障害者の雇用「代行ビジネス」は是か非か、専門家たちが出した結論は? 「働く場を提供」でも「社員という実感はない」 

エスプールプラスが運営する貸農園で働いていたときのことを話す須川明さん(左)と稲田真由さん(いずれも仮名)=2023年11月、千葉県内

 ある程度の規模の企業には、従業員の一定割合(現在2.5%)以上、障害者を雇うことが義務付けられている。障害者が働けるよう配慮や工夫が必要になるため、負担に感じる企業も多い。そこで、貸農園などの働く場を企業に提供して雇用を事実上代行するビジネスが近年、増えている。「働く場を創出している」との主張の一方、「お金を払って雇用率を買うようなものだ」と批判もあり、物議を醸すこのビジネス。二つの有識者グループが1年間、是非を議論した。多くの人がモヤモヤしていた問題だが、専門家たちが出した結論は―。(共同通信=市川亨)

須川明さんと稲田真由さん(いずれも仮名)が働いていた千葉県柏市の農園。ビニールハウスが並ぶ=2023年11月

 ▽「勤務時間の半分は休憩」で月給10万円
 千葉県に住む20代の須川明さんと40代の稲田真由さん(いずれも仮名)は、それぞれ2022年と23年まで、同県柏市にある同じ農園で働いていた。広い敷地にビニールハウスが並び、葉もの野菜などを栽培する。だが、2人を雇用する会社は別々で、農業とも全く関係ない。須川さんはスポーツ用品の企業、稲田さんは広告代理店だ。

 勤務時間の半分ほどは休憩で、実労働は1日約3時間。2人は「休憩が長すぎだった」と苦笑するが、手取りで月約10万円の給料が支払われていた。農園では同じように、さまざまな企業に雇用された障害者が70~80人ほどいたという。
 農業を事業にしているわけではないので、2人が作る野菜が市場で販売されることはなかった。雇用元の企業に無料で送ったり、自分たちで持ち帰ったりしていたという。「雇用元の企業の社員であるという実感はあったか」と尋ねると、2人は「なかった」と口をそろえた。

 ▽「三方よし」とPR、有名企業も利用
 ちょっと変わったこの農園、どういうことになっているのか。カギは2人とも障害があるという点だ。須川さんには軽い知的障害、稲田さんには精神障害がある。雇用元の企業は2人を障害者の雇用数に算入、法定率を達成できるというわけだ。
 農園を運営するのは、障害者雇用支援を掲げる「エスプールプラス」(東京)という会社。企業に障害者を1人40万~70万円ほどで紹介し、初期費用や年間利用料としてそれぞれ数百万円を受け取る。エス社はそれで利益を上げ、利用企業はそれほど手間をかけずに障害者の法定雇用率を達成。障害者は福祉作業所をはるかに上回る給料を軽い農作業で受け取れる。
 エス社は2010年からこの事業を始め、「三方よし」の仕組みとしてPR。急成長し現在、全国で50カ所近い農園を運営する。複数の大手有名企業を含め約600社が利用し、働く障害者は約3700人いる。似たような形で貸農園を運営する事業者は、ほかにも10数法人あるとみられる。

日本農福連携協会がつくった有識者研究会の会合=2月、東京都渋谷区(同協会提供)

 ▽メリットの2倍の問題点
 ただ、このビジネスを巡ってはいくつか問題点が指摘されている。一般社団法人「日本農福連携協会」の有識者研究会(座長・駒村康平慶応大教授)が今年2月にまとめた報告書を見てみよう。
 この研究会は雇用代行ビジネスのメリット・デメリットについて整理し、啓発や提言をしようと同協会が昨年2月につくった。委員は障害者の就労支援団体役員や有識者ら13人だ。
 報告書は、このビジネスの利点として
 ・障害者が大きな企業に採用され、最低賃金以上を受け取れる
 ・障害者の雇用の場が確保される
 ・ノウハウのない企業でも容易に法定雇用率を達成できる
―など7項目を挙げた。
 一方、問題点はその約2倍の15項目を列挙。
 ・労働の成果物が賃金の財源ではない
 ・障害特性に応じた労働環境が確保されておらず、生産性も著しく低い
 ・仕事にやりがいを持てない
 ・利用企業によっては障害者雇用を自社の取り組みと捉えていない
―などと指摘した。「障害者の就労・雇用に悪影響を与える」ともしている。
 報告書が最も強く求めているのは、障害者が職業的に成長できる機会や環境をつくることだ。
 ビジネス事業者に対しては、農産物の販売に向けた戦略や、他の職場への配置・就職に向けた支援などを要請。利用企業には、経営方針や人材戦略の中で障害者雇用を捉え、責任を持って雇用管理を行うよう求めた。
 国に対しては、代行ビジネスがより良い形になるよう指導すべきだと指摘。企業が雇用を生み出せるような条件整備や仕組みづくりを求めた。さらに、雇用率という「量」だけでなく「質」も加味した仕組みが将来的には必要だと提言した。

二つの有識者研究会でそれぞれ座長を務めた慶応大学の駒村康平教授(左)と中島隆信教授

 ▽企業側と障害者で認識にギャップ
 有識者の研究会はもう一つある。日本財団の補助金を受け、慶応大学の中島隆信教授を座長に、やはり13人で1年前につくられた。数人は農福連携協会の研究会と両方に参加。今年3月に報告書を発表した。
 こちらの研究会の特徴は、農園などで働く(働いていた)障害者91人とビジネス事業者7社、利用企業23社に昨年7月~今年1月、アンケートや聞き取り調査をしたことだ。
 その結果、ビジネス事業者や利用企業が考えているほどには障害者は満足しておらず、昇給の状況などでも認識に差があることが分かった。
 障害者の満足度を尋ねると、利用企業は「とても満足していると思う」との回答が56.5%だったが、当事者は17.6%にとどまった。当事者の25.3%は「不満」と答えたのに対し、そう認識している利用企業はゼロだった。
 ビジネス事業者の57.1%、利用企業の43.5%は「昇給することがある」と答えたが、障害者では16.5%だった。「利用企業の社員としての実感がある」と答えた人は半数強にとどまった。
 ビジネス事業者や利用企業は意義をPRしているが、実態を誇張している可能性があるといえそうだ。
 研究会の報告書は、もう片方と共通する点が多いが、座長の中島教授が問いかけるのは、障害者雇用全体の在り方だ。教授はこう話す。
 「代行ビジネスだけを『けしからん』と言っても、話が前に進まない。障害者雇用を通じて、どういう社会を目指すのか。どんな働き方を選択すれば当事者や企業、社会にリターンがあるのか。みんなで考えたい」

 ▽障害者同士は連絡先の交換禁止
 ここで、農園で働いていた冒頭の須川さんと稲田さんの体験談に戻ろう。実は、2人が感じていたことは有識者研究会の指摘と重なる部分が多い。2人が特に強く訴えるのが、障害者3人に対し1人いる農園長の質のばらつきだ。
 農園を運営するエスプールプラスが、地元のシニア人材などを利用企業に紹介しているのだが、障害福祉の経験は問われず、「障害者差別やパワハラのような言動をする農園長が複数いた」と2人は話す。
 さらに、エス社の方針で障害者同士は連絡先の交換を禁じられ、一緒に食事や遊びに行くことも許されなかったという。
 農園型のビジネス事業者として最大手のエス社は、2人の話や有識者研究会の指摘にどう答えるのか。取材すると、こう回答が返ってきた。
  「(2人の証言については)利用企業に関する個別の内容となるので、当社からの回答は差し控えるが、日々のトラブルには利用企業と協力して解決に取り組んでいる。障害者同士のコミュニケーションを一律に禁止するという事実はない。一方、農園で働く皆様から相談があった場合には、当該企業と協議のもと、助言を行うことはある」
 有識者研究会の報告書については、ホームページに見解を掲載。
 「利用企業に野菜の販路を紹介するなど、活用方法の選択肢を増やす」
 「農園長の質向上に取り組む」
 「障害者の能力開発について利用企業への啓発、アドバイスをしていく」
 などとしている。

日本財団の補助金を受けた有識者研究会が報告書を発表したシンポジウムの様子=3月、東京都港区

 ▽取材後記
 例えば、女性社員が少ない企業がこれと同じビジネスを使って、雇った女性を農園で働かせていたら、どうだろうか。「わが社はこれだけ女性を雇用している『ダイバーシティー経営』です」とPR。女性たちは品質の良い野菜をどれだけ作っても、売れるわけではないので、昇給することも昇進することもない。でも、最低賃金以上の給料を受け取れるので、「楽な仕事でお金がもらえる」と喜ぶ―だろうか。
 最終的には、こう言うのではないか。「バカにするな」と。
 「女性と障害者を同列には論じられない」と言われるかもしれない。でも、同じ人間の扱いとしてどうなのだろうか。ビジネス事業者と利用企業には、もう一度そこをよく考えてみてほしい。

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