ちあきなおみが令和の今も輝き続けるわけ 最新コンセプト・アルバム『銀嶺』発売

ちあきなおみのコンセプト・アルバム『銀嶺』が3月20日(水・祝)に発売されています。

デビュー曲の「雨に濡れた慕情」「喝采」(ともに89年ver)をはじめ、「黄昏のビギン」「ねえあんた」のほか、1986年に日吉ミミのシングル「北茶廊(キタカフェ)」のB面に収録された名曲「雪」をカヴァーした音源も収録しています。

[コラム]
「ちあきなおみさんの歌を聴きながら仮名文字を書いています」――。

今年の大河ドラマ『光る君へ』の題字を揮毫した書道家の根本知氏がNHK『あさイチ』(3月12日放送)でそう発言すると、スタジオにはちあきのデビュー曲「雨に濡れた慕情」(1969年)が流れ始めた。1984年生まれの根本氏はちあきファンの母親を通じて、彼女の歌に親しむようになったそうだが、やさしくも強い印象のある歌声が仮名文字を書くときの筆遣いに通じるものがあるのだという。

活動休止から30年以上経つにも関わらず、世代を超えて注目を浴び続けているちあきなおみならではの一幕だったが、それは彼女の歌声と存在感が普遍的魅力を備えている証しだろう。背景には平成後期から顕著となった、昭和の歌謡曲を再評価するムーヴメントがある。最近はシティポップや90年代J-POPも人気を博しているが、裾野が広いのはなんと言っても昭和歌謡。テレビの関連番組や動画サイト、SNS等で歌手や楽曲の魅力に触れたユーザーがCDやサブスク(定額制音楽配信サービス)で歌を聴き込み、カラオケで歌う。そんなサイクルが定着しているのだ。

昨年(2023年)は作詞家の秋元康がプロデュースする“昭和歌謡リバイバルプロジェクト”がスタート。ヒットメーカーの参入がメディアを賑わす一方、大晦日の紅白歌合戦では令和最多の9組が昭和期のヒット曲を歌唱し、うち4組が歌手別視聴率のベストテンに食い込んだ。昨今、「UFO」(1977年/ピンク・レディー)や「銀河鉄道999」(1979年/ゴダイゴ)など、昭和の楽曲とのタイアップが目立つ広告業界でも、「年下の男の子」(1975年/キャンディーズ)の替え歌バージョンを起用した自動車のCMが売り上げの拡大に貢献し、「消費者を動かしたCM展開 特別賞」(CM総合研究所)を受賞。これらはいずれも昭和歌謡に対する注目度の高さを裏付ける現象と言えよう。

そのなかにあって、ちあきなおみは特別な存在であり続けている。この5年間に限ってみても、BSテレ東とBS-TBSで3本の2時間特番が組まれ、X(旧Twitter)ではその都度「#ちあきなおみ」がトレンド入り。アンコールの声に応えて、どの番組も再放送を重ねている。今年2月にも『表現者ちあきなおみ ジャンルを超えた魅惑の歌声』(BS-TBS)が3回目の放送ながら、やはり大きな反響を呼んだばかりだ。

特番以外でも、昭和歌謡を扱う番組でちあきの歌や映像が紹介され、その類まれな歌唱力と表現力が話題になることも少なくない。たとえば今年2月に放送された『マツコの知らない世界』(TBS系)では昭和歌謡好きを公言するJUJUが、ちあきの代表曲「喝采」の魅力を熱弁。1月放送の『しゃべくり007』(日本テレビ系)では、ちあきが活動を休止した1992年に生まれた門脇麦が母親の影響で好きになったちあきへの憧れを語ったあと、着物姿で「喝采」を歌う一幕もあった。

1972年の日本レコード大賞を受賞した「喝采」は当時から名曲の誉れが高かったが、その輝きは時の洗礼を受けても色褪せることなく、今も多くのアーティストによって毎年のようにカバーされ続けている。令和以降だけでも音盤化した歌手は山口かおる、宮本浩次、田村芽実、市川由紀乃、海蔵良太、雨宮天、藤あや子など、ジャンルも世代も多岐にわたる。

本人不在のなか常に注目されている最大の理由は「唯一無二の歌い手」であるからにほかならない。これだけ音楽が多様化し、圧倒的な声量やリズム感を備えたシンガーが活躍していても、緩急自在のボーカルで情景と心情を繊細に表現するちあきなおみに代わる存在は見当たらない。だからこそ、今も新しいファンを獲得し続けているのだ。ここ数年、過去のアルバムやBOXが続々と再発されているのは彼女の歌声を求める人たちが引きも切らないことの現われといえる。

そうした状況はCDのセールスからも窺える。彼女の魅力を誰よりも熟知する音楽プロデューサー・東元晃氏が監修を手がけた2枚のコンセプトアルバム『微吟』(2019年)と『残映』(2022年)はお馴染みの楽曲から隠れた名曲まで、コンセプトに基づく絶妙な選曲が好評を得て、いずれもオリコンの演歌・歌謡曲部門で1位を獲得。その後も息の長いロングセラーとなっている。それだけにコンセプトアルバムの第3弾『銀嶺』が3月20日にリリースされたことは歌謡曲ファンにとって朗報に違いない。前2作と同様、歌謡曲・演歌・ファドなどジャンルにとらわれない歌唱の深みを最新リマスタリングで味わえる企画だからだ。

その『銀嶺』は“人の優しさ”“様々な愛のかたち”をテーマに「喝采〈’89年バージョン〉」「黄昏のビギン」「ねえあんた」「夜間飛行」等の代表曲から「雪」(日吉ミミのカバー/「喝采」の吉田旺が作詞を手がけたドラマティックなナンバー)などの知る人ぞ知る名曲まで全16曲を収録。アルバムタイトルは春になっても山々に残る雪と、雪の重さに耐え、雪解けとともに寄り添いながら咲く花々をイメージしたもので、寒々とした時代も、希望を感じる時代も残り続ける、ちあきなおみの歌が連なる構成となっている。そのコンセプトをビジュアル化した絵画を思わせるジャケットも含め、今作も多くのリスナーを魅了することだろう。

――濱口英樹

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