青森山田の主力打者が木製バットを使うワケ… 新基準の「飛ばないバット」がバッティング技術にもたらす副産物

それは一つの意思表示なのかもしれない。

出場3回目の青森山田が1回戦の京都学園戦でサヨナラ勝ち。その9回1死から左中間を破る三塁打を放ってサヨナラのホームを踏んだのが、3番の対馬陸翔とともに全4打席で木製バットを使用した吉川勇大だった。

「高いレベルで野球をやりたいと考えているので、金属より木製でやろうと思いました」

木製バットでも苦にせず2安打を放った吉川は使用理由をそう語る。

高校を卒業してからバットの違いに苦しむ選手が多いが、高校野球のルール変更に伴って、思い切ったチャレンジに出た選手と言えるだろう。

人と異なることをすれば批判にさらされることもあるだろう。しかし、吉川は「言い方は悪いかもしれませんが(低反発バットは)おもちゃに見える」と意に介さない。

2安打の結果は見事だが、やはり吉川には高い技術力がある。サヨナラ勝ちに繋がった三塁打はインコース低めの難しいボールだったが、それをうまく捌いての高等技術だった。

吉川、そして安打こそなかったものの力強いスイングを見せていた対馬の2人の話を聞いていて思ったのはバッティングへの探究心だ。木製を使うようになってから「より考えるようになった」と2人は口を揃えている。

対馬が話す。

「木製バットを使いこなす上ではシャープに自分のスイングをすることが大事かなと思います。 ボールの内側を叩くことを意識していますね。また木製は折れたりするので、どういうスイングがいいかを考え始めました。やっぱりバットが外から回ってきた時には折れたりするのかなと。内側からしっかりボールの軌道に入れる感じで打つようにしていますね」

これまでより難しい道具を使いこなすことは選手たちに新たな思考を生み出すのかもしれない。なんとなく振っていても打ててしまったものと、よりスイングに意味を持たせて振っていかないと打てないのとでは結果が異なる。そのアプローチにおいて大きく変わるということだ。
一方、兜森崇朗監督は木製バットを使用する2人の変化についてこう語る。

「吉川と対馬の2人は前チームからの主力の立場なんですけど、力任せに強引に打ってしまっていたところがありました。彼らはしっかり技術の練習をするんですけど、うまくはできていなかった。しかし、木製バットを使うことによって力に頼らなくなりました。柔らかくタイミングをとって、ミートするところでしっかりヘッドを走らせていく。そういうのが自然と身についていったのかなと思います」
兜森監督はしっかり振れること、ボールへのコンタクト、スイング軌道をバッティングのテーマに掲げているが、それらが正しくできなくても打ててしまった旧来の金属バットでは身に付かなかった技術が選手たちに身についていると感じているようだ。

吉川はいろんな面での意識の変化を感じているという。

「体についてはとても大事にしてま す。体重とか筋肉トレーニングは気にするようになりました。特別にトレーニングを増やしたわけではないですけど、体重や筋量が体の軸を作ってくれるのかなと。木製バットになって深く考えるようになりましたし、ミートというか、しっかり芯に当てないと飛ばないので打席の中で集中するという面では集中力が上がったと思います」

今大会から導入された新基準のバットはもともと打球速度などの増加による危険性を考えてのものだが、技術力の向上に大きな寄与をしているという側面もある。「飛ばないバット」とばかり言われてしまうが、木製での対応なども含めて、新ルールは高校球児のバッティング技術が新たな局面を迎えているということも副産物としてある。

「これからチーム全員が木製バットを使用するというのは考えにくいです。2人に関しては将来的なこともありますし、やっておいた方がいいのかなと思います」

木製で打つのだという意思表示は、それは彼らの向上心そのものを表しているのかもしれない。プロを目指していく楽しみな選手が出てきた。

取材・文●氏原英明

【著者プロフィール】
うじはら・ひであき/1977年生まれ。日本のプロ・アマを取材するベースボールジャーナリスト。『スラッガー』をはじめ、数々のウェブ媒体などでも活躍を続ける。近著に『甲子園は通過点です』(新潮社)、『baseballアスリートたちの限界突破』(青志社)がある。ライターの傍ら、音声アプリ「Voicy」のパーソナリティーを務め、YouTubeチャンネルも開設している。

© 日本スポーツ企画出版社