『ブギウギ』スズ子を突き動かす“好奇心” 1人の人間が臆病さを乗り越える瞬間を描く

『ブギウギ』(NHK総合)が第120話を迎えた。りつ子(菊地凛子)に会って音楽への情熱を取り戻したスズ子(趣里)は、羽鳥(草彅剛)の自宅を訪ねる。あらためて大晦日の歌合戦で水城アユミ(吉柳咲良)に「ラッパと娘」を歌わせてほしいと頼んだ。

「近頃のワテは、たしかに仕事も減って、体も前みたいに言うこと聞きまへん。水城さんと一緒に歌たら、比べられるのが怖いと思てしもたんです」

正直に自身の不安を打ち明けたスズ子は、続けて「ラッパと娘」の魅力を語った。福来スズ子の代名詞である一曲を、アユミはどう歌うだろうと考えるとワクワクがまさって、抑えきれなくなった。スズ子の言葉に、羽鳥は「やっぱり大したもんだね。君は」と嬉しそうにほほ笑んで、アユミが「ラッパと娘」を歌うことを認めた。

前話でスズ子の申し出に難色を示した羽鳥だったが、本来とてもオープンな性格である。これまでも、スズ子とともに新しい試みに次々とチャレンジしてきた。スズ子をナンバーワンの座に押し上げたのは、未知の世界へ飛び込む冒険心だ。大野(木野花)はその感情を好奇心と呼び、「生きていく中で一番必要」と言った。スズ子と羽鳥が音楽の楽しさでつながっていることを再確認できた。

第120話は、1人の人間が自身の臆病さを乗り越える瞬間をとらえていた。スズ子には背負うものが多くあり、スターとして、母として、恥ずかしいことはできない。アユミとの共演はプライドを賭けたもので、大御所としての振る舞いにフォーカスすることもできた。それを歌手であるスズ子の原点回帰と、自己を解放するプロセスとして描いたことに意義を感じた。

王道の人間ドラマが美談で終わらないのも『ブギウギ』の良いところだ。愛子(このか)は学校を休むと言い出す。理由はかけっこでライバルの転校生に負けたくないから。一番だった自分が負けるのは嫌だと言うのだ。スズ子は「休んでもええで。ただなあ、逃げたらそのことは一生忘れられへんで」と言う。

これだけだと、よくある親から子へのしつけだが、「マミーもな、人に負けるのは好かん」と理解を示し、さらに「負けるんが嫌で逃げるんやったら、たぶん負けたほうがええねん。負けて悔しい思いしたほうがたぶんええねん」と持論を述べた。

スズ子自身、逃げ出したいくらいの心境である。けれども、一歩を踏み出したその先に新しい景色があること、ズキズキの向こうにワクワクがあることをスズ子は知っていて、その経験を愛子に伝えようとする。その反面、どうしても嫌なら逃げていいと本人の意思を尊重しており、無理強いしても意味がないことも理解している。

結果的にかけっこに負けた愛子ではあったが、表情は晴ればれとしていた。一(井上一輝)の「お前が思うほど誰も注目してなかったぜ」もまた真実で、それも人生と思いつつ、ズキズキワクワクの精神はちゃんと娘に伝わっているようだった。
(文=石河コウヘイ)

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