注目スラッガーとの対決は本塁打を許すも3奪三振! 阿南光・吉岡暖の進化を促した今春解禁の“二段モーション”

注目の対決は阿南光の投手・吉岡暖に軍配が上がった。

「ホームランを打たれたんですけど、借りを返せたんで良かったと思います」

阿南光のエース吉岡は9回を9安打11奪三振の完投勝利。昨秋東海大会覇者の豊川を翻弄するピッチングを見せた。

戦前に注目されたのは豊川のスラッガー、モイセエフ・ニキータとの対決だ。140キロのストレートと多彩な変化球を投げる吉岡がどう対峙するかが見どころとなった。
「チームメイトとスイングが早すぎやろって話していた」という吉岡だが、182センチの体躯から感じられるパワーピッチングではなく、変化球を巧みに操った。スローカーブ、スライダー、スプリットを使い、打者を老獪にかわす。本人曰く、昨秋の四国大会よりもストレートを多めにしたそうだが、変化球を効果的に使うピッチングだった。

3三振を喫したニキータは対戦をこう振り返っている。

「いろんな球種を使ってきて、カウントも取ってくるので、絞ることができなかった。スプリットも頭に入っていましたし、変化球を投げてくるとイメージは持っていましたけど、対応が難しかったです」

ストレートのキレが増したことで変化球の効果が増大したのかもしれない。

そんな吉岡を助けたのが今春から解禁となった二段モーションだった。

昨年12月の県の審判講習会で解禁になることを知ったという吉岡は練習でたまに遊び感覚でやっていたのをそのまま取り入れた。元々、フォームに難癖があり、それを取るのに二段モーションが役立った。

吉岡はいう。

「足を上げた時に体を捻る癖があって、それでインステップすることが多かったんです。二段モーションになったことで、体に軸を作ることできる。それで、インステップすることも無くなったんで、その影響はあるかなと思う」

速い球を投げたい意欲や強く腕を振りたいと思うと、投手は地面からのパワーをよりもらいたいと考えるものだ。その際に体を捻ってしまう選手が高校球児には多いが、しかし、そうすることによって体に余分な動きが生まれる危険性も併せ持つ。捻ったものを戻さないといけないと考えると今度は身体の開きにつながる。それを抑えるためには前足の役目が重要だが、これがインステップを生むことも往往にしてあるのだ。

吉岡は自分の中にあるそうした悪癖を日頃から感じていた。ルールの変更によって、これがうまくいくと直感的に感じ、二段モーションを取り入れたのだという。
確かに吉岡のモーションはほんの少しだけ止まる。オリックスの山岡泰輔を思わせるような足の上げ方で軸足に体を溜めてから始動してくるのだ。地面から溜めたパワーはどこもロスすることがないので、吉岡のピッチングをさらに高めているのだろうと思う。
「三振はあまり意識はせず、試合を作ることだけを考えていました。先制してもらったので、すごく入りやすかったです。ニキータ選手は対応力のある選手なので、いろんな球を使って抑えようと思いました。ホームランを打たれたのはフォークの失投です。9回にツーアウトでもう一度打席が回ってきたときは運命を感じました。これは三振を取るしかないと思って投げました。ホームランを打たれたのと同じ球種で狙いました」

大会前の評判ではニキータの方に分があった。本人も「貫禄があります。いいバッターでした」と振り返っている。好打者を抑えての勝利で本人も多くの自信を掴んだことだろう。

「他の選手が、2か月くらいで習得するところを彼は2週間で会得する選手なんで器用だと思います。自分が何をすべきかをわかっている選手ですね」

阿南光の指揮官・高橋徳監督はそう太鼓判を押す。

まだまだ伸びしろのある右腕、大会注目の打者を封じ、これからどこまで成長していくか楽しみな選手である。

取材・文●氏原英明(ベースボールジャーナリスト)

【著者プロフィール】
うじはら・ひであき/1977年生まれ。日本のプロ・アマを取材するベースボールジャーナリスト。『スラッガー』をはじめ、数々のウェブ媒体などでも活躍を続ける。近著に『甲子園は通過点です』(新潮社)、『baseballアスリートたちの限界突破』(青志社)がある。ライターの傍ら、音声アプリ「Voicy」のパーソナリティーを務め、YouTubeチャンネルも開設している。

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