北海道・恵庭市の牧場で障害者虐待か… 牧場側「菓子は提供」、原告側「問題に向き合って」

劣悪な環境や障害年金の搾取の疑いに、恵庭市側は「早めに介入していきたい」としていたが…(Kitada-na6ce / PIXTA)

北海道・恵庭市で、障害者虐待をめぐる問題が明るみに出ている。恵庭市にある遠藤牧場で働いていた知的障害を持つ男性3人が、市と牧場側に対して「障害年金を横領した」「虐待を隠ぺいした」などとして約9400万円の損害賠償を求め、昨年8月に訴訟を提起したのだ。

訴状で明らかになった”横領・虐待の実態”とは

訴状によると、牧場は市議として20年間恵庭市政に関わった遠藤昭雄氏(故人、元議長)が経営しており、原告のうち1人は1976年から、もう1人は2001年から、そしてもう1人は03年から住み込みで労働。3人のうち1人は牧場敷地内の平屋のプレハブ小屋に住んでおり、もう1人は隣にある2階建てプレハブ小屋の2階部分に、そしてもう1人は1階部分で生活していたという。

そのほかの劣悪な環境については、以下のような内容があったとした。

  • 暖房は平屋のプレハブ小屋には設置されていたが2階建ての小屋にはなく、水道水も豚舎の隣の処理室にある水道を洗顔用として使っていた。飲用水は、母屋や処理室の水道からペットボトルに水をくんでプレハブに置いていたものの、ペットボトルには虫が湧いていた
  • 入浴についてはいつも体をタオルで拭く程度。特別な外出のときは、故遠藤氏らから母屋の浴室で入浴するよう指示があった
  • 朝食は母屋で取り、ご飯にお湯と生卵をかけて食べていたが、しょうゆもみそ汁も提供されず。昼食や夕食は弁当の支給があったが、レトルトカレーなど質素なものだった
  • 3人は明け方から日没まで、牛の餌やりなどの世話や農作業などを行っていた。休日はなく、日曜日も盆も正月も関係なく労働。16年からは「雨の日」が休日になったが、これまでとは変わらず賃金は未払いだった
  • 3人の障害年金の口座は故遠藤氏らが管理し、預金通帳も見せてもらえなかった。03年4月ごろからの分だけでも、合計5120万円あまりの全額が引き出されていた。3人のうち2人は希望すると月1500~2000円を受け取れたが、残り1人は全く支給を受けなかった

そのうえで、牧場の経営が傾いたことや20年に遠藤氏が亡くなるなどしたことから、3人が恵庭市の障がい者支援センターに相談。3人は遠藤牧場を離れ、転居した。転居時に通帳が3人の手元に戻り、自らの障害年金の搾取という事実を知ることになる。そして今回、遠藤氏の息子と妻を相手取り、損害賠償を求める訴訟を起こすに至った。

「1週間を通じて労働し菓子やジュースなどを提供」、牧場側が回答寄せる

原告らが指摘するのは、牧場側の問題だけではない。恵庭市側の対応についても問題視する。

担当弁護士によれば、牧場の閉鎖を受けて牧場を運営していた団体の副会長に対して「助けてほしい」旨の話を受けたと恵庭市側に相談。相談を受けた市側では「対応に気をつけるように」と内部で伝達されており、弁護士らは「元議長だった故遠藤氏に対して忖度(そんたく)したのではないか」と疑問を呈している。なお、市側は3人の劣悪な環境や障害年金の搾取について疑われることから「早めに介入していきたい」と対応の実施を示唆。ただその後、何度かのやり取りの後は何も対応がなかったとしている。

一方、恵庭市側は反論する。23年11月に札幌地裁で開かれた第1回口頭弁論では「虐待の事実を認識しておらず、隠ぺいも放置もしていない」「牧場側は里親に該当する。そのため知的障害者は家事使用人とするのが妥当」などと主張した。

3月12日の第3回口頭弁論では、裁判所が牧場主の息子と妻に送った質問状に答える形で、牧場側の回答が明らかになった。回答によると、原告らは午前5時から午後7時ごろまで、1週間を通して働いており、菓子やジュースなどを提供していたとした。故遠藤氏の妻は「賃金に関する全てを主人に任せていたためお金の流れは分からない」とし、遠藤氏が亡くなってからも今までのやり方をそのまま続けていたと説明。故遠藤氏の息子も「反省しなければいけないところは反省したい」などと回答を寄せた。

回答に対し、原告側の弁護士は「真剣に誠実に言葉を尽くして回答しているか」「(「全部亡くなった父がやったこと」と回答するなど)自分が認識している限りのことを話そうという姿勢が感じられない」「問題に向き合って」と批判した。次回の裁判は6月21日に行われる予定だ。

全国で障害者虐待が増加傾向、疲弊しない現場の実現に向けて議論を

22年度の全国の障害者虐待対応状況によると、養護者に関する通報件数は8650件(前年度比で1313件増)、そのうち虐待を受けたと判断した件数は2123件(同129件増)となっている。障害者の虐待をどのように防止するかはもちろんだが、反対に、施設などでは養護者から職員に対する暴力等もあるため働き手のケアも必要になってくるはず。どの業界でも人手不足が叫ばれている。

遠藤牧場の事例は珍しいとしても、現場を取り巻く問題は山積している。今後どうすれば疲弊しない現場を実現できるのか。国や関係機関は議論を進めてほしい。

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