CGとAIで「坂本龍馬」を現代に“蘇らせた”ヤクルトのCM 制作陣が明かす舞台裏と“挑戦”への熱量

「坂本龍馬」と聞いて、あなたはどんなイメージを持つだろうか。

幕末の偉人、豪快でスケールの大きい人物、あるいは変わりゆく時代のなかで“挑戦”を続けたひと。学生が学ぶ歴史やドラマ・映画などではそのように描かれることも多い坂本龍馬を、CGとAIの力で現代に蘇らせたのが、株式会社ヤクルト本社だ。

同社が販売する『Yakult(ヤクルト)1000』はこれまで、プロ野球選手・村上宗隆や歌手・MISIA、F1ドライバー・佐藤琢磨、ダンサー・菅原小春といった、それぞれの第一線で活躍し、挑戦を続けるプロフェッショナルたちをイメージキャラクターに起用してきた。そして、そんな彼らに続いて起用されたのが、幕末志士・坂本龍馬だ。

しかし、坂本龍馬はこれまでの面々と異なり、歴史上の人物である。どのようにして彼を再現するのか、どう描くべきか。あらゆる人のチャレンジを応援し続けてきたヤクルトの“挑戦”がスタートした。今回、リアルサウンドはその舞台裏やプロジェクトに込めた思いを、制作に携わった3社の担当者に聞いた。

〈プロフィール〉
ヤクルト本社 広告部 制作課長 クリエイティブ・ディレクター・久松一正氏
株式会社デジタル・フロンティア プロデューサー・小樋山青蓮氏
ORENDA WORLD ゼネラルマネージャー・長谷川雄一氏

■『Yakult1000』のCMで描かれる坂本龍馬の“声が高い理由”

ーー今回『Yakult1000』のCMに坂本龍馬を起用した背景を教えてください。

久松一正(以下、久松):『Yakult1000』は、ストレスの緩和や睡眠の質の向上など、メンタルをサポートする商品なので、これまでのCMでも、いま日本で活躍しているプロフェッショナルの方々に登場いただいています。プロフェッショナルで実績があって、チャレンジし続ける人たちにフォーカスしてきた中で、その延長線上に坂本龍馬がいると考え、起用しました。

ーー坂本龍馬を再現するにあたって、役者さんに演じてもらうのではなく、CGを利用したのはなぜですか?

久松:過去に出演いただいた佐藤琢磨さんや菅原小春さんのときも、ドキュメンタリー形式で撮影しているんですよ。演技ではなくその人の素の部分を撮りたいので、リアルな“坂本龍馬のドキュメンタリー”を撮る手段としてCGを利用しました。

ーー制作のパートナーとして、CG制作のデジタル・フロンティアさん、音声制作のORENDA WORLDさんを選んだきっかけは?

久松:デジタル・フロンティアさんには友人がいたので、それをきっかけに声をかけました。CGの技術力が高いチームであることは知っていましたから、ぜひお願いしようと。ORENDA WORLDさんは、松田優作さんをデジタルヒューマンとして再現するプロジェクトを手がけられていたことが大きかったです。

ーー今回のプロジェクトの概要を聞いて、長谷川さんは、最初にどんな印象を受けましたか?

長谷川雄一(以下、長谷川):最初に絵コンテを見せていただいたとき、チャレンジングなプロジェクトだと思いました。こんなに長いセリフを喋らせることができるだろうか、と社内がザワつきましたね。松田優作さんのときは、一、二言の短いセリフだけでしたから。ただそこから3年経って技術も大きく進歩していたので、なんとかなるだろうと思っていました。

ーー小樋山さんはいかがでしょうか?

小樋山青蓮(以下、小樋山):CGで坂本龍馬を再現したいとお話しいただいたとき、役者さんに演じてもらうのではダメなのか、と最初は思いました。ただ企画の主旨を伺ううちに、CGで作ることの意義を感じましたし、挑戦しがいがありそうだとチーム内も盛り上がっていきました。

ーーCMの制作を進めていく中で、特にこだわった部分はありますか?

久松:この企画の主旨である“誰も見たことのないものを作る”というところはブレないようにしました。世に出ている写真の龍馬は33歳の時のものですが、今回CMで再現したのは28歳の脱藩直後の龍馬なので、CGも音声も、一般的な龍馬像から5歳若返らせて、みんなのイメージとは違うものを作りたかったんです。その点はお二方にも相当苦労をかけた部分だと思います。参考にするものがない分、想像しながら作らないといけないですからね。

ーー資料としては残っていても、実際に会ったことのない坂本龍馬を「再現する」というのは大変なチャレンジですよね。どのように制作を進められたんでしょうか?

小樋山:“史実に忠実に再現すること”が企画のコンセプトだったので、基本的にはモデリングや表情を作る際も、写真のイメージを一番大事にしていました。とはいえCGとして動かさないといけないので、龍馬のイメージに近い、実在する方の表情や顔つきを参考にしました。

昔の方なので、現代の28歳と比べると顔つきはもう少ししっかりしていて、骨太なんじゃないか、と推測したり。髪の毛も、脱藩して旅の最中なので少しゴワっとさせようといった具合に、当時のリアルな龍馬をできるだけ忠実に再現しました。

ーー音声の方はいかがでしょう?

長谷川:私たちは逆に、1番最初はAIが導き出した答えをそのまま素直に出力してみたんです。そうしたら、一般的なイメージよりも高い声が出力されたんですよ。28歳という年齢の若さが反映されたんですかね。そのあとに声を低くしてほしいと修正の指示があり、調整を重ねたのですが、最終的には、最初にAIが出した答えに近い、高い声におさまりました。

今回制作をするにあたって、いくつか制作手法を提示したんです。一つ目は骨格で推定する方法、二つ目は子孫の方の声を使って作る方法、三つ目は完全に創作で作る方法です。採用されたのが、1番大変な骨格で推定して作るやり方でした(笑)。いろんな方の顔のデータを集めて音声を学習させたあと、坂本龍馬の骨格を認識させて声を出力したので、どちらかというと数学的なアプローチに近いですね。

久松:チャレンジする若者らしさを再現したかったので、低くて威厳のある声よりも、高い声の方が良いと思ったんです。この間龍馬像の除幕式に行ったのですが、そのときにお会いした親族の方の声も高かったんですよ。その方も「親戚はみんな声が高い」とおっしゃっていたので、きっと高いのだろうなと。

■CGと音声が互いに融合し、より“リアルな坂本龍馬”に

ーー実際に制作を始めてから、初稿を見たときの印象はいかがでしたか?

久松:シンプルに、“これが坂本龍馬か”と思いました。動く坂本龍馬は見たことがないので、「これが坂本龍馬です」と言ったらそうなるわけです。

ーー当初想定していたイメージに近かったんですね。

久松:そうですね。いい意味でこれまでのイメージと差があればいいなと思っていましたが、坂本龍馬だと認識されないくらいかけ離れていても困るし、そのバランスは難しかったと思います。

小樋山:それは特に意識していましたね。写真を参考にモデリングをしますが、最終的には動画になるので、動いた時の表情が龍馬に見えるかがとても重要で、顔のアニメーションの担当者は本当に大変だったと思います。笑った時や少しうつむいて物憂気な表情をした時のシワ、顔が引きつった時に出る線などを最後までチクチク直していました。

ーーこれまでは土佐弁で少し粗暴なイメージで描かれることが多い中で、今回の龍馬には素朴な印象を受けました。

久松:脱藩直後、28歳当時の龍馬は素朴なひとだったのではないかと思ったんです。脱藩してからいろいろなことを経験して、その中でタフさを養ったんじゃないかな、と。『Yakult1000』には、“みんなに第一歩を踏み出してほしい”というメッセージが込められているので、青年としての素朴さ・無垢さを表現したかったんです。天性の才能で偉業を成し遂げたのではなく、一人の素朴な青年が革命を起こした、というのがコンセプトによく合っていますね。

ーーユーザーが共感しやすい人物像にしたんですね。制作で大変だったことはありますか?

長谷川:音声を制作するにあたって、土佐弁などの方言を扱うのは非常に難しいので、そこがうまくいって安心しました。「音素」というんですけども、声として認識されないとうまくデータに変換できないことがあるので、ちゃんと言葉として認識できるように喋っていただく必要がありますから。

さらに改善したい点で言うと、非言語の部分でしょうか。息使いや「はぁ」、「うぅ」といった言葉ではないパートの精度をもっと高めることができれば、よりクオリティの高いものに仕上がるので、次回はそこにチャレンジしたいです。

小樋山:CG制作では、コンテにないカットの追加依頼がきたことですね。現場で撮影していると、予期せずいい画が撮れることがあるんですが、今回はその映像に龍馬の顔を載せられないか、という相談を撮影後にいただいたんです。

その時点ではライティングに必要な環境情報などが揃っているかどうかも怪しかったのですが、試行錯誤の結果最終的にはうまくいき、15秒版のメインの画として採用されるなど、印象深いシーンとなりました。我々にとっても、一つ勉強になった出来事でした。

ーーCGの制作は事前にライティング等も計算に入れながら動いているので、現場で生まれたアイデアにその場で対応していくのは大変そうですね。

小樋山:大変ですね。基本的には、事前に設計した通りに撮影して、そこにVFX(視覚効果)をはめていくので、現場で撮れたいい画を活用したいといった依頼は、難易度が高いです。

もちろん、最初からすべて計画した通りに撮れるわけではないので、撮影後の対応は想定に入れて動いていますけどね。VFXはあとからいくらでも対応が可能な技術だと思われがちですが、本来はきちんと設計して作るものですし、その方が結果的に完成度の高い作品に仕上がります。

長谷川:今後の制作のためにも、ワークフローが整備されると良さそうですね。

小樋山:もう一つ印象的だったのは、私たちが確認用に提出していたCGの画像が、音声の制作の参考になっていたことですね。メイキング映像を見て気がつきました。

長谷川:CGのデータをいただいてからは、そちらを参考に声を制作しました。写真だと白黒ですし横を向いちゃっているので、骨格が確認しづらくて。CGではしっかり再現されていてありがたかったです。

小樋山:それぞれ独立して作っているわけではなく、うまくドッキングされていて、とても良い企画だなと思いました。

■別々に制作を進めた『Yakult1000』の挑戦 それぞれの“今だからこそ”聞ける質問

ーーCGチームと音声チームは、基本的には別々に制作を進めていたと伺いました。制作が終わった今だからこそ、お互いに聞いてみたいことはありますか?

長谷川:今回の絵コンテだと、ナレーションが多くて最後にリップシンクがありましたが、その構成を見てどう思われましたか? このリップシンクで難易度がずいぶん上がったと思うんですよ。

小樋山:最後にセリフがあって、しかも真正面の顔が映るので、大変そうだなとは思いましたね。どんなセリフになるのか、どんな表情にするのかは、はじめからかなり気になっていた部分です。最終的には、私たちは役者さんが「変えようぞ」と言っているタイミングに合わせてCGを制作したので、音声はそれに合わせるようお願いしました。

長谷川:私としては今までの実績があったので、音声を作って渡した上で、合わせてもらうのがいいんじゃないかと考えていたんですけどね。

小樋山:音に合わせてアニメーションをつけるか、完成したアニメーションに音を合わせるかを最後まで監督と議論しましたが、今回は音声を合わせてもらう方向になりましたね。

長谷川:自然に話している感じを出すためにも、表情や口と、音のタイミングはすごく重要ですからね。

久松:そのタイミングが合っていないと、不気味の谷が生まれそうですね。

ーーアニメーションに合わせて音声を制作したことも、自然に見えるポイントの一つだったのでしょうか?

長谷川:それに加えて、人間が喋った際の「空間情報」が入った音声だからより馴染みやすかったんだと思います。一般的な音声合成だと、張り付けたような声になってしまうんです。

久松:空間情報を音声にまとわせるってことですか?

長谷川:声を収録したデータの中に、音の反響などの情報も入れているんです。それがないとモノラルなペタッとした声になるので、今回はそれがうまくはまりましたね。

ーー動きや話し方など、どんなところに坂本龍馬らしさが宿ると考えていますか?

小樋山:この質問が一番難しいですね。龍馬らしさを求めつつも、バチっと決め込まないことが大事なんだろうなと思っています。誰かの描いた坂本龍馬を参考にすると、その人にとっての坂本龍馬でしかなくなるので、みんなの中にあるぼんやりしたイメージにスッと寄せていく感覚ですかね。

■“故人を商売利用しない” 龍馬を再現する際に徹底したこと

ーー亡くなった人をAIで再現することの是非について、どのように考えていますか?

久松:それはもう、企画の段階ですごく考えました。故人のデジタルツインには賛否ありますからね。とはいえ坂本龍馬を通じて世の中にメッセージを発信することは大事だと思ったので、史実は史実パートとして残して、商品は商品パートに分けることにしたんです。故人を商用利用していると捉えられるのを避けるためにも、たとえば龍馬に『Yakult1000』を飲ませるといった表現はしないとはじめに決めていました。

ーー今回のように、AI技術を使うプロダクトや広告が増えている印象ですが、一過性のブームなのか、今後スタンダードになっていくのか、どう考えますか?

久松:まずお伝えしたいのは、AIの活用は手段だと思っているので、手段が目的になることはないということです。今回、坂本龍馬のドキュメンタリーを撮りたいからCGとAIを活用しているわけで、そこが逆転することはないですよね。最初に描きたいものがあって、それを小説で書くのか、役者さんに演じてもらうのか、CGでやるのか、AIを使うのか、ということだと思います。

小樋山:まったく同じ考えですね。何を伝えたくて、何を描くのかが大事で、手段はCGでもそれ以外でもいい。技術をうまく活用しながら新しい映像作りに取り組んでいけたらいいなと思っています。

長谷川:コンテンツ的な観点で言いますと、過去作品のリメイクやリバイバルが今後増えていく中で、コンテンツビジネスの一環として、AIなどの新しい技術を活用した事例は増えていくと思います。

(文=三沢光汰、構成=村上麗奈、写真=はぎひさこ)

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