朝ドラ『ブギウギ』(NHK総合)第119話では、水城アユミ(吉柳咲良)に「ラッパと娘」を歌わせてほしいと頼まれたスズ子(趣里)は、羽鳥善一(草彅剛)に相談に行く。
物語序盤は、羽鳥の心情描写が心に残る。
羽鳥は若手からの思いがけぬ申し出に戸惑うスズ子の姿を見て、その曖昧な姿勢が気になったようだ。羽鳥の妻・麻里(市川実和子)とスズ子の話に耳を傾ける羽鳥の面持ちは、一見すると穏やかだが、これまでの物語で見てきた羽鳥の表情とは違う。俯いた視線でどこか失望感が漂っているうえ、「それで? 君は何て答えたんだい?」とスズ子に問いかける声は冷ややかに響く。
「僕がいいって言えば、君はいいのかい?」
スズ子は「ラッパと娘」を“先生の歌”だと表した。「そんなに軽く言わないでほしいな」と淡々と話し始めるその口ぶりから、羽鳥は落胆しているのだとわかる。羽鳥にとって「ラッパと娘」はスズ子がいなければ成り立たない“君と僕の歌”だった。羽鳥は水城アユミの実力にも言及すると、厳しい言葉を突きつける。
「水城アユミが『ラッパと娘』を歌って、君以上だったら、君は戻る場所がなくなるかもしれないよ」
いつになく冷たい声で発せられた羽鳥の言葉に、スズ子は気落ちする。けれど麻里の台詞で語られたように、羽鳥もまたいらだっていたのだ。落ち目と書かれたことへの憤りやイキのいい若手の登場に対する焦り。実力のある水城アユミが歌うことで、“君と僕の歌”ではなくなってしまうとしたら……そんな考えも頭をよぎっていたかもしれない。長年連れ添ってきた麻里だけがはっきりと分かる羽鳥の心情を、草彅剛はその表情と声色、佇まいで見事に表現していた。
物語後半、スズ子はりつ子(菊地凛子)に背中を押される。りつ子は「あなた、羽鳥先生に甘えてるだけじゃない」「先生なら、あなた以外には歌わせないって言ってくれるって期待したんでしょ」とスズ子の胸中を的確に捉える。りつ子は口調こそ静かだが、淡々と発せられる言葉は厳しい。毒舌と称されることもあるが、物事に真正面から向き合い、信念を貫くりつ子だからこそ発することのできる辛辣さだ。
「あなた、自分の弱さに目を向けなさい」
「自分の弱さも取り込んで歌うってもんでしょう、歌手は」
スズ子はりつ子との会話で大いに励まされた。スズ子はまだ、自分の正直な気持ちを明瞭な言葉で表していない。「あの子は……どんなふうに歌うんやろ……」と水城アユミによる「ラッパと娘」に興味を抱くスズ子のまなざしは悲観的には見えなかった。第120話でスズ子はどんな結論を出すのだろうか。
(文=片山香帆)