イオンの“農耕民族的”M&Aによるドラッグストア経営統合劇、この先に待ち受けるのは?

アクティビスト(モノ言う株主)のオアシス・マネジメント(香港:以下、オアシス)によるツルハホールディングス(北海道:以下、ツルハHD)の株式取得とその後の騒動はドラッグストア(DgS)業界大手同士の経営統合で着地した。この先に待つのはDgS業界のいっそうの大規模再編なのだろうか。

ツルハHDとウエルシアHDは経営総合に向けて協議を開始した。写真左からイオン吉田昭夫社長、ツルハHD鶴羽順社長、ウエルシアHD松本忠久社長

相手企業の顔を立てつつ、結果的に連結子会社化するM&A

イオン(千葉県)は2月28日、オアシスからツルハHDの株式(約13.6%)を1023億円で取得したうえで、最終的にツルハHDを連結子会社化する予定と発表した。同時に、ツルハHDとウエルシアホールディングス(東京都:以下、ウエルシアHD)の経営統合に向けた協議を開始し、3社間での資本業務提携の締結も発表した。

ツルハHDとウエルシアHDの経営統合は、ツルハHDを親会社、ウエルシアHDを完全子会社とする株式交換による統合が予定されて、2027年12月31日までの合意をめざすとのことである。

結論から言えば、サプライズである。予想よりも大幅に展開が早かったと言わざるを得ない。

イオンがツルハHDの株式をオアシスから取得する独占交渉を発表(1月29日付)した時点までは想定通りであり、ノーサプライスであった。23年秋に『ダイヤモンド・ドラッグストア』誌主催にて小生がスピーカーを務めさせていただいたウェビナー「風雲急を告げるドラッグストア業界セミナー」をご視聴された方々も後述する過去の事例を通して同様の見通しを得られていたと思う。

しかしながら、今回の事例では“一足飛び”の展開となった。推察される背景としては、第1にイオン側から見てツルハHDを取り込むチャンスであった点、第2にイオン側の危機感の高まりである。具体的には、株式市場におけるマツキヨココカラ&カンパニー(東京都:以下、マツキヨココカラ)の統合効果実現に対する高い評価と業績好調とイオングループ2社(ウエルシアHD・ツルハHD)に対する評価の格差拡大である。

近年、イオンは意中の相手企業の顔を立てつつ、結果的に連結子会社化するM&A(合併・買収)手法を用いている。すなわち、既存の連結子会社を相手先の完全子会社として差し出し、相手企業を連結子会社として取り込むかたちである。最近ではイオンの連結子会社マックスバリュ西日本(広島県)と四国地盤のフジ(広島県)のケース(2022年3月)が具体例としてあげられよう。

筆者の知る限り、この手法は近年の小売業界において、バローホールディングス(岐阜県)が自社の連結子会社ホームセンターバロー(岐阜県)を意中の企業であるダイユー・リックホールディングス(現アレンザホールディングス)の完全子会社とし、ダイユー・リックHDを自社の連結子会社化したケース(19年)が記憶に新しい。

上記を踏まえると、イオンがツルハHDを連結子会社化するためにウエルシアHDをツルハHDの完全子会社として差し出すことは、戦略的な経営判断として自然であったと言えよう。

留意すべきは、ツルハHDとウエルシアHDが経営統合した後、統合メリットの実現度合いとスピード感が問われることだ。先行事例としてマツキヨココカラが株式市場から高評価を得ているだけに、業績動向や収益性改善の度合いなど、比較されることは避けられない。

株式の大量買い付けを契機とした「業界再編」

小売業界では、歴史的に株式の大量買い付けを契機とした「業界再編」が起きてきた。代表的な事例の1つがバブル期の1988年~90年における不動産会社・秀和(現在は解散)による小売企業の株式買い占め騒動である。

秀和に株式を大量保有された小売企業は、忠実屋(90年12月時点の保有比率33.9%)、マルエツ(同24.9%)、いなげや(同25.2%)、長崎屋(同17.6%)、伊勢丹(同25.3%)、松坂屋(同15.6%)などがあげられる。秀和は大量の株式保有を交渉材料として、忠実屋といなげや、長崎屋などに対して合併による業界再編を要求し、ダイエーや西友などの当時の大手流通企業に対抗する新たな勢力形成を提案している。

この構想は各社の強固な反対で頓挫。一方、百貨店企業の株式取得に関しては、百貨店が都心の一等地に店舗を有していることから、地価高騰を背景とした土地の含み益に着目した株式取得と推察されている。

90年代に入り、秀和事件は急速に収束に向かう。90年以降の高金利・不動産価格の下落・不動産融資の総量規制などを背景として、不動産企業である秀和の経営が悪化し、株式売却による現金化・負債返済の必要が生じたためである。

結果的に業界再編と経営改革が進む

秀和による株式買い占めは2パターンの結末をもたらしたと考えられる。

第1に大規模な業界再編である。忠実屋とマルエツの株式はダイエーがTOB(株式公開買い付け)の実施によって取得している(91年~92年)。いなげやの株式は(秀和による長期保有の後)イオンが取得している(02年)。

第2にメインバンクが仲介するかたちでの親密企業や取引先による株式買い取りと経営改革(創業家支配からの脱却)である。伊勢丹・松坂屋・長崎屋は各々のメインバンクが協力する一方で、各社の創業家は経営から退くことを余儀なくされた。

秀和の株式買い占め事件では、経営改革の要求(他社との合併要求を含む)と土地の含み益への着目などの点で、現在のアクティビストの要求と共通点が見られる。結果として業界再編と経営改革の契機ともなっており、小売企業にとってアクティビスト事案の始祖的な事例かもしれない。

00年代後半、百貨店業界において“同時多発”業界再編が起きた。具体的には、07年9月設立のJ.フロントリテイリング(=大丸+松坂屋)、07年10月設立のエイチ・ツー・オー リテイリング(=阪急百貨店+阪神百貨店)、08年4月設立の三越伊勢丹ホールディングス(=三越+伊勢丹)である。07年秋~08年春の実質約半年間で大規模な業界再編が相次いだかたちである。

当時の百貨店業界の再編においては、売上高1兆円規模(の経営体力)が意識されつつも、株式市場からの圧力(一部の株式買い占め勢力からの企業防衛)などが強く影響していたと言われている。すなわち、00年代の地価上昇を背景として、百貨店企業の土地の含み益が再び注目され、アクティビストを名乗る投資家が百貨店企業をターゲットにしたためだ。経営陣に対する資産の有効活用を求めるプレッシャーは、保守的な百貨店企業の経営者に対して大同団結の意思決定をもたらすに至る。

上記を踏まえると、株式市場(アクティビスト、投資ファンド)からの圧力がDgS業界の再編に向かってきたことは明白だ。DgS業界では上位集中が進み、大手同士が競合する局面に入っているためだ。一方、DgS企業の経営陣が自ら意思決定するとは限らない。こうした状況下、バブル期の秀和の如く、株式の大量保有を足掛かりとしてDgS企業に他社との経営統合を迫る投資家が現れたことは歴史の必然と言えよう。そして、その株式を買い取るのは、流通大手や同業大手なのである。

ここで、秀和に株式を大量保有されたいなげやの事例を見てみよう。秀和に保有されていたいなげや株式(26.1%)が動いたのは02年5月であった。いなげや側の抵抗もあったが、イオンは15%を保有する(04年4月)。そして、19年半後の23年11月、イオンはいなげや株式の51%を保有し、連結子会社とする。さらに24年11月、イオン傘下のユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングスと経営統合する予定となっている。ここにおいて、イオンが構想していたマルエツ・カスミ・いなげやの「首都圏SM連合」が完成する。

今こそ再認識したい資本政策の重要性

イオンは、時間をコストに使う農耕民族的なM&Aを志向する企業であると筆者は認識している。しかも、農耕民族といっても、その時間軸は米・麦のような1年で刈り取る単年草ではなく、“桃栗3年柿8年”という長期スパンなのである。

そして察するに“果報は寝て待て、代替わりも寝て待て”のスタンスなのであろう。過去の事例を見る限り、創業者の代替わりの際に、あるいはいったん、創業家ジュニアに経営を任せ、その結果を踏まえて次なるアクション(株式保有比率の引き上げ)に移っているように思われる。その先に待つのは、既存のグループ企業への経営統合である。

また、イオンは保有株式の売却やグループからの離脱を許容しない企業ではないかと筆者は推察している(ただし、経営不振による売却はある。例:米国タルボット、タカキュー)。

最近ではDCMホールデイングスがケーヨーを完全子会社化する際、イオンはケーヨー株式のTOBに応じる代わりにDCM株式を取得している。また、「ハックドラッグ」を展開していた旧CFSコーポレーションが07年10月にアインファーマシーズ(現アインホールディングス)との経営統合を発表した際、イオンは08年1月開催のCFS臨時株主総会におけるプロキシーファイト(委任状争奪戦)にて“鎮圧”、当該経営統合構想を白紙化させている(16年9月、CFSはウエルシアホールディングス傘下のウエルシア薬局に吸収合併)。

こうした事例を参考にすると、過去・現在においてイオンと関係をもっていたDgS企業がいったん離脱できたとしても、アクティビスト保有の株式を買い取ることで、再び傘下に収められる可能性も示唆されよう。

最後に、資本業務提携のメリット・デメリットについて触れたい。規模拡大にまい進する小売企業・創業トップにとって、イオンをはじめとする流通大手との提携は魅力的だったと聞く。曰く、豊富な出店案件の紹介や商品部スタッフの商品開発会議への参加、各種コンプライアンス対応のための人的サポートなど、自社の経営資源では対応しきれない課題の解決には有効であったと。まさに大手と提携するメリットであろう。

一方、株式保有を許容することの重要性はかなり時間が経たないとわからないかもしれない。上場企業として資本政策の重要性をあらためて認識していだだきたいと思われる今日この頃である。

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