森山直太朗『素晴らしい世界』〈番外篇〉「たった今の“答え”にたどり着いたその瞬間を僕は『素晴らしい世界』と名づけます」【レポート】

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一昨年の6月より〈前篇〉〈中篇〉〈後篇〉、そして追加公演と合わせて101本に及ぶツアーを展開してきた「素晴らしい世界」。両国国技館で行われた〈番外篇〉は森山直太朗にとって初めてのセンターステージでのライブとなった。はたして、そこで描かれていたのは、森山直太朗という表現者がこれまで辿ってきた道程――『素晴らしい世界』そのものだった。

チェロ、ピアノ、フィドル、ギターにバンジョー、バンドメンバーが四角いセンターステージを囲むように配置につき、それぞれにチューニングをはじめる。チェロを主体としたどこか儚げなメロディが会場に流れ出す。童話の世界にいるような夢心地な音楽に身を任せていると軽快なフィドルの旋律が草の匂いを連れてやってくる。いつの間にか沸き起こったオーディエンスのクラップがひとつの楽器となってアンサンブルのなかに溶け出していく。

一転、相撲の寄せ太鼓のリズムが鳴り響いたかと思うと、そこに壮大なオペラのシンフォニーが被さる。弦楽の旋律と和太鼓の拍子が完全に合わさったこのマッチングはいったい何を示唆しているのだろう。会場にはそのままバリトンの美声がこだまし続けている。オペラ「カルメン」で歌われる有名なアリア「闘牛士の歌」だ。勇ましいメロディから歓喜に満ちたメロディに切り替わる瞬間、直太朗が真紅のフラッグを振りながら登場した。ステージの真ん中にフラッグを立てると、それがそのままマイクスタンドになり、1曲目「生きてることが辛いなら」の歌唱に移り、〈番外篇〉がスタートした。

この一連のオープニングの意味を本人に確かめたわけではないので、本当のところはわからない。という前提で筆者が感じたことを記せば、〈前篇〉では弾き語り、〈中篇〉ではブルーグラス、〈後篇〉ではフルバンドとスタイルを大幅に変えながら巡ってきたツアー『素晴らしい世界』の、その移り変わりを表したのではないだろうか。もちろん変遷をそのまま辿るわけではなく、一見脈絡もない風景が次から次へとシームレスにつながっていく、という物事のありようを示していた。そしてそれは人生そのものと言ってもいいし、ひとりの人間の内面における複雑さでもある。相撲、オペラ、直太朗――。多様性云々を声高に叫ばずとも、我々は十分わけのわからない世界と自分自身を生きている。

〈生きてることが辛いなら いっそ小さく死ねばいい〉

ある種混沌ともしたオープニングからこの言葉を直太朗の声で聴いたとき、もうはっきり言って、この日のライブのすべてをここで勝ち得ている、そう感じた。

中盤のブロックで披露した「papa」「アルデバラン」「することないから」の流れでは、各パートが代わる代わる入れ替わり、ブルーグラスとフルバンド、そして弾き語りの3つのスタイルを解体して曲ごとに再構築しているようだった。楽曲への思いの寄せ方もそれに伴うアプローチの仕方も、その時々で変わっていくもの、という表現者としての普通の態度に根差した現在進行形のアレンジとなっていた。

例えば実父への想いを素直に綴った「papa」は、一年前に披露されたものと今のものとでは直太朗自身のなかで表現の仕方が大きく異なっているに違いない。そこにはもちろん、父の死という事実が関係しているし、それをも含めて自身の表現に昇華していくのだという音楽家としての逃れようもない性(さが)が、この曲をこれ以上ないほど深い解放感とでも言いたくなるような境地に我々を誘ってくれる。この後の「生きとし生ける物へ」が賛美歌のように響いたのは、きっと偶然ではない。

この長いツアーの途中にできたという新曲「Nonstop Rollin’ DOSA」は、フォルクローレ風の楽曲で、旅路というものを想像させる。もし今回の編成ではなく、例えば打ち込みのリズムを使っても、あるいはエレキギターを導入しても、いかようにもその良さを引き出せる曲だ。そうした、芯を失わずにどんなふうにも変化していけるしなやかさ、それが今回の〈番外篇〉に通底しているものだと思う。そういう意味でも、この曲が「素晴らしい世界」という長いツアーのなかで生まれたというのは、まるでドキュメンタリーでも見ているような気になるほどのリアリティを感じさせる。

ピアノの旋律に合わせて直太朗が語りかける。

「『素晴らしい世界』というのはこういう景色のことを言うのだ、とか。『素晴らしい世界』ってこういう感覚なのかな、とか。ツアーを重ねるたびに一応の“答え”のようなものにたどり着くんですけど、たどり着いたその先にはまた“答え”があって、その“答え”にたどり着くと、またまたその向こうに“答え”があって。そうやってなんとか“答え”にたどり着くとそれは前と同じ“答え”だったりして……。僕たちはこういうふうに同じところをぐるぐる回っているようで、本当は――その上昇はわずかではあるけれど――天に昇っていく螺旋の道をゆっくりと進んでいるんでしょうね。だから“答え”がないんです。ただ、たった今の“答え”にたどり着いたその瞬間を僕は『素晴らしい世界』と名づけます。今日、このひとときが、この空間が、あなたにとってそんな世界であることを願いながら」

「素晴らしい世界」は圧巻だった。

これまでのツアーでは、どのスタイルを通じても基本的には直太朗のピアノ弾き語りで披露されてきた。しかし今回の〈番外篇〉では、ピアノ、チェロ、フィドル、バンジョー、マンドリンが加わるアレンジとなっていた。そして曲の後半、すべてのパートがひとり、またひとりと去って行くと、最後には直太朗だけがステージに残された。歌い終わってその場にペタンと座り込んでしまった直太朗を白い一筋の光が照らしだす。破壊と再生――。創作の大原則が座りこんだ直太朗の形をしてそこにあった。それはいくぶん頼りなげで、まるで生まれたばかりの赤ん坊みたいだった。すべてを失ってしまったようにも、何もかもを手に入れたようにも見えるその無垢な姿を言葉にするのなら、「素晴らしい世界」。森山直太朗が、彼の人生丸ごとでたどり着いた現在がそこにあった。

フラッグをステージの真ん中に立てると「さくら」をギターの弾き語りで歌った。『素晴らしい世界』は最初の地点に還っていきながら、また違う景色を見せていく。アンコールの最新シングル「ロマンティーク」、そして「どこもかしこも駐車場」と、すべての演奏を終えた直太朗を鳴り止まない拍手が何重にも渦を巻いて取り囲んでいた。森山直太朗のゆく螺旋の道が音になって見えた気がした。

Text:谷岡正浩 Photo:鳥居洋介

<公演情報>
森山直太朗 20thアニバーサリーツアー『素晴らしい世界』<番外篇> in 両国国技館

セットリスト1. 生きてることが辛いなら2. 青い瞳の恋人さん3. 花4. ラクダのラッパ5. papa6. アルテバラン7. することないから8. 愛し君へ9. 生きとし生ける物へ10. 君のスゴさを君は知らない11. すぐそこにNEW DAYS12. Nonstop Rollin’ DOSA13. boku14. あの海に架かる虹を君は見たか15. バイバイ16. 素晴らしい世界17. さくらEN1. ロマンティークEN2. どこもかしこも駐車場

<海外ライブ情報>
森山直太朗 20thアニバーサリーツアー『素晴らしい世界』<番外篇>in Washington D.C

2024年3月22日(金) The National Museum of Asian Art(アメリカ合衆国)
チケット:要事前予約(入場無料)

森山直太朗 20thアニバーサリーツアー『素晴らしい世界』<番外篇>in 上海

2024年4月13日(土) バンダイナムコ上海文化センター ドリームホール

森山直太朗 20thアニバーサリーツアー『素晴らしい世界』<番外篇>in 台北

2024年4月27日(土) HANASPACE花漾展演空間

森山直太朗公式サイト:
https://naotaro.com/

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