレンスやアクションの見せ方はトニーらしいものの、メロドラマ的展開が作品のスピード感を奪いやや間延びした印象を残す。2007年、トニーはオリジナル版から20分削ぎ落としたディレクターズ・カットを制作。やはり彼自身、当時の出来に何かしら悔いを残していたということか。

5.『デイズ・オブ・サンダー』(90)

(c)Photofest / Getty Images

『トップ・ガン』の大成功をもう一度と、続編も含めて企画の可能性を探り合っていた製作者(シンプソン&ブラッカイマー)、トム・クルーズ、そしてトニー・スコットの三者が辿り着いたのは、白熱のサーキットで命がけの戦いに挑む男たちの物語。当時、ポール・ニューマンの影響もあってカーレースに魅せられていたトム・クルーズが、本作では珍しく原案にも名を連ねた作品。「『トップガン』のカーレース版」と揶揄されるなど、批評家からの評価はあまり芳しいものではなかった。確かに内容やストーリーには重複する部分があるが、制作チームが撮影方法を巡って意見を衝突させながら結実させたレースシーンは大興奮のクオリティ。猛スピードで走行する乗り物を撮らせれば並ぶ者がいないという”トニー伝説”を、また一つ更新した重要な一作である。

ハズレなし!手堅い演出で名匠の地位を固めた90年代


6.『ラスト・ボーイスカウト』(91)

(c)2013 Warner Bros. Entertainment Inc. All rights reserved.

ブルース・ウィリス演じる主人公は、かつて大統領の暗殺を防いだ凄腕のシークレットサービスでありながら、今では落ちぶれた私立探偵に成り下がった男。だがそんな彼が、身辺警護を請け負った依頼人を殺されたのを機に、賭博疑惑で失墜した元アメフト選手と手を組み、事件の真相を暴こうと動き出すーー。飛ぶ鳥を落とす勢いのジョエル・シルバーがプロデュースを担い、主演のウィリスも言わずもがなの大人気、さらにトニー・スコットも着実に自信と実績を重ねていた頃であり、制作中は各々が意見を主張しあって衝突が絶えなかったとか。特にシルバーはどこにでも首を突っ込んですぐにわめき散らしていたと語り継がれている。高値で契約がまとまったシェーン・ブラックの脚本の良さがどこまで活かされたのかは定かではないが、様々なトラブルを抱えながらも最終的になんとか一つの形に収まり、なおかつシルバー、ウィリス、スコットらしい破天荒な面白さが存分に刻まれているのは凄いところだ。

もっと詳しく!:不遇の名作『ラスト・ボーイスカウト』当時史上最高額の脚本に反映された、シェーン・ブラックの人生の悲しみ

7.『トゥルー・ロマンス』(93)

True Romance (c) 1993 Morgan Creek Productions, Inc. Package Design (c)2014 Morgan Creek Productions, Inc. and Warner Bros. Entertainment Inc. All rights reserved.

まだ歴史に名を残していない頃のクエンティン・タランティーノが脚本を売り込み、トニー・スコットがその面白さに惚れ込んで生まれた大傑作。公開当時はヒットに恵まれなかったが、その後、カルト的な人気を博して現在に至る。サニー千葉とプレスリーをこよなく愛する主人公クレランスは、映画館のオールナイト上映で不思議な魅力を放つコールガールと運命的な出会いを果たす。すぐさま永遠の愛を誓い合った二人は、偶然にもマフィアのコカインが詰まったバッグを抱えて逃避行を始めるのだが…。魅力ほとばしるキャラクターと圧倒的なセリフの面白さ。重要人物からチョイ役まで実力派が総出演のキャストの豪華さ。そしてハイテンションのアクション&バイオレンス。まさにタランティーノとトニー・スコットの持ち味が余すところなく掛け合わされ、化学変化を遂げた一作と言えよう。ちなみに、本作に登場するヒゲ面の映画プロデューサーのモデルは、前作で組んだジョエル・シルバー。この仕打ちに、彼はしばらく口を聞いてくれなかったとか。

もっと詳しく!:『トゥルー・ロマンス』主演の二人を好きにならずにいられない!好き過ぎて結末まで変えてしまった監督トニー・スコット ※注!ネタバレ含みます。

8.『クリムゾン・タイド』(95)

(c)Photofest / Getty Images

冷戦後の政情不安定化するロシア国内で、反乱軍が基地を掌握。アメリカや日本への核攻撃も辞さない構えを見せる中、緊急出動した米原子力潜水艦アラバマでは受信中に途切れた政府からの指令内容をめぐって、艦長と副艦長が激しい対立を繰り広げ…。シンプソン&ブラッカイマー製作、トニー・スコット監督という『トップガン』チームに、本作を皮切りに5本にわたってトニー作品の主演を務めるデンゼル・ワシントンと、名優ジーン・ハックマンが加わった手に汗握る潜水艦ドラマ。実写や模型、液圧装置(激しい揺れを作り出す)などを駆使し、閉所空間の緊張感あふれる人間模様をハイ・ボルテージ&スピーディーに描きだす。まさにトニー節が冴え渡った作品。タランティーノがノークレジットで脚本参加しており、それが具体的にどの部分なのか想像しながら鑑賞するのも一つの醍醐味である。

もっと詳しく!:『クリムゾン・タイド』原子力潜水艦内部が体現するアメリカの縮図とは

9.『ザ・ファン』(96)

(c)Photofest / Getty Images

表向きは穏やかだが、ちょっと責められるとすぐにキレる。そんなナイフ製造メーカーのセールスマンが人生の崖っぷちに立ち、スランプ中の大リーグ選手へ偏った思い入れを加速させていく…。原作小説の出版から1年後には映画化されるという異例の速さで実ったこの企画。すでに次回作が決まっていたトニー・スコットがスケジュールをこじ開けてでも本作を引き受けた理由は、念願のデ・ニーロと仕事ができるのはもちろん、従来とは異なる表現演出を試してみたかったからとも言われている。トニー作品にしては珍しく銃撃やアクションがほとんどなく、登場人物の心情を軸に見応えのある人間ドラマが構築される。過去にサーキット、アメフトスタジアムなどで大観衆を描いてきた彼だけに、野球場の臨場感をまるで登場人物のようにダイナミックに映し出す手法もお手の物。トンネルをゆく車輌や列車の引き込み線など、次作『エネミー・オブ・アメリカ』に登場する描写がいくつか見られる点にも注目したい。

10.『エネミー・オブ・アメリカ』(98)

(c)Photofest / Getty Images

トニー・スコットの空中殺法、ここに極まれり。とにかく開いた口が塞がらなくなるほどカメラが飛び交い、視点が猛スピードで移動し、果てには宇宙空間にある人工衛星の動きさえダイナミックに描いてみせる。それらが如実に表現するのは、現代人が知らずのうちに絡めとられている監視システムからの”逃げ場のなさ”だ。誰がどこにいても瞬時に見つけ出すこの手段を、もしも悪人が使ったら一体何が起こりうるのか。本作は『コンドル』(75)や『カンバセーション・・・盗聴・・・』(74)のテイストを現代版へグレードアップさせ、息つく暇無くクライマックスに向けて突き進んでいく。名優ジーン・ハックマンが盗聴技術のスペシャリストとして登場するのもたまらない魅力。彼の役柄がどこか『カンバセーション』を踏襲しているように思えるところに、映画ファンの誰もがニヤリとさせられるはず。

もっと詳しく!:『エネミー・オブ・アメリカ』コッポラの名作『カンバセーション…盗聴…』との比較で見えてくるもの

冒険心と芸術魂を忘れず、巨匠の風格すら漂う最後の10年


11.『スパイ・ゲーム』(01)

(c)Photofest / Getty Images

引退まであと残り1日に迫ったCIAのミュアーの元へ、工作員ビショップが中国で幽閉されたとの情報が入る。彼は脳裏にこれまでの過去をフラッシュバックさせつつ、何とかしてビショップを窮地から救い出そうと手を尽くすのだがーー。CIAのベテランと彼がその才能を見込んで育て上げた工作員との絆を描いた迫真のスパイ・サスペンス。全体の3分の2が回想シーンという難しい構成ながら、舞台となる国によってトーンを使い分けたトニーの采配と、『リバー・ランズ・スルー・イット』(92)以来育まれてきたレッドフォードとブラッド・ピットの関係性が硬派な味わいとなって結実した秀作に仕上がった。諜報、監視などの要素は前作『エネミー・オブ・アメリカ」にも相通じるものだが、ストーリーや人間模様の語り口、映像の質感はガラリと異なる。同じことの繰り返しを嫌うトニーならではのこだわりを感じさせる作品だ。ちなみにトニーは98年ごろ、ジョン・ル・カレ原作の「パナマの仕立て屋」の映画化に向けて現地リサーチを行ったと言われる。予算の都合で降板したものの、結果的に選ばれた本作がなおも”スパイ”を描いた映画だったのは非常に興味深いところ。

もっと詳しく!:『スパイ・ゲーム』わずかなヘリ撮影シーンに垣間見るトニー・スコットの意匠

12.『マイ・ボディガード』(04)

(c)Photofest / Getty Images

男たちの孤高の戦いを描き続けたトニーにとって、まさに金字塔とも呼ぶべき一作。彼が最初にA・J・クィネルの原作小説「燃える男」に興味を持ったのは20年以上も前のこと。2000年代に入ってようやくすべての条件、要素、タイミングが整いゴーサインが出されることに。舞台は原作のイタリアからメキシコへと変わり、国家のため血塗られた仕事を請け負い続けてきた男が、孤独な少女のボディガードとして少しずつ人間性を回復させていく物語が展開する。トニーはスタッフと共に現地で入念なリサーチを行い、脚本上のあらゆるキャラクターに実在の人物のディテールを当て嵌めることで、単なるフィクションを超えた、湧き立つようなリアリティ、むせ返るほどの臨場感を醸成した。さらにアーティスティックな撮影手法、編集技法を駆使して、主人公のすさんだ主観を独特のスタイルで表現しているのにも注目したい。二度目の起用となるワシントンと、フレッシュながら大人顔負けの存在感を見せるファニングの共演も涙無くして見られない。超必見の傑作である。

もっと詳しく!:『マイ・ボディガード』主人公の壮絶な生き様、名匠の多彩な演出を通じてラブストーリーと復讐劇を両立させた傑作

13.『ドミノ』(05)

(c)Photofest / Getty Images

イギリスの新聞”The Mail on Sunday”の記事をきっかけに、トニーは実在の“ドミノ・ハーヴェイ”について興味を抱く。映画俳優の父を持ちモデル業を経てやがて賞金稼ぎへと転身したドミノ。トニーは彼女に直接会って会話を重ね、やがてその生き様を題材に大胆不敵な映画へと発展させた。ドミノをはじめ荒くれ者たちのぶっ飛んだ精神状態を投影するかのように、トニーはCMなどで培った過剰ともいえる映像演出を大量投入。DJプレイのようにセリフを繰り返し、映像もコマ送りと急停止、さらには実験的なまでに強烈な色味を抽出して、スピード感あふれる中でのアーティスティックな新挑戦を企てた。メジャースタジオの出資があれば絶対不可能な、トニーの芸術魂を自由に解き放った作品だ。ちなみに公開直前、実在のドミノは若くして死去。本作は彼女に捧げられている。

14.『デジャヴ』(06)

(c)Photofest / Getty Images

ニューオリンズで大勢の乗客を乗せたフェリーが爆破される凄惨なテロ事件が発生。明晰な頭脳を買われて特別捜査班に加わったダグは、政府が極秘開発中の新システムの存在を知り、それを駆使して真相を突き止めようとするのだが…。ブラッカイマー、デンセル、そしてトニーという気心しれた三者が集結したスピード感あふれる骨太サスペンス・アクションであり、中盤からは『エネミー・オブ・アメリカ』の監視システムのさらに一つ先をゆくSF要素が鮮やかに炸裂する。常に地に足のついたリアル路線を辿ってきたトニー・スコットの”新たな一手”に、ファンの誰もが仰天した作品である。巨大ハリケーン“カトリーナ”がもたらした生々しい爪痕が刻まれているのも特徴で、被災した人々の心を奮い立たせるようなラストのクレジットが胸を打つ。ブラッカイマーと6作目にして最後の共闘となった作品。

15.『サブウェイ123 激突』(09)

(c)Photofest / Getty Images

ニューヨークで武装した男たちが地下鉄「ペラム123号」を占拠。乗客の命と引き換えに1,000万ドルを要求する謎めいた犯行グループに対し、一介の地下鉄職員に過ぎない主人公ガーバー(デンゼル・ワシントン)が無線での交渉として指名され、事件解決に向け奔走する。70年代に大ヒットした『サブウェイ・パニック』(74)に着想を得ながらも設定や印象をガラリと変え、トニー組ならではの徹底したリサーチで、金融市場の動向も盛り込んだパワフルなサスペンスアクションに仕上がった。地下では列車をめぐる膠着状態が続き、地上では現金輸送の警察車輌が笑ってしまうほどのテンションで激走。その合間を縫うように、無線を通じた主人公VS犯人(ジョン・トラヴォルタ)の、硬派な演技バトルが重ねられていく筋書きも見応えたっぷり。

16.『アンストッパブル』(10)

(c)Photofest / Getty Images

大量の化学薬品を積んだ貨物車が制御不能の暴走を開始。このままでは行き着く先の住宅密集地で大爆発を起こしかねない。最悪の事態を回避すべく、近くに居合わせた年齢も性格も全く異なる二人の鉄道員が駆けつけ、命がけで暴走を止めようとするのだがーー。生涯にわたって多種多様なヴィークル・アクションを創出してきたトニー・スコットの最期の作品は、前作に続き「列車の暴走」にこだわり抜いた一作となった。製作費や撮影日数も限られる中、トニーが提案したのはとにかく大量のカメラを準備し、少ないテイクで必要な映像を一気に撮り上げること。手持ちや固定カメラに加えて、併走する車輌や上空を飛ぶヘリからも列車内の二人の姿を捉えるなど、さすが現場経験の豊富な巨匠のやることは全てにおいて無駄がなく徹底している。歴代のトニー・スコット作品と比べると驚くほどシンプル。だがそこにはトニーらしい趣向がふんだんに詰まっていて、本編時間のボリュームでは推し量れないほどの密度がある。一瞬たりとも間延びすることのない、ただひたすらワクワクする最高な贈り物を、トニーは我々のもとへ届けてくれた。

もっと詳しく!:『アンストッパブル』トニー・スコット最期の傑作。シンプルな構造にみなぎる躍動感とリアリティ

『アンストッパブル』から2年後の2012年8月19日。トニー・スコットはロサンゼルスのサンペドロにかかるヴィンセント・トーマス橋から飛び降りて死去。当時、彼は複数の映画企画を抱えており、特に『トップガン』続編の動向には世界中の熱い視線が注がれている最中だった。それから10年、様々な努力と執念が身を結んで公開を迎えた『トップガン:マーヴェリック』(22)のエンドクレジットには、「トニー・スコットに捧ぐ」との言葉が熱く刻まれている。

文:牛津厚信 USHIZU ATSUNOBU

1977年、長崎出身。3歳の頃、父親と『スーパーマンII』を観たのをきっかけに映画の魅力に取り憑かれる。明治大学を卒業後、映画放送専門チャンネル勤務を経て、映画ライターへ転身。現在、映画.com、EYESCREAM、リアルサウンド映画部などで執筆する他、マスコミ用プレスや劇場用プログラムへの寄稿も行っている。

© 太陽企画株式会社