【サンデー美術館】 No.310 「雅なる闘鶏図」

▲《双鶏図》(部分)玉村方久斗 大正~昭和初期

 小学生の頃の話だから半世紀ほど前のこと。魚屋の大将(オヤジ)に懐いていた私は夕方になるとそこに入り浸っていた。

 ただし、大将はすぐにさぼる。月の半分は店にいない。いたとしても客とじゃれているか、近所の子供たちと遊んでいるかのどちらか。働いているのはおカミさんだけなのだ。

 女を泣かせる遊び人とやらに違いない―私は子供心にそう思っていた。錦之助に似た色男だったし。

 ところが鶏の世話をする時だけはいつもと違う。やたらと真剣なのだ。

 その大将が「鶏のチャンピオンや」といって見せてくれたのが軍鶏(シャモ)。

 闘鶏場に連れていかれて初めて闘鶏を見た。

 土埃とむせ返るようなにおいと怒号。覚えているのはそれだけだ。子供には激しすぎた。

 それから50年。60歳の私が見ているこの闘鶏図のなんと優雅なこと。双鶏の舞といってもよいほどだ。

 とはいえ、そこには一触即発のにらみ合いが隠されている。激突の後の静寂―宙を舞う羽が緊張感をさらに高める。

コレクション展(3月31日まで)展示作品より

山口県立美術館副館長 河野 通孝

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