【タイ】日本車ショールームが激減[車両] 約100カ所が中国EVにくら替え

バンコクでは中国系のディーラーが急増している。写真はイメージ(NNA撮影)

日本車が9割を占めていたタイの自動車業界で、中国の電気自動車(EV)の参入を機に日本車を販売しているショールームが数を大きく減らしている。その数は約100カ所に達するもよう。背景には、自動車販売が伸びない中「少しでも売れ筋をそろえたい」というディーラーの焦りがある。【坂部哲生】

タイの自動車業界では、トヨタ自動車やいすゞ自動車、ホンダといったシェア上位のメーカーは「ティア1」として位置づけられている。一方、三菱自動車や日産自動車、米フォード、スズキやマツダなどは「ティア2」と分類されており、現在ティア2のディーラーではティア1や中国EVのディーラーへの転職を希望する社員が増えているという。

スズキの車を販売している会社と中国系「MG(名爵)」ブランド車を販売している会社の両方でマネジングディレクターを務めるカニット氏はNNAの取材に対し、「ティア1、2を含め、これまで全国で約100カ所の日本車のショールームが中国ブランドに改装された」と話す。

あるディーラーは、タイ東部にあった日系「ティア2」メーカーのショールームをこのほど、重慶長安汽車のEV「ディーパル(深藍)」向けに改装。この日系メーカーのショールームは1カ所のみとなった。業界関係者は同メーカーについて「最近新型の投入がない」と理由を説明する。ただ、残りの1カ所については来年以降の新型投入に期待して、しばらくは残す方針のようだ。

首都バンコクにあるパタナカーン通りでは、中国EVへのくら替えが加速している。SUBARU(スバル)のショールームは中国の長城汽車(GWM)、マツダのショールームは中国の広州汽車集団(広汽集団、GAC)傘下のEVメーカー、広汽埃安新能源汽車(AION)に、それぞれ改装された。フォード車を販売していたショールームも現在改装中だ。業界関係者への取材によると、ショールームのオーナーがフォードとの契約満了に伴い入居のための入札を実施したところ、フォードの2倍の賃貸料を提示した中国EVメーカーが落札したという。

日産自動車など長年日本メーカーとのつながりが深かったサイアム・モーターズ・グループは、中国EV大手の比亜迪(BYD)のタイ総代理店レバー・オートモーティブをマーケティング面でサポートしているというのがもっぱらのうわさだ。

レバーのプラターンウォン最高経営責任者(CEO)は、サイアム・モーターズ・グループの創業者一族の出身。業界関係者によると、レバーとBYDは3年間の総代理店契約を結んでいるという。

ティア1といえども安心できる状況ではなくなっている。タイ国トヨタ自動車(TMT)の大手ディーラーのうちの1社は別会社を作ってディーパルの販売を始めた。

■韓国勢も台風の目に

韓国勢もディーラー再編の台風の目となりそうだ。バンコク中心部の商業施設「MBKセンター」の近くにあった独フォルクスワーゲン(VW)のショールームは突然、韓国の現代自動車向けに改装された。かつてはマツダの車を販売していたところだ。長い間現地の販売代理店に任せっきりだった現代自は昨年、タイに販売法人ヒュンダイ・モビリティー(タイランド)を設立。タイ市場攻略に本腰を入れ始めている。

設立したばかりの起亜のタイ法人、起亜セールス(タイランド)は前出のサイアム・モーターズ傘下のサイアム・モーターズ・パーツと合弁事業を行うことで合意。マーケティング、サービスの戦略をタイ現地の動向に合わせることで、販売を伸ばしたい考えだ。

サイアム・モーターズ・パーツは起亜セールス(タイランド)と合弁事業を行う(起亜セールス提供)

■「売れ筋そろえたい」

ディーラーとしては目の前の利益を上げるために、日本車、中国車、韓国車を問わず、とにかく売れ筋の車をそろえたいというのが本音のようだ。

あるディーラーは日系メーカーについて「EVへの対応が遅い。ハイブリッド車(HV)にフォーカスし過ぎている」と不満を述べた上で、「ショールームの建設と内装に膨大なコストをかけたのに、ほとんどのディーラーは車が思うように売れず赤字で苦しんでいる」と吐露した。

ディーラーの間では中国EVは「Right product Right time(よいタイミングで現れた最適な製品)」と受けとめられているという。前出のディーラーは「中国EVは安いだけでなく、デザインや性能も悪くない。今の勢いからすれば、充電インフラさえ整えばEVの販売シェアは30%に達するだろう」とも述べた。

■「近視眼的」との見方も

ただ、ディーラーの急激な中国EVシフトに対し、「目先の利益を追求するあまり、近視眼的になっている」という懸念の声も上がっている。充電インフラの不足や電池の残存価値の正当な評価が難しいなどEVの普及に向けては課題が多い。また、タイ政府によるEV普及支援策「EV3.5」が終了してEV購入時の補助金がなくなれば、今のEVブームが下火となる可能性もある。次の主戦場はハイブリッド車(HV)やプラグインハイブリッド車(PHV)に移るとの見方もある。

アフターサービスの良さも日系の強みだ。マツダセールス(タイランド)は地場の販売代理店14オートグループと協力してタイの首都バンコクとその郊外に新たに2カ所のショールームを設立し、反転攻勢に乗り出した。メンテナンスなどを実施するサービスセンターもそれぞれ併設した。顧客満足度を高めることで中国勢との差別化を図る戦略だ。

TMTも、ディーラーとの関係の見直しに乗り出している。「他ブランドのビジネスを行う場合は守秘の観点から資本を分けて経営するなど、これまで契約・ポリシーで販売店と合意した内容を再徹底した」(TMT関係者)という。

日系の自動車メーカーは「現時点での最適解はHVやPHV」というスタンス。安定的な販売に向けては、ディーラー網の早急な立て直しが求められている。

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