復帰戦を目前に控えた錦織圭に新コーチが送った助言「多くを求めず、コートに立つ喜びを感じること」<SMASH>

「結構、印象良いです」と、錦織圭は新コーチのトーマス・ヨハンソンとの感触を言葉にした。

錦織のコーチだったマックス・ミルニーが、脳腫瘍に倒れたのは昨年12月のこと。幸い、手術の結果は順調とのことだが、その空位となったコーチの席に招かれたのが、2002年全豪オープンテニス優勝者の肩書きを持つヨハンソンだった。

ダビド・ゴファンらトップ選手の指導経験を持つ元シングルス世界7位の48歳は、コーチとしての手腕にも定評がある。錦織も、「僕の良いところを伸ばしてくれる」「直すところがまだあることが、コーチと話しながら判明していく」と、その慧眼に信頼を寄せている様子だ。

ただ……と、やや困惑気味の笑みをこぼしつつ、愛嬌たっぷりにこうも言う。「まーまーおしゃべりですね。歴代コーチもみんなおしゃべりなので、そこが少し大変ですが……」と。

当のヨハンソンコーチも、その点に関しては否定しない。勤勉かつハードワークで知られ、引退後はコメンテーターとしても活躍する彼には、多くの経験と人脈と、語るべき数々のエピソードがある。

とりわけヨハンソン自身が「強烈に覚えている」というのが、優勝した全豪オープンを迎えるまでの経験だ。前哨戦での調子は最悪で、疑念や不安が胸を占めた日々。その時、コーチがヨハンソンを公園に連れ出し、「俺が終了というまで走り続けろ」と言ったというのだ。果たしてコーチの言葉通り、彼は嘔吐するまで走り続けた。朦朧とするその彼に、コーチは「よし、もう空っぽだな」と声を掛けたという。

その後の全豪で優勝したのは、前述した通り。この時の経験から彼が学んだこととは、「自分に期待しすぎない。多くを望みすぎない時ほど、良い結果は訪れる」だったという。
この一連の経験も、ヨハンソンは錦織に話して聞かせたと言った。

「今のケイにとって必要なのは、多くを求めず、結果を気にしないこと。コートに立つ喜びを感じることが何より大切です」

それが、マイアミ・オープンで8カ月ぶりの復帰戦を戦う錦織に、新コーチが求めることだ。

コーチがその点を強調したのは、もしかしたら同大会開幕2日前に行なった、キャスパー・ルードとの練習も関係しているかもしれない。

この時の錦織は、世界8位のルード相手に、試合形式の練習で「6-4とかで勝っちゃった」と言う。その事実を語る時の錦織は、なんとも言えない、困ったような照れ臭いような表情を浮かべていた。「多くを求めない」というコーチの言葉とは裏腹に、高まる自身への期待感。それらにどう折り合いをつけるべきか、思案していたのかもしれない。

その練習から中2日を経て、いよいよ錦織はATPマスターズのマイアミ・オープン初戦のコートに立つ。自身の内から過剰なる期待を排除し、平常心を保ちつつ、なおかつ自信をいかに保つか? 見る側にもその均衡が求められる復帰戦は、現地時間21日のグランドスタンド2試合目で火ぶたを切る。

現地取材・文●内田暁

© 日本スポーツ企画出版社