なぜ神戸の一部エリアにしかない? とある「瓶ドリンク」の謎

神戸市長田区で育ったお酒好きの編集者Nさんとお好み焼きを食べたある日、Nさんがお好み焼きにはビールではなく「アップル」が飲みたくなると言った。なんでも長田区や兵庫区では知名度が高いのに、なぜ神戸市内のほかの地域ではほとんど知られていない「黄色いドリンク」だという。

神戸市長田区を中心に出回る瓶ドリンク「アップル」。瓶はオリジナル瓶のほか、閉業した会社から引き継いだものもあるため、同「アップル」には「コトブキ」と描かれている

なぜ一部地域のみで飲まれているのか、その謎を探りに「アップル」を製造する「兵庫鉱泉所」(神戸市長田区)を訪れた。

取材・文・写真/太田浩子

◆ たった10円の保証金は「信頼の証」

夕方に同社に到着すると、ちょうど代表の秋田健次さん(67歳)が配達から戻ってきたところだった。トラックには黄色いケースに空き瓶がたくさん積まれている。アップルはリターナブル瓶に詰められる清涼飲料水なのだ。リターナブル瓶とは、何度も使用できる強度のある瓶のことで、飲み終わった瓶は洗浄してアップルを詰めてまた配達される。秋田さんは「要は中身を売っている」と話す。

何度も繰りかえし使用できる「リターナブル瓶」を使って作られる「アップル」、なかには年代ものの瓶が使用されていたり、閉業した会社から引き継がれているものもあり、マニアも注目するほど

「新しいアップルの瓶は50円くらいするんですよ。でも保証金は10円しかもらわないじゃないですか。瓶も一緒に売ったらいいと言われても、僕ら元々そんな商売してないから。この瓶が1回50円っておかしいと思うから。それってお客さんに損させてる気がする」

◆ 寄せられる「全国で売ったら?」の声

それだけではない。瓶を1度しか使わないとなると、今よりも瓶をストックする場所が必要になる。リターナブル瓶なら、かえってきた瓶がたまったら作って持って行く。そうすれば瓶はぐるぐる回ってそんなにストックの場所が必要ない。

出荷待ちのケースが所狭しちと並ぶ「兵庫鉱泉所」

だからアップルは、秋田さんが配達して瓶が回収できる範囲でしか販売されないのだ。「ネットで全国に売ったらって言われるけど、そうしたら売れると思いますよ。でもこのスペースではできないし、そこまで手も回らない」

「兵庫鉱泉所」の代表を務める秋田健次さん(67歳)

瓶は同社の財産だ。ところが最近は何度も使う瓶があることを知らない人も多いため、イベントなどでは瓶が戻ってこないことも多いと秋田さんは嘆く。「買ったところにかえす瓶もあるって知ってほしいし、ガラス瓶は割れると危ないからそのへんにほったらダメだということを子どもに教えてほしい」と願う。

◆ それもこれもひっくるめて「アップル」の味

取材が終わってからNさんと長田でお好み焼きを食べた。アップルは冷蔵庫から自分で出し、大きな栓抜きで王冠の栓を抜く。どろソースを塗ったスパイシーな薄生地のお好み焼きに、瓶から直接飲むさっぱりとした酸味のあるアップルは驚くほどよく合う。

だいたいのお好み焼き屋では「アップル」を注文すると「そこから取ってね〜」と言われる

そうか、地元のお好み焼き屋やお風呂上がりの銭湯で飲まれて、ちゃんと秋田さんのところに戻った瓶がまたここに届けられる。そうやって60年以上愛されてきたドリンクが飲みたかったら、神戸の下町を訪れるしかないのだ。

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