「相続トラブル」と聞くと、相続人が複数人いた場合に遺産の分割方法をめぐって修羅場に……などとイメージしがちですが、相続人が「たった1人」でも起こる可能性があると、司法書士法人永田町事務所の加陽麻里布氏はいいます。今回は事例をもとに、54歳のAさんがトラブルに陥った原因と相続発生時に行うべきことについてみていきましょう。
父を亡くし、たった1人で相続することになったAさん
都内で暮らす54歳のAさん。母親は10年前に亡くなっており、その後のこされた81歳の父親は関西の実家で1人暮らしをしています。
ある日、Aさんは、地元の親戚から「父が急逝した」との連絡を受けました。
昔から、口数が少ない父親が少し苦手だったAさん。急いで実家へ向かう道中、帰るのが実に7年ぶりであることに気づきます。「こんなことになるなら、もっと頻繁に帰ってあげればよかったな……」。父を想い、後悔が募ります。
父親の兄弟もすでにみな他界しており、相続人は1人っ子であるAさんのみです。母親が亡くなったときはすべて父親任せにしてしまったため、今回は自分が頑張ろうと決意。
Aさんは葬儀を終えたあと数日間の休暇をとり、遺品整理と相続税の申告を行いました。
相続が発生したら行う「3つ」のこと
1.「遺言書」の存否と相続人の確認
相続が発生した場合、まず、被相続人の意思を確認するために「遺言書」があるかどうかを速やかにチェックする必要があります。
また、「遺産分割協議」を行う場合は共同相続人全員で行わなければならないため、相続人が自分や家族以外にいないかを調査します。後から見つかった場合は、協議のやり直しが必要になるため注意が必要です。
2.相続財産の調査
次に、被相続人の相続財産について調査を行う必要があります。
この際、貯金や土地・株式などの“プラスの財産”だけではなく、借金や債務などのマイナス財産についてもすべて調査が必要です。
こうして財産を洗い出したうえで、すべて相続するか(単純相続)、一部を相続するか(限定承認)、相続放棄をするかを選択します。
3.遺産分割協議
共同相続人がいる場合は、遺産分割協議をし、遺産分割協議書を作成します。
その後相続税の申告をし、必要があれば(不動産などの財産があれば)相続による所有権移転登記をして手続き完了です。
このように、相続は、遺産分割や相続税の申告を要するため、調査は念入りに行わなければなりません。
父の通帳に毎月振り込まれている「7万5,000円」の謎
Aさんが父親の銀行で手続きを済ませ、父親の預金残高を確認すると、700万円ほどであることがわかりました。
「こんなに少なかったのか……ここから葬儀代を引いたらあまり残らないな」。
父親は現役時代、いわゆる普通のサラリーマンでした。そのため「あまり期待すべきではない」と思ってはいたものの、実家は先代から引き継いだ持ち家でローンや家賃の支払いがなかったこと、また質素倹約な暮らしをしていたこともあり、Aさんは「1,000万円以上はのこっているのではないか」と予想していたのです。
しかし、通帳をよく見ると、毎月7万5,000円の定期的な振り込みがあります。少し疑問に思ったAさんでしたが、このときは「実家の処分をどうするか」ということで頭がいっぱいに。この謎の振り込みに関しては、そこまで気に留める余裕がありませんでした。
身に覚えのない「1本の電話」
それからしばらく経ったある日のこと。無事すべての相続手続きを終えてほっとしていたAさんのもとに、1本の電話がかかってきました。画面を見ると、身に覚えのない不動産会社からです。聞けば、父親名義の投資用不動産(区分マンション)について相談したいといいます。
「なんのことだ……そんなの知らないぞ!?」
混乱したAさんですが、話を聞きながらふと、父親の口座に毎月入金されていた“謎の7万5,000円”の存在を思い出しました。
「もしかして、あのお金って家賃収入だったのか?」
そうです。あの7万5,000円は、父親名義の投資用物件に関する入金(家賃収入)でした。
「やばい、相続財産の申告が漏れている!」うっかり相続税の申告漏れを犯してしまったAさん。「たしか、税務調査が来たらたくさんお金を払わなければいけなかったはずだ……」Aさんは申告漏れのペナルティを想像して戦慄しました。
「相続税の申告漏れ」で課せられる4つのペナルティ
Aさんの場合、あまり調査せずに相続を開始していました。先にも述べたように、しっかりとした調査を行わずに相続を開始してしまうと、新たな相続人が現れたり、相続税の申告漏れが発覚したりと、手続きを終えてほっとした矢先に思わぬ事態を招いてしまうことになりかねません。
Aさんのように相続税の申告漏れがあった場合、次の4つのペナルティが課せられる可能性があります。
①延滞税
②無申告加算税
③過少申告加算税
④重加算税
これらの加算税について、悪意があったか否かは税務調査によって担当者が判断します。自分としては悪意なく“うっかり”だったとしても、悪意があると判断されてしまいかねないため、注意が必要です。
また、相続税の申告は相続開始日の翌日から10ヵ月以内に行わなければなりませんが、間違いがあった場合は「訂正申告」「修正申告」「更生の請求」のいずれかを行います。
相続開始日の翌日から10ヵ月以内に訂正する場合は「訂正申告」、この期限を過ぎてしまった場合は、過少申告の場合「修正申告」、過大申告の場合は「更生の請求」となります。
このうち、修正申告に期限はなく、何度でも行うことができます。しかし、税務調査の連絡があったあとの申告は過少申告加算税が課せられることになるため注意が必要です。
幸いなことに、税務調査の連絡前に申告漏れに気づいたAさん。期限内の修正申告を行うために司法書士事務所と税理士事務所に駆け込み、手続きのサポートを依頼しました。
「こんなことになるなら、はじめからお願いしておけばよかった……」
専門家の速やかな手続きによって、無事に修正申告が完了。Aさんは後悔しつつも、ようやく心から安心したのでした。
相続手続きは「自分でやる」or「専門家に依頼する」どっちがベスト?
相続手続きは、相続登記を含め、司法書士を代理人として依頼することもできますが、Aさんのようにご自身で行うこともできます。
以下のように手続きが難航しそうな場合は、司法書士に依頼したほうがスムーズでしょう。
・相続人が増える可能性がある場合
・相続人のなかに行方不明者がいる場合
・相続人のなかに未成年や認知症などの「行為制限能力者」がいる場合
・被相続人よりもさらに遡った先祖の名義のままになっている不動産がある場合
・不動産が遠方にある場合
また、たとえ上記に当てはまらないような場合であっても、相続登記を行ううえで問題が生じた場合や、苦心に感じることがあれば、速やかに司法書士に依頼することをおすすめします。
司法書士への依頼はコストがかかるが正確
ご自身で相続手続きを行う場合のメリットは、コストがかからないことです。登記にかかる登録免許税や各種書類発行にかかる必要手数料のみで済みます。
司法書士に依頼する場合は、その報酬を支払わなければなりません。報酬の相場は、司法書士事務所や案件の難易度によって異なりますが、10万円~100万円と幅があります。
その一方で、司法書士に依頼すれば正確な相続調査と速やかな手続きが可能です。
実際、Aさんのようにご自身で手続きしてみたものの、トラブルが発覚したために最終的に司法書士に依頼するというケースも少なくありません。
相続手続きには期限があります。したがって、司法書士から相談者それぞれの状況に合わせた的確なアドバイスを受けつつ、速やかに手続きを済ませることをおすすめします。
加陽 麻里布
司法書士法人永田町事務所
代表司法書士