アングル:中南米に移住するロシア人急増、故国の文化と共に永住目指す

Lucinda Elliott Miguel Lo Bianco

[ブエノスアイレス 16日 ロイター] - イリア・ガファロフ、ナディア・ガファロワ夫妻は4月、アルゼンチンの首都ブエノスアイレスに伝統的なロシア式サウナ「バーニャ」を本格的にオープンする。移住してきたこの街に永住するための足がかりにしたいと願っている。

ロシア東部の港湾都市ウラジオストクで銀行員、採用担当者として働いていたガファロフ夫妻は、9カ月前に2人の娘を連れてアルゼンチンに移ってきた。2022年のロシアによるウクライナ侵攻開始以来続く、中南米に移住するロシア市民の1例だ。

ガファロフ家は貯蓄の大部分をこのサウナ事業に投じる予定で、来年末に資格要件を満たしたら、市民権を申請するつもりだという。

「私たちが移ってきて以来、ロシア人コミュニティーはかなり大きくなっていて、ロシア式のサウナが欲しいという声もある」とイリアさん。健康に気をつかうアルゼンチン人からの需要もあると話す。

ウクライナでの戦争が3年目を迎える中で、中南米一帯に定住しつつあるロシア人家庭が増加している。これまで報じられていなかった5カ国の在留許可データ、さらには10数人の移住者や専門家へのインタビューから明らかになった。

データによれば、昨年アルゼンチン、メキシコ、ブラジル、ウルグアイ、パラグアイは、5カ国合計で約9000人のロシア人に対し、期限付き居住または永住を許可した。2020年には1000人強にすぎなかった。

ガファロフ家のように、移住先の都市に変化をもたらそうとしているロシア人もいる。ガファロフ家では、母国を懐かしんで、ロシア風パンケーキ「ブリニ」などの伝統料理も作っている。

ロシアと中南米は、地理的には遠い。だが移住者や専門家の指摘では、在留許可のルールが寛容で市民権取得も比較的容易であり、生活コストがさほど高くなく、気候も良好で、国際的な制裁に対してどちらかといえば曖昧な姿勢であるといった点が、戦争や、それがもたらす経済への悪影響から逃れようとするロシア市民にとって大きな魅力になっているという。

<寛容な在留許可制度>

欧州や米国と異なり、ほとんどの南米諸国ではロシア国民は観光ビザなしで入国できる。通常は90日とされる在留期限の延長もたいていは簡単だ。この地域の諸国の大半は2022年以降のロシアによるウクライナ侵攻を非難しているものの、ウクライナ政府に対して支援や武器を提供している国はない。

ICESI大学(コロンビア)の政治学者ウラジミール・ルービンスキー氏は、「2年前には、ロシア人は半信半疑で中南米にやってきた。今はしっかりととどまる意志を持ってこの大陸に足を踏み入れている」と語る。

ロシアからの移住者にとって、中南米諸国の中で最も人気があるのはアルゼンチンだ。政府のデータによれば2023年にロシア国籍者に対して3750件の在留許可を与えた。ウクライナ侵攻前、コロナ禍により国際的な移動が落ち込んでいた2020年に比べて10倍以上だ。今年1月だけでも500件を超えた。

メキシコが昨年ロシア国籍者に与えた在留許可は、政府のデータによれば2021年の3倍に当たる3231件に上った。

ブラジルは、2021年の400件に対し、昨年は約1000件の在留許可をロシア市民に与えた。

ロイターは、中南米諸国へのロシア人移住者が、メッセージアプリ「テレグラム」のグループチャットで、不動産の購入や事業の立ち上げ、幼稚園を探す、在留許可を申請するといったノウハウについて情報交換している様子を確認した。

ロシア人移住者の流入により、街の風景も徐々に変わってきた。ブエノスアイレス市内でも、裕福なレコレタ地区や流行の先端を行くパレルモ地区では、ロシア人が経営するカフェや美容院が複数オープンしている。ブラジル南岸の都市フロリアノポリスでは、ロシア正教会信徒のグループが常任の司祭を探している。ウェイターや教師、レジ係も、簡単なロシア語会話を覚え始めている。

<定住へのプロセス>

ロシアの西端、ウクライナとの国境に近いロストフナドヌー出身のタチアナ・カラブコワさん(36)は、昨年12月、パートナーとともにメキシコ市に移住してきた。腰を据えた地域で、毎日のようにロシア文化を思い出すことになるとは想像もしていなかった。たとえば、息子を遊ばせるために連れて行く場所は、ロシアの大詩人アレクサンドル・プーシキンの名にちなんだ「プーシキン・ガーデン」だ。

ビジネスコンサルタントのカラブコワさんは期限付きの在留許可を得ているが、延長を申請するつもりだ。とはいえ、米国で数年間暮らした家族にとって、また新たな家になじみ、スペイン語を学ぶというプロセスは完了していないと認めている。

「米国から移ってきたとき、ここの方が地に足のついた生活に感じられて、ほっとした」とカラブコワさんは語る。

欧米各地で生活している、あるいはそこを訪問しているロシア人の一部は、ロシアのウクライナ侵攻以来、反ロシア感情に直面していると報告している。

ロイターが取材したロシア人移住者たちは、ロシアの銀行との取引には支障があるものの、アルゼンチンやブラジルで広く利用されている暗号資産(仮想通貨)や、ロシアで加入でき、アルゼンチンやブラジル、メキシコを含む中南米12カ国で使用できる「銀聯(ユニオンペイ)」など中国系銀行のカードが頼りになると話している。

2年前、妊娠中のロシア人女性の間で人気の移住先となったのがアルゼンチンとブラジルだ。新生児には自動的に市民権が与えられるためである。

そうした人気が、今や起業家や一般家庭にも広がっている。ロシアの徴兵制度が昨年改正され、招集回避が難しくなるからだ。この改正は今年1月から施行された。

エカテリンブルクから来た30代半ばの元警察官は、報復を恐れて匿名を希望しつつ、最初の招集が発表されて6時間後には、妻と2人でカザフスタンとの国境に向けて車を走らせたと話す。動員されるリスクが高いと不安になったからだ。

医学の訓練を受けた妻が妊娠していることが分かり、ブラジルに向かったという。

2019年にロシアからフロリアノポリスに夫と移住したヘレナ・ヨーさんは、政治弾圧や戦争による経済への影響を嫌って逃げてくる人もいる、と話す。最近になって、きょうだいもこの街にやってきたという。

「急速に相場が落ちていくルーブルを投資するために、人々は目につくものを何でも買っている」とヨーさんは語った。

(翻訳:エァクレーレン)

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