【コラム細田悦弘の新スクール】 第7回 「CSRからCSVへ」を熟慮する

数年来の「CSRはもう古いから、CSVにシフトすべき」という風潮に端を発し、今では「事業による社会課題解決」や「経済価値と社会価値の同時実現」という考え方が定着してきました。そこで、サステナビリティ経営の基盤となる「CSRとCSVの関係性」を押さえておきます。

「CSR」は、もう古い?~CSRの現在地

「CSR」は決して古くなったわけでなく、企業行動の軸となる原理原則として、ますます重要度が増しています。ただ初期の段階では、「企業の社会的責任」の『責任』という漢字の印象から、義務や受け身での対応となり、ひいては横並び感・やらされ感が漂いました。よって『本業とは別物』という認識が広まり、ビジネスの付加的な位置づけとなりがちでした。残念ながら、「CSR疲れ」という言葉も聞こえてきました。
ところが、CSRは近年著しく進化(深化)を遂げています。従来の「社会貢献活動」や「リスク対応型CSR」から、「価値共創型CSR」へと進展し、さらにはコーポレートブランドや企業価値向上につなげる戦略的なステージにまで広がりつつあります。当初は、「CSRでメシが食えるか?」といった懐疑的な投げかけがありましたが、今や「CSRをないがしろにしていると、メシが食えなくなる」と言っても過言ではありません。

したがって、CSRは古くなってはいませんが、残念ながら『旧バージョンのCSR』がまだまだ散見されるのが実情です。速やかに、最新版にバージョンアップされることをお勧めします。むしろ、今こそ、『CSRの現在地』を確かめ、再起動させるタイミングといえます。よって今や、 「CSRは古い」という考え方そのものが古くなっているようです。

CSVは、CSRに包摂される

2010年に「社会的責任」に関する共通言語として、国際規格ISO26000が発行されました。「社会的責任に関する手引」であるISO26000の「社会的責任の定義」を紐(ひも)解いてみると、「組織の決定および活動が社会および環境に及ぼす影響(インパクト)に対して組織が担う責任」とされています。これに呼応して、2011年に欧州委員会が発表した定義は、「社会に与えるインパクトに対する企業の責任」です。企業がこの世に存在し事業を営めば、地球や社会に必ず影響を及ぼします。その「影響(インパクト)」には、ポジティブとネガティブ、すなわち良い影響(Positive Impact)と悪い影響(Negative Impact)があります。この「影響(インパクト)」こそが、キーとなります。

CSRの核心は「社会への対応力」です。「対応」とは、英語で、response 。つまり、CSRのResponsibilityの「R」の本質がここにあります。この単語はresponse(反応する、対応する)と、ability(力、能力)からなります。つまり、「対応する能力」といえます。何に対応するかといえば、社会にとって、悪い影響は予防し緩和して最小化してほしいという「要請」と、良い影響をさらに醸し出してほしいという「期待」です。したがって、企業は次の2つの視点から『現代社会に対応』していきます。

○要請…やってもらっては困る、やってもらわないと困る
○期待…やってもらえるとうれしい

上段の「要請」に対応することが、いわゆる「基本的なCSR」。これを怠りますと、「今どき、そんなことをやっているのか」「今どき、そんなこともやっていないのか」という烙印を押され、企業の屋台骨が揺れ存亡の危機を招きかねません。ゆえに、時代の「要請」に対応することは、「リスク回避」のための基盤となるCSRです。

下段の「期待」に応えることは、「価値共創型CSR」として位置付けられます。ここに、米国経営学者であるマイケル・ポーター教授らが提唱する「CSV(Creating Shared Value:共通価値の創造)」と称されるコンセプトがあります。社会のニーズを満たし課題に取り組むことで、経済的な価値も創出するというアプローチです。

とかくCSRは、事業の負荷やコストといったトレード・オフで認識されがちですが、一段高い次元で捉えれば、ビジネスとCSRの『トレード・オン』が成立します。こうした観点が、今日のビジネス戦略で関心が高まっている「事業による社会課題解決」であり、「経済価値と社会価値の同時実現」です。

CSRは、要請に対応して悪い影響(Negative Impact)を防ぐ「基本的CSR」と、期待に応えて良い影響(Positive Impact)を創出する「価値共創型CSR/CSV」の両側面を備えます。したがって、CSVは、社会にもたらすポジティブ・インパクトを最大化する方に該当するのであり、CSRの概念に包摂されます。例えば、ヘルシーメニューの健康レストランでも、厨房が不衛生では本末転倒となってしまうし、エコ商品でも、製造工程で環境や人権を害することがあっては元も子もありません。基本的なCSRが担保されていてこそ、CSVが成り立ちます。社会への『責任』なくして、『共通価値の創造』は成立しません。企業にとって、前者を怠るとリスクになり、後者に果敢に取り組めば、ビジネスの機会創出につながります。

経営戦略としての「社会課題解決」の捉え方

これまで、「経営戦略」といえば、企業がいかに利益を創出するか、という視点から論じられてきました。とかく、企業の目的を利益の追求のみと捉えると、多少の社会問題や環境問題等の外部不経済(地球や社会への悪影響)を引き起こしてしまうのは仕方がない、という発想になりがちです。しかしながら、地球環境や社会の持続性なしには、ビジネスは成り立たないことも自明です。そこで求められるのが、経済的価値と社会的価値を高い次元で融合させる「事業によって社会課題を解決し、社会とともに発展する」という経営の視座となります。

P.F.ドラッカーは、「企業をはじめとするあらゆる組織は、社会の機関である」とし、あらゆる組織が、人を幸せにし、社会をよりよいものにするために存在すると述べています。今日まで長きに渡って営々と発展してきている企業には、創業者の熱い思いと信念があり、そこには必ずと言っていいほど「社会を豊かにする」「社会を幸せにする」といった本旨が込められています。ただ、その『社会』が激しく変化するので、これまでの対応が歓迎されなくなったり、さらには、かえって害になったりします。その逆に、以前はあまり気に留めていなかったことが、新たなバリューと見なされることが起き得ます。だからこそ、その目まぐるしく変化する「社会」のニーズを的確に捉え、社会価値の創造や社会の課題を解決していくことが、ステークホルダーからの信頼獲得や自社の持続的成長の好機(opportunity)を生み出します。

『CSR』は、時代の変化にしなやかに対応して(要請への対応)、社会の新しいニーズに応えていく(期待に応える)ことが本意であり、それにより能動的に変革を促し、持続的発展・中長期的な企業価値向上を目指す経営戦略の基盤となります。

細田 悦弘  (ほそだ・えつひろ)

公益社団法人 日本マーケティング協会 「サステナブル・ブランディング講座」 講師
一般社団法人日本能率協会 主任講師

1982年 中央大学法学部卒業後、キヤノン販売(現キヤノンマーケティングジャパン) 入社。営業からマーケティング部門を経て、宣伝部及びブランドマネジメントを担当後、CSR推進部長を経験。現在は、企業や教育・研修機関等での講演・講義と共に、企業ブランディングやサステナビリティ分野のコンサルティングに携わる。ブランドやサステナビリティに関する社内啓発活動や社内外でのセミナー講師の実績豊富。 聴き手の心に響く、楽しく奥深い「細田語録」を持ち味とし、理論や実践手法のわかりやすい解説・指導法に定評がある。

Sustainable Brands Japan(SB-J) コラムニスト、経営品質協議会認定セルフアセッサー、一般社団法人日本能率協会「新しい経営のあり方研究会」メンバー、土木学会「土木広報大賞」 選定委員。社内外のブランディング・CSR・サステナビリティのセミナー講師の実績多数。

◎専門分野:サステナビリティ、ブランディング、コミュニケーション、メディア史

◎著書 等: 「選ばれ続ける会社とは―サステナビリティ時代の企業ブランディング」(産業編集センター刊)、「企業ブランディングを実現するCSR」(産業編集センター刊)共著、公益社団法人日本監査役協会「月刊監査役」(2023年8月号) / 東洋経済・臨時増刊「CSR特集」(2008.2.20号)、一般社団法人日本能率協会「JMAマネジメント」(2013.10月号) / (2021.4月号)、環境会議「CSRコミュニケーション」(2010年秋号)、東洋経済・就職情報誌「GOTO」(2010年度版)、日経ブランディング(2006年12月号) 、 一般社団法人企業研究会「Business Research」(2019年7/8月号)、ウェブサイト「Sustainable Brands Japan」:連載コラム(2016.6~)など。

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