相続財産が〈1億6,000万円〉まで「非課税」になる制度もあるが…〈争続〉を避けるために「節税対策」より優先したいこと【税理士が解説】

(※写真はイメージです/PIXTA)

残された家族に苦労をかけないためにも、相続は長中期的な視野で考えていくことが重要です。「理想的な相続」とはどういったものなのか。北井雄大氏の著書『相続はディナーのように “相続ソムリエ”がゼロからやさしく教えてくれる優雅な生前対策の始め方』(日刊現代)より、「相続ソムリエ」がやさしく解説します。

【登場人物】

相続ソムリエ:悩める家族に相続のアドバイスを贈る、相続のプロフェッショナル

潤一郎(80歳):春樹の父親

小百合(76歳):潤一郎の妻

春樹(52歳):潤一郎・小百合の長男。妹が1人いる

綾子(50歳):春樹の妻

桜(23歳):春樹・綾子の娘。潤一郎・小百合の孫

配偶者は相続財産が「1億6,000万円」まで非課税

春樹:プロしか知らない節税方法や最新の制度がたくさんあるんだろうな。

相続ソムリエ:そうですね。もう一つ、節税効果の大きい制度に「配偶者の税額軽減」があります。これは、配偶者が相続した財産のうち、

(1)1億6,000万円

(2)配偶者の法定相続分相当額

のいずれか多い額までは相続税がかからないという制度です。相続開始のときに配偶者がほとんど資産を保有していない場合に非常に効果的な制度です。

綾子:配偶者が莫大な財産を保有している場合には?

相続ソムリエ:その場合、配偶者の税額軽減を利用してしまうと、配偶者が亡くなったときの相続税が高額になってしまいます。

春樹:どういうことですか?

相続ソムリエ:亡くなった被相続人とその配偶者は年齢が近いことが多いため、相続人である配偶者自身の相続も近いうちに発生すると予想されますよね。配偶者がもともと莫大な財産を持っているうえ、被相続人からの一次相続でたくさん財産を得ると、配偶者の税額軽減が使えない二次相続で課される相続税が大きくなってしまうんです。

春樹:なるほど。配偶者の子どもが苦労することになるんですね。今のお話でなんとなく予想できましたが、「一次相続」と「二次相続」ってどのようなものですか?

相続ソムリエ:相続には「一次相続」と「二次相続」があります。

「一次相続」とは、両親のいずれか一方が亡くなったときに発生する相続のこと。「二次相続」とは、残された親が亡くなったときの相続のことを指します。

綾子:先程の例だと、最初の相続が一次相続。配偶者が亡くなったときに発生するのが二次相続ですね。

相続ソムリエ:その通りです。意外と忘れられがちな観点ですが、遺産分割を考える際には、一次相続と二次相続の合計相続税額を試算し、最小化できる方法を考えて遺言書に残さないと、子孫が苦労をすることになりかねません。いくら良さそうな節税策でも、お子さんに思わぬ苦労をかけてしまってはつらいですよね。そう、いくら高級な料理と高級なワインであっても、相性がよくないことがあるように。

桜:ソムリエさん、素敵なたとえ!

綾子:中長期的な戦略を考えるには、プロのアドバイスが必須ね。

遺言書は「二次相続」まで見越して書く必要がある

小百合:二次相続のお話、おもしろいわね。もう少し詳しく聞きたいわ。

相続ソムリエ:承知しました。相続が発生してからでは、できる対策も限られます。遺言書を作成する段階から、しっかりと考えておく必要があるのです。特に最近は相続の書籍やウェブ記事などを読んで、付け焼き刃的な知識を身につける人も多くなりました。専門知識のない人の勝手な判断で遺言書の内容を決めてしまうと逆効果になる可能性がありますので、注意してほしいと願うばかりです。

綾子:せっかく書いた遺言書が、逆効果になるなんて……。

相続ソムリエ:言い換えれば、遺言書の内容は、それだけパワーの強いものなんです。相続が発生した後は、原則として遺言書の内容は覆すことはできません。遺言書に書かれた遺産分割の内容が優先されます。

もちろん先程お伝えしたように、相続人全員が合意すれば、必ずしも遺言書の内容に従う必要はありません。しかし、誰もが納得する分割を、しかも短期間のうちに完了させるのは難しいものです。やはり、遺言書を書く際に、一次相続から二次相続まで見越した内容にしておくのがいいでしょう。

潤一郎:なかなかレベルの高い話だ。

相続ソムリエ:プロに相談するのが一番いいですが、被相続人の方にできることは、「相続が発生したときに何が起こるかを知っておくこと」です。相続はいつか必ず発生します。相続発生時にどんなトラブルが起こり得るかを知れば、打つべき対策も自然と見えてくるでしょうし、被相続人と相続人の間でしっかり方向性を共有しておく必要があることも理解できるでしょう。

遺言書を書く際に重要な「意外なこと」

春樹:「被相続人と相続人の間でしっかり方向性を共有しておく必要がある」とはどういう意味ですか?

相続ソムリエ:意外だと思われるかもしれませんが、遺言書を書く際には、各相続人の希望を聞くことも重要なんです。

潤一郎:それは意外だ。被相続人の意思や気持ちだけで決めてしまっていいのかと思っていたが。

相続ソムリエ:その側面もあるのですが、相続の際の遺産分割は、相続人の将来の生き方にも関わってくることです。相続人にこれからどんな生活を送ってほしいのか。遺言書を書く際には、それを最優先で考えることが、残された家族の幸せにつながるのではないでしょうか。

小百合:相続人にどんな生活を送ってほしいか、ですか?

相続ソムリエ:親子であっても、子どもがどう暮らしていきたいか、どんな夢があるのかを正確に理解できている家庭は少ないでしょう。春樹さんのように、独立して家庭を築いていらっしゃるならばなおさらです。

まずは、配偶者や子どもたちがどうしたいのか、ライフプランを聞き、それを実現するための遺産分割を考えるのが理想です。そのうえで、納税資金が不足しないかを検討します。問題なく納税できれば、理想的な相続となるでしょう。

綾子:なるほど。難しく感じましたが、実はシンプルですね。

相続ソムリエ:はい。もちろん、節税することで納税額を減らせれば、相続人に残す資産を増やせて、被相続人も相続人もハッピーでしょう。

小百合:やっぱり、節税を最優先にするのが賢いのかしら。

相続ソムリエ:そうとは限りません。節税を最優先にすると、相続人の希望が後回しにされ、“争続”になってしまうこともあります。まずは、家族が望む遺産分割が可能か、その場合、納税資金は足りるかを考えるべきなのです。その意味では、各相続人が将来のビジョンを考え直すきっかけになるのが相続であるともいえます。相続をゴールのように捉える方も多いのですが、その後も相続人の人生は続いていくわけですから、引き継いだ資産を活用して豊かに暮らしていくためのスタート地点だと考えていただけたらと思います。

北井 雄大
税理士

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