スガ シカオ、ストリングスが引き立てた独自性 デビュー記念日を祝した一夜限りのTDC公演

2月26日、『デビュー27周年記念 「スガ+森で作った数々の名曲を、ストリングスで味わう会」』がTOKYO DOME CITY HALLで開催された。タイトルからも分かる通り、本公演はこの日デビュー27周年を迎えたスガ シカオが、自身のデビュー時から数々の楽曲制作を共にしてきたキーボーディスト/コンポーザー/アレンジャーの森俊之と共に手掛けてきた楽曲を、今野均率いる今野均ストリングスカルテットを交えてパフォーマンスするという一夜限りのライブである。

スガは昨年9月から11月に5都市7公演の『SUGA SHIKAO「INNOCENT」TOUR』を終えたばかり。しかも今回はシングルやアルバムのリリースタイミングではないにもかかわらず、TOKYO DOME CITY HALLの客席は全国からスガのデビュー記念日を祝うべく集まったオーディエンスで埋め尽くされている。

定刻を迎えるとまずは蠱惑的なコーラスによるあの曲のイントロループのSEでスガ、森、そして今野均(Violin)、渡邉栞(Violin)、三品芽生(Viola)、奥泉貴圭(Cello)によるストリングスがステージに登場。1曲目は「アイタイ」だ。ステージ中央奥に設けられた一段高いスタンド位置でギターを持たずにマイクのみで歌うスガ。間奏で息が詰まるような刹那を表現するストリングスの音色と森のピアノ。序盤からこの日がツアーとは全く異なるスペシャルなライブであることが伝わってくる。

「デビュー27周年スガ+森ストリングスライブへようこそ!!」。歌い終えたスガが挨拶すると場内から割れんばかりの拍手が。「ありがとう! 27年、ギリギリで頑張ってまいりました!……まだこれからも頑張るけどね」とスガがおどけて見せても、まだ拍手が鳴り止まない。スガはこの日のメンバーを紹介すると、「今夜は森さんと昔話なんかを交えつつ、耐え難いほどの地味なライブをお届けしようかと」と観客を笑わせ、「それでは懐かしい曲から」と「ぼくたちの日々」へ。森が軽快に、しかし確かに歌詞とメロディに寄り添いさらに優しく流麗なストリングスが華を添えるように盛り上げる。続いてはアコースティックギターのアルペジオから「黄金の月」へ。森は前曲までのピアノからエレクトリックピアノ(ウーリッツァー)へチェンジ。ストリングスとの甘美なアンサンブルが素晴らしい。

そしてストリングスのオーバーチュアを挟んでテンポが一転。始まったのは「これから むかえにいくよ」。初期のファンクナンバーがジャジーなアレンジで奏でられる。終盤、森はどこまでも駆け上がるようなピアノのソロからジャズの名曲「Moanin’」のフレーズを挟んでフィニッシュ。スリリングなセッションのようなひと時に観客から大きな歓声と拍手が上がる。その盛り上がりにスガが「ドラムもベースもいないのに」と苦笑すると森が「流石」とスガと観客を讃えて応える。

ここでスガは、2月中旬に石川県加賀市及び七尾市を訪れて行った被災者向けのボランティアライブのエピソードを語り始める。自費で現地を訪れ、ライブにあたって被災者にヒアリングを行い、自ら街を歩き、状況を肌で感じ、公民館やコミュニティセンターなどで行ったライブでは「僕の曲はあまりそういうところに向かない」ため、「勝手にしやがれ」(沢田研二)や「三百六十五歩のマーチ」(水前寺清子)のカバーも交えたという。しかし児童館のライブでは子ども向けに「アンパンマンのマーチ」(ドリーミング)を歌ったものの拍手すら起きないドッチラケ状態で「トラウマになりそうだった」と観客を笑わせる。

さらに話題は森との思い出へ。二人は煙草と缶コーヒーにまみれたプライベートスタジオに現れた森が突如「黄金の月」のフレーズを弾いた時の感動や、一緒に回った全国ツアーや日本武道館公演の思い出を語り合い、スガが「(制作の)“ここぞ”という時、森さんに頼む」と、森への信頼と感謝を口にすると、ライブはスガと森、二人だけのコーナーへ。リラックスしたムードによる「フォノスコープ」、アコースティックギターとピアノの旋律がドラマチックな「愛について」、そしてスガと森で「カーティス・メイフィールドみたいにしよう」と語り合って制作したという“下町シリーズ”の一曲「黒いシミ」をソウルフルに届けた。

ここで「大変個人的な話で申し訳ないんですけど」と、スガはMCで昨日実父の23回忌の法要に訪れたという話を始める。23年前、制作、ライブ、ラジオのレギュラー3本というスケジュールに忙殺されていたスガは毎週木曜にがんを患って入院していた父親を見舞うのがルーティンだったという。その際、入院病棟で感じた薬や死の匂い、自分の心持ちを書き曲に留めたこと、そこに綴った〈数えきれない未来と/数え足りない思い出と〉という歌詞を読み返して「ああ、親父、死ぬんだな」と悟ったことをスガは回想していく。そして、あまりにリアルで情景がフラッシュバックしてしまうため、しばらくライブで歌っていなかったが、「それほど苦しめられるくらい、いままでで一番よく書けた歌詞」であること、クラシックレゲエのオルガンを森に頼んだこと、当時のディレクターに「こういう曲は努めて明るく歌え」と言われたこと、さもないとそこにリスナーが気持ちを寄せられないということをいまは理解できるという思いを語って、「木曜日、見舞いにいく」を、さらに森のうねりの効いたクラビネットサウンドに乗せて「痛いよ」を続けて披露した。

ここからストリングスが再び合流。スガが次曲を解説する。「だらだら寝てゲームやってエッチしてまた朝が来て」を繰り返す暇な大学生の日常から、その同じ空の下で繰り広がられる9.11世界同時多発テロに物語がスライドしていくことや歌詞の〈やられるまえにいつも先回りしないと 君のことまで笑われてしまうから〉の“君”はそれぞれの“神”を指していることを語って、「(レコーディング)当時の完全再現でお送りします」と「気まぐれ」を披露し、続けて「ふたりのかげ」、「夜空ノムコウ」、「アストライド」を歌い上げた。様々な生活を飲み込んでやってくる〈同じ朝〉を描いた秀逸な時間経過の表現。獲得と喪失を繰り返す日々。かつて思い描いた通りにはならなくても諦めない明日への希望。ストーリーテラーとしての筆致と繊細なボーカル表現に改めて息を呑む。

「アストライド」の熱唱のあと、息切れしたスガが森に「エネルギーを使う曲が続いて、ずっと張り詰めてるんすよ……何か思い出ないっすか?」と雑に話を振る。森がYouTubeに上がっていたという昔のライブのメイキング映像の話題を持ち出すと、二人は昔スタジオで頼んでいたという店屋物のメニューの記憶を経て、今年の12月に60歳になるという森の年齢の話題に花を咲かせて、「ストーリー」へ。その演奏を讃えるオーディエンスの手拍子にのって本編ラストは「19才」。スガのパワフルなボーカルに呼応するように森がファンキーなオルガンソロを聴かせると、メンバーはステージを後にした。

盛大なアンコールの手拍子に応えて再び一同登場。スガは「ありがとうございます! もう完全に俺らの趣味のライブ」と観客に感謝を告げると、森と同様にやはり長年の付き合いである今野との思い出に触れて「Progress」へ。そして「もう一発景気いいの行くかー!!」と続けざまに「午後のパレード」を披露。さらに初期のスガと森の念願だったという日本ポップス史における伝説的アレンジャー・萩田光雄に初めてストリングスアレンジを依頼した際の思い出を語りつつ、「坂の途中」を歌い上げた。

これにて終演、と思いきや、「『ここで拍手のなか去っていく』という台本だったんですが……新曲を作ったんですよ」というスガの一言に観客から歓声が沸き起こる。三島由紀夫がアーカイブ映像で語っていた「人間は自分のためだけに生きていけるほど強くない」という言葉、マツコ・デラックスがテレビ番組で語っていた「どこかで人の心が動いてその人の人生が良い方に動く瞬間を一瞬でも見られたら生きてて良かったと思える」という発言、そして前述のボランティアライブでの経験の集約から歌詞が生まれたという新曲「あなたへの手紙」を最後に披露してライブは幕を閉じた。

スガと森の関係性もさることながら、要所でシーケンスを交えつつアレンジされたシンプルにして芳醇なサウンドが改めてスガ シカオというアーティストのリリック、メロディ、ボーカリゼーションの独自性を浮き彫りにしたライブだった。一夜限りというのはつくづくもったいないが、「今年もたくさんライブやるよー!」と力強く語っていたスガの言葉を信じて今後の活動に期待しよう。

(文=内田正樹)

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