超絶技巧の鉛筆画

 「機械化」は便利で喜ばしいが、違う考えの人もいる。〈目を、手を、ただ機械のように動かす。機械が人間から奪った人間の感覚を取り戻すような気がする〉。その人は1977年の未発表原稿にそう記した▲機械に奪われた“人間の感覚”を、精巧に描くことで取り戻すのだ。そんな「信念」に読める。精緻を極めた「超絶技巧の鉛筆画 吉村芳生展」が長崎市の県美術館で始まった。5月12日まで▲鉛筆や色鉛筆を用いた、吉村芳生さん(2013年没)の精密な技法に目を奪われる。その一つ。紙に金網を重ね、プレスすると紙には金網の跡が残る。その跡を鉛筆でひたすらなぞる。70日をかけ、17メートルの金網の絵を完成させた▲新聞に自画像を描いた作品も多く、よくよく見れば記事やその写真までも模写という作もある。いや、よくよく見ても模写とは分からない▲90年代からは花をモチーフにした。フジの大作は花の一つ一つを、東日本大震災で亡くなった人の魂として描いたという▲先の未発表原稿はこう続く。〈マラソンマンは、生を刻む時間、息を吐く空間を、自分のものにするため、ひたすら走り続けるのかもしれない〉。42.195キロの一歩一歩、呼吸のひと息ひと息、ご自身が描く一本一本。どれも生を刻む営みだと語りかけるようでもある。(徹)

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