ネイチャーポジティブに挑戦する企業のリスクとチャンスとはーー最前線の取り組みにみる

Day2 ブレイクアウト

自然や生物多様性がかつてないスピードで失われつつある。2022年に開催された生物多様性条約締約国会議(COP15)において、各国政府は、2030年までに陸と海の30%を保護して自然の喪失を阻止し、逆転させようという世界的なコミットメントを策定した。企業もこの流れを食い止め、自然を回復させるために大きな役割が課されている。本セッションでは生物多様性を含めた自然資本を回復させるための「ネイチャーポジティブ」に積極的に関わる3社が参加し、それぞれの領域でどのような取り組みが有効なのか、またそれを実施する上での課題などを発表した。そこからはネイチャーポジティブに取り組む企業のリスクとチャンスが浮かび上がった。 (環境ライター 箕輪弥生)

ファシリテーター
足立直樹・SB国際会議サステナビリティ・プロデューサー
パネリスト
稲継明宏・ブリヂストン グローバルサステナビリティ戦略統括部門 統括部門長
栗原綾子・セールスフォース・ジャパン ESG&サステナビリティ サステナビリティプログラムスペシャリスト
高梨雅之・三井住友フィナンシャルグループ 執行役員 グループ・チーフ・サステナビリティオフィサー

天然ゴムの利用を持続可能にするにはーーブリヂストン

稲継氏

セッションの口火を切ったのは3社の中でも製品が最も自然資本への依存が高いブリヂストンだ。世界で使われている天然ゴムの約7割がタイヤ製造に使われており、タイヤの原材料における約3割が天然ゴムだという。
同社の稲継明宏 統括部門長は「天然ゴムの利用をどう持続可能にしていくか、いかに森林破壊ゼロに貢献していくのか課題は多い」と話す。

EUでは2023年末から欧州森林破壊防止法により、森林破壊に関連した農産物や製品のEUへの輸入が禁止される。このこともあり、新たな森林開発により天然ゴムの畑を急激に増やすことは難しい。

その中で稲継氏が重要だと強調したのは「天然ゴム生産の9割を担う小規模農家をサプライチェーン全体でどう支えていくのか」という点だ。

天然ゴムの生産地が多く集まる東南アジアでは生産者の高齢化が進んでおり、小規模農家の生産性を上げることが、自然資源の保全にも、農家の生活や事業の持続性にも寄与する。このため、「どうすれば樹液を多くとれるか、病害をいかに早く見つけるかなどのきめ細かいノウハウをサポートしており、結果的にこれがバリューチェーンに効果を及ぼす」。

自然が経済活動の基盤であることが気候変動によってより明確化し、「社内ではサステナビリティだからやるのではなく、どうしたら原材料を持続させながら使っていけるかという本質的な議論に移行している」と語った。

1億本の植林計画を推進ーーセールスフォース

テクノロジーの民主化を掲げて、クラウドプラットフォームを提供してきたセールスフォースは、ネイチャーポジティブについて先進的な取り組みを行う企業のひとつだ。

同社は2023年4月に発表した「ネイチャーポジティブ戦略」の中で、2025年までにバリューチェーン全体で自然への影響と依存度を低減するための行動計画を策定し、具体的な自然回復の活動も進める。

そのひとつが、世界経済フォーラムが主導する2030年までに1兆本の森林の再生を目指す「1t.org 」活動に参加し、2030年までに1億本の木を植樹する計画だ。同社はすでに4000万本を非営利団体と連携して達成している。さらに、マングローブの大規模再生プロジェクトや生態系回復の基金への拠出、政策提言も行う。

栗原氏

同社の栗原綾子氏は「気候変動と自然の回復を統合して戦略を立てることが重要だ」と強調する。「支援する活動も生物多様性にどう寄与するか、コミュニティにどう影響があるかなど量だけでなく、質や影響力を配慮して選んでいる」。

また、寄付などの経済的支援だけではなく、NGOなどに無償のテクノロジーやシステムを提供するなど本業を生かしたソフト面での支援も欠かさない。

同社は創業以来、「1-1-1モデル」と呼ばれる、製品・株式・就業時間の1%を活用してコミュニティに貢献するという社会貢献モデルを継続して行っており、「ビジネスは世界を変えるための最良のプラットフォームである」という企業理念が、気候変動対策や生物多様性の回復を積極的に行う企業風土を醸成している。

金融4社でネイチャーポジティブのアライアンスを立ち上げーーSMBCグループ

高梨氏

邦銀として最初に、自然環境や生物多様性への影響を評価し、情報開示する「TNFD」のレポートを開示したのが、三井住友フィナンシャルグループ(以下:SMBCグループ)だ。

同社の高梨雅之執行役員は、「このレポートを通じて、改めて自然資本の損失は企業にとって大きなリスクであり、それが金融にも影響することが可視化できた」と説明する。
同社のアンケートによると、自然への依存・インパクトをふまえて事業のリスクを評価している企業は24%にとどまり、「気候変動に比べて取り組みが遅れているのでは」と高梨氏は分析する。

このため、同社はMS&AD インシュアランス グループホールディングスと日本政策投資銀行、農林中央金庫と共にネイチャーポジティブ転換の促進・支援を行う金融機関4 社によるアライアンス「Finance Alliance for Nature Positive Solutions」(FANPS)を立ち上げた。

高梨氏は「金融機関は大きな顧客網をもっているので、解決したいと思っているお客さまにソリューションを持っている企業を紹介したり、資金提供するなどしてネイチャーポジティブに貢献したい」と話す。

高梨氏によると「これまで気候変動が先行していたが自然資本にフォーカスした機関投資家が増えている」傾向があり、「リジェネラティブ農業やグリーンインフラといった、ネイチャーポジティブに資するようなところがビジネスチャンスになってくる」ことが予想されるという。

ファシリテーターを務めた足立直樹氏は、「生物多様性の損失に対して、対策をしないとリスクだが、やってみると必ず見えてくるものがある。環境のためにやる、生物多様性のためにやるというのでなく、事業を継続していくためにこの問題に取り組むという意識が肝になる」などと話した。

世界経済フォーラムによる推計では、ネイチャーポジティブ型経済への移行は、2030年までに年間10兆ドル以上の新しい事業価値を生みだし、3億9500万人の雇用を創出するとされている。

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