<レスリング>【特集】“レスリング・アンバサダー”の活躍が望まれる“ジャンボ鶴田二世”、人気急上昇の安齊勇馬(中大レスリング部OB)-(下)

▲試合が始まり、対戦相手をにらみつける安齊勇馬=3月10日。高崎Gメッセ

《上から続く》

安齊勇馬は、中大卒業前の2002年1月2日、後楽園ホールのリングで入団のあいさつをした。プロレス・メディアは、大型の中大出身プロレスラーの誕生ということで、当然のことながら“ジャンボ鶴田二世”の可能性を報じた。初めて観客の見つめるリングに立った安齊は「緊張しましたが、それでもあこがれの舞台に立ったことの喜びが大きいですね」と話し、デビューにそなえてプロの練習に取り組んだ。

プロレスは、相手の技を正面から受けて立つことが必要なので、体づくりとあらゆる角度からの受け身が何よりも重要視される。これまでにも、プロレス入りを念頭にスクワットや腕立て伏せなどの体力づくりも力を入れてやっていたが、プロでの練習では「先輩たちについていけなかったです」とのこと。「何度、やめようと思ったか分かりません」と言う。

それでも、半年後の9月18日、全日本プロレス創立50周年記念大会(日本武道館)でのデビュー戦を迎えることになった。初めて経験するプロの試合。会場のすべてから注目され、言いようのない緊張感に襲われた。

もともと“あがり症”で、試合では極度に緊張するタイプだったと言う。高校時代、増谷一樹監督から「4面マットある中で、おまえの試合なんてだれも注目していない」と声をかけられ、気が楽になった経験があるが、プロの試合は観客の視線がすべて自分の試合に集中する。そのため、生来の“あがり症”が出てしまった。「ゴングがなってから終わるまでの間、記憶がまったくないんです」と振り返る。

▲2022年9月のデビュー戦。永田裕志相手に思い切りのいいファイトを展開した=日本武道館(撮影・山内猛)

東京スポーツ「プロレス大賞」の2022年新人賞を受賞

相手をした永田裕志は「50周年の節目の大会で、会場が日本武道館、あえて他団体の選手と闘わせるということに全日本プロレスの期待を感じました」と言う。「記憶がない」という本人の言葉をぶつけると、「思った以上にやっていたと思いますよ。大型の体からくるパンチは強烈でした」と振り返った。

そのあと、年末にはタッグチームを組んで世界最強タッグに出場し、一転して成長を助ける立場になった。「『好きにやってみろ。困ったことがあれば、オレがフォローする』と伝えて、思い切ったファイトをさせた」そうで、団体の垣根を越えて将来のスターの成長を支えた。最終戦ではエースの諏訪魔にジャーマンスープレックを決めてフォールを奪い、注目を集めた。

この年の東京スポーツ新聞社制定「プロレス大賞」の新人賞を受賞した安齊は、2023年からも飛躍を続けた。

■5月:チャンピオンカーニバルで、レスリング界の先輩となる芦野祥太郎(日体大レスリング部OB)をジャーマンスープレックスで下す
■6月:メジャー3団体が集まった「オールスター戦」(両国国技館)で諏訪魔、永田裕志というメジャー2団体を代表する選手とのタッグチームで出場
■6月:永田裕志の持つ三冠ヘビー級王座に挑戦。最年少の王者はならなかったが、永田に「対戦相手の声援一色になったのは初めてじゃないですか。今日の試合を見て『ダメだな、安齊』と思う人はいないと思う」と言わせた。
■8月:プロレスリング・ノアのリーグ戦「N-1 VICTORY」に出場。闘いのリングを他団体へも広げる
■2024年2月:日本テレビのプロレス放映70周年記念大会(後楽園ホール)のメーンに抜てきされ、ノアの清宮海斗と対戦。観戦していた武藤敬司から「東京ドームでやるべきカード」と絶賛される闘いを展開

▲日本テレビ・プロレス70周年記念大会のメーンに抜てきされ、ノアの清宮海斗にフロントスープレックスを決める安齊

“ジャンボ鶴田二世”ではなく、自分のスタイルの確立を目指す

闘いのスタイルは、最近のプロレス界に多い空中戦やアクロバティックな闘いではなく、ブリッジワークを使うなど“レスリングの延長”とも言える試合。ドロップキックやジャンピング・ニーアタックなどの“古典的な跳び技”はあるが、それはそれでレスリング出身選手の体力とパワーを見せつけるに十分な迫力がある。

派手なコスチュームが主流の現在のプロレス界の中にあって、黒のトランクスを着用。ヘビー級の迫力とレスリングの魅力を醸し出すファイトは、まさに“ジャンボ鶴田二世”。もっとも、安齊は鶴田のファイトを直接見たことはなく(1歳のときに鶴田が他界)、周囲が騒ぐほどの意識はないようだ。悪い気はしないし、「(鶴田二世の声は)絶対に出てくること」と受け止めてはいるが、「比べるのではなく、ボクのことを見てほしいです」と、自分のプロレス・スタイルの確立を目指す。

▲レスリングのタックルで攻撃(写真上)、レスリングにはない跳び技も披露(写真下)

プロとアマの違いを聞くと、「アマは相手の持ち味を殺して、出させないことが必要であるのに対し、プロは相手の持ち味を引き出すことが必要」との答えが返ってきた。かつてアントニオ猪木さんが「5の力の相手を8、9まで引き上げ、それを10の力でたたいてファンにアピールするのがプロレス」と話していたが、観客あってのプロは、勝敗を競うだけの世界ではない。

「子供達に夢を与える職業」…中大・山本美仁監督

人気も得て“出世街道”を順調に歩んでいることからして、勝つことがすべての世界から、勝ち方が求められる世界への切り替えは順調に進んでいるようだ。

中大の山本美仁監督は、今の安齊のファイトを「技をどんどん繰り出す前向きさがありますね」との感想を話す。レスリングの技の披露はレスリングのアピールになり、それによってレスリングを始める子供が多くなるはずと期待する。「レスリングで得た技を生かした闘いを期待したい。子供達に夢を与える職業だということを肝に銘じて頑張ってほしい」とエールを送った。

▲試合後は売店に立ち、サインと記念撮影。ファンサービスにも余念がない

地元・安中市はその注目度を知り、市の魅力発信のため同市のアンバサダー(企業や自治体などの組織から任命され、公式に広報・普及活動を行う人)第1号に任命。3月8日には岩井均市長が直々に委嘱状を手渡し、安齊の知名度で市の存在を全国に広めてくれることを期待した。プロレスの枠を超えて社会的に認められる存在にもなった証拠だ。

安齊の力で、アプト式鉄道があった碓氷峠にからんだ数々の観光スポット、童話「舌切り雀」の伝説が伝わる磯部温泉「峠の釜めし」「磯部せんべい」などの名産品などが全国へ広まるか。

もちろん、その人気は古巣へも還元してくれることだろう。レスリングの大会のネット中継があれば視聴し、「今年の中大はインターハイ王者を含めた強豪が数多く入った」という情報に目を輝かせるなど、レスリングへの関心は薄れていない。レスリングの魅力を全国へ発信する“レスリング・アンバザダー”の活躍が望まれる。

全日本プロレスの頂点に立つことが期待される。

▲3月10日に地元・群馬の高崎Gメッセ大会で、安齊の凱旋を告知したポスター(写真上=全日本プロレス・サイトより)と会場入口に並べられた激励の花

© 公益財団法人日本レスリング協会