引っ越し困難者

 作家の筒井康隆さんが独自に編んだ辞書「現代語裏辞典」(文春文庫)は笑いと毒気をたっぷり含む。時節柄、「転勤」を引くと「マイホームを買うと言い渡される」。「引っ越し」は「不要品の多さを思い知る機会」…▲私事で恐縮だが、入社以来、11回の転居を経験した身には転勤も引っ越しもひとえに慌ただしく、もろもろの手続きがわずらわしく、不要品の多さに頭を痛めた覚えしかない▲卒業の季節、思えば「卒」という字には「にわかに」の意味もある。式を終え、地元を離れる人もせわしい毎日をお過ごしだろう▲転居を控える人は数知れずいるが、この3月はことの外、希望日に転居できない「引っ越し困難者」が多いと聞く。「物流の2024年問題」が「困難」に拍車をかけているらしい▲トラックドライバーの働き方改革で、4月から時間外労働の上限が年間960時間に規制される。人手はさらに不足するとされ、引っ越し費用の値上げを案じて3月中に“前倒し転居”をする例も多数あるという▲旅立つ人が「困難者」になるのは何とも切ない。筒井さんの「裏辞典」によると「心機一転」とは「都合の悪いことを忘れること」。門出の出発口で身動きの取れない皆さん、今の不都合がたちまち過去になるような、出会いの春はそこにある。(徹)

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