様々なアクシデント乗り越えたアルカラスが「BNPパリバ・オープン」連覇達成!<SMASH>

思い返せば、カルロス・アルカラス(スペイン)にとって今年の男子テニスツアー「BNPパリバ・オープン」(アメリカ・インディアンウェルズ)は、つくづく困難・珍事続きの大会だった。

それらは、決勝戦の7-6(5)、6-1というスコアにも、6試合で計41ゲーム、2セットを失ったという数字にも、映しきれはしないだろう。

2月末の「リオ・オープン」(ブラジル・リオデジャネイロ)では、試合中に足首を捻って棄権。数日は練習ができず、今大会の出場さえ危惧されていた。

果たして1回戦免除で迎えた2回戦では、40位のマテオ・アルナルディ(イタリア)にセットを奪われるスタート。

最終的には逆転勝利を手にしたが、昨年のウインブルドン以来ツアー優勝のない前年優勝者の連覇は、前途多難かに見えた。

以降は調子を上げていくも、準々決勝のアレクサンダー・ズベレフ(ドイツ)戦では“蜂の襲撃”により試合が中断。前頭部を刺されるという、あまりに予期せぬ事態に見舞われた。

準決勝のヤニック・シナー(イタリア)戦でも、砂漠の町に降る豪雨により、試合が2度の中断。

それでもアルカラスは、アクシデントを乗り越えるたびに新たな強さを獲得するかのごとく、勝利を重ね頂点に立った。
特に準々決勝以降の3試合では、アルカラスの才気煥発がコートで爆ぜる。

驚異のコートカバーから叩き込むパッシングショット、快音轟かせコートに突き刺さるウイナー、そして強打を警戒し下がる相手の裏をかく柔らかく残酷なドロップショット――。

それらのスーパーショットが決まるたび、彼は少年のように無邪気な笑みを顔中に広げる。その姿が観客を熱狂させ、大歓声が20歳の若者にエネルギーを注ぐ、選手とファンの好循環もそこにはあった。

とりわけ特大の笑顔は、決勝戦のスーパープレーで花開く。ダニール・メドベージェフ(ロシア)が上げたロブに頭上を抜かれたアルカラスだが、背走し振り向きざまに放ったショットが絶妙なロブに。懸命にラケットを伸ばし放つメドベージェフのスマッシュをも打ち返したアルカラスは、最後はフォアのパッシングショットをライン際に叩き込んでみせたのだ。

直後、耳に手を当てファンの歓声を求めるアルカラス。

「いつも言っているように、笑顔になっている時、こういうプレーが飛び出す時、僕はますます良いプレーができるようになるんだ」

その言葉を証明するように、このプレー以降のアルカラスは頂点へ向け加速した。
優勝後の会見室に跳ねるように現れたアルカラスは、今大会を迎えるまでの心境を、篤実な語り口で明かす。

「シーズン終盤の出来は良くなかったが、それはさほど問題ではなかった。僕はテニスが楽しめていたから。でもここ数カ月、僕は自分を見失い、コート上で楽しむことができなかった。それが、つらかった。僕の家族やチームスタッフ、近い人たちは『どうしちゃったんだ? 前みたいに笑ってないよ』と言ってたんだ」

今年に入ってからのそんな日々を、今は笑顔で振り返る。その彼に笑顔をもたらしたのは、相性の良いインディアンウェルズのコートであり、ホアン・カルロス・フェレーロ氏を筆頭とするスタッフであり、彼のプレーを心から楽しむファンたちだったろう。
かくして、ハプニングも乗り越えて優勝したその先で、またも珍事に見舞われる。優勝会見の質疑応答の最中、突如けたたましい音量で、「緊急事態です! 近くの出口から避難してください」のアナウンスが繰り返し流れたのだ。

ほどなく、ブザーの誤発動と確認されたが、アナウンスがおさまる気配はない。前日には「蜂があり、雨があって、明日は何が起きても不思議じゃないよ」と記者たちを笑わせたアルカラスだが、これはさすがに、想定外だったろう。

「これって僕ら、やばい状況なのかな?」

アラームが鳴り響く中、チャンピオンはそう言いまた笑う。

彼の顔に笑みが広がっている限り、テニス界には光が射し、やばいほどにワクワクするプレーが、次々に飛び出すはずだ。

現地取材・文●内田暁

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