『不適切にもほどがある!』“The昭和のおじさん”市郎の変化 時代から学ぶ対話の必要性

どんなに良かれと思っての助言だとしても、相手が不快だと取ればそれは“ハラスメント”発言に分類されてしまう。だから、余計なことは言わないほうがいいと誰もが口をつぐむようになってはいないだろうか。もしかしたら、令和はかつてないほど「口は災いの元」な時代なのかもしれない。

金曜ドラマ『不適切にもほどがある!』(TBS系)第9話では、社内報の「ワーキングママ」特集でインタビューを受けた渚(仲里依紗)の発言が、妊活中の後輩・杉山(円井わん)からアウティングだという騒ぎに発展。さらには、杉山を気遣ったつもりの言動がプレ・マタニティハラスメントに当たると謹慎処分を言い渡されてしまう。

「そんなつもりはなかった」という渚の声は杉山には届かない。ハラスメントだと認定されれば、杉山に弁解するチャンスもなくそのまま処分が下る。当人同士を会わせないというのは、傷ついた側を守ろうという配慮からなのだろうが、こうしてシステマチックに進むやり方を客観的に見ると、あまりにも人と人との対話がないことに気づかされる。今一度、ここで第1話のミュージカルシーンの「話し合いましょう」を歌いたくなる展開だった。

そんな渚が、1986年から2024年に戻ってきた令和の社会学者・サカエ(吉田羊)に「どうでした? 昭和」と尋ねるシーンが印象的だった。「昔はよかった」と昭和を懐かしがる人がいるけれど、平成生まれの渚にとっては「本当に?」と疑問に思うところがあったようだ。そこでサカエが答えたのは「なんか全体的にうるさかったな。人が」という言葉。「今はほら、コレ(イヤホン)でコレ(マスク)だし。それにわかんないことは人に聞かず検索するから静かだよね」と。

たしかに今は多くの人が集まる場所にいても、各自が思い思いの時間を過ごすことができるようになった。快適な時間を過ごせるようになったのは素晴らしいこと。しかし、それと同時に、お互いの時間を邪魔することがはばかられる空気も生まれたように思う。困っていそうな人を見かけたときでさえ、ひと声かけることも「迷惑になるのではないか」と気を揉む。また、困っている側としても「相手に負担を掛けてしまうのではないか」と遠慮してヘルプが出せないなんてことも。

そこで、秋津(磯村勇斗)が使ったマッチングアプリのようなサービスの登場だ。事前にそれぞれの属性が細かく入力されていれば、より自分と感覚の合うタイプの人とマッチングすることができる。つまりは「そんなつもりはなかった」なんて言わなくて済むはず……という理屈なのだけれど、その分類は「自分とは違う」面ばかりに目がいってしまうようにも思えた。より一層、分断を生んでいる可能性もあるのではないか。

「恋愛って何?」と秋津が迷うのも納得だ。そもそも最初から自分にピッタリ合う属性の人などいるのだろうか。恋愛とは、誰かを好きになることで新しい自分に出会えるところに面白さがあるとも言える。好きな焼き肉の部位もラーメンの種類も、好きな人と一緒に楽しむことで新たに好きなものが増える。自分1人では見えなかった世界が、新たに広がっていく感覚。それはちょうど市郎(阿部サダヲ)の娘・純子(河合優実)が、令和の美容師・ナオキ(岡田将生)と出会ったことで大きく価値観を変えたように。新たに人と出会って、話して、影響を受けて……そうして人は誰かと生きていくことの尊さを知る。それを今っぽくいうのであれば「アップデート」というような気がする。

気づけば、“The昭和のおじさん”だった市郎も、ずいぶんと令和の時代に順応しているように見えた。つい無意識に出てしまう渚のきつめの言動に対しても「リスペクトが感じられません」と注意したり、「おじいちゃん」には「祖父」という意味と「年寄り」という意味で言っているのかで印象が違うなんて諭したりもしていることにも驚かされた。

もしかしたら渚が感じていた「昔は良かった」と言う人が多くいるのは、ハラスメントに対する感覚の鈍さではなく、少々油断をしたきつめの言い方をしたとしても、そこにリスペクトや愛情があることがちゃんと伝わっていたことを指しているのではないか。そして、なぜそれが伝わるのかは、その前後にもちゃんと対話があるからだとも。

実際に、市郎が相変わらず「チョメチョメ」と不適切な発言を繰り返しても、もはや周囲の人は目くじらを立てない。渚は一発退場だったのに、市郎はお咎めなしときた。それはこれまでさんざん思ったことを口にし、周囲と対話してきたことで、市郎がどんな人間なのかをみんなが理解しているから。そのコミュニケーションの先に、際どい言動があったとしても「そんなつもりで言っていない」が届くから。

“べらべらと話す余計なこと”の中にこそ、属性での分類だけではなく、その人とだけの関係性が築かれる。最小限のコミュニケーションでやり過ごそうという令和では、その一部分だけが大きく印象に残るのも無理はないのかもしれない。でも、それこそアップデートできるのではないだろうか。「昭和がよかった」「令和のほうがいい」と分類するのではなく、相手に配慮する姿勢を保ったまま、もっと打ち解け合っていく時代に……。次週はいよいよ最終回。市郎を待ち受ける運命と共に、この放送をきっかけに何かがアップデートされていくような予感がして非常に楽しみだ。

(文=佐藤結衣)

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